AM10:38
用を足した以上、もうこの場所にいる意味はない。
そんな当たり前すぎることを強く意識するが、焦ってはいけない。人間、焦った時が一番危ないのだ。
ヤツらはそんな俺の焦りを見逃しはしないだろう。心の隙間に潜り込み、ありとあらゆる手を尽くして俺の度肝を抜かそうとしてくるに違いない。
「おい、何ぼーっとしてんだよ。とっとと戻ろうぜ」
やかましい保手浜。お前には俺の苦悩が分かるまい――
「ああ、そうだな」
――とはさすがに返せないので、手早く手を洗う。蛇口から水じゃなくて醤油が出てくる……なんて小さなサプライズもなく、俺は手を拭きながら保手浜と合流する。
後はトイレから出るだけ……いや、だけ、という感覚はダメだ。ヤツらはこんな俺の心の隙に以下略。
次の授業開始も近く、新たに入ってくる生徒もほとんどいない。閑散としつつあるトイレの中、最大限の警戒をしつつ歩みを進める。
保手浜が話しかけてくるが、極限まで集中してる俺は聞き流し、生返事だけ返して適当にあしらう。そんなこんなで俺達2人は入り口ドアに辿り着いた。
「? なぁ、どしたよ。さっきから様子変だぞ、お前」
保手浜が言う。無理もない。ドアに手を掛けたままの俺が、1つ2つと深呼吸をしているのだから。
「調子悪いのか? さっきの古文もそうだけど」
「いや……悪ぃ。何でもない」
俺は覚悟を決めた。トイレの外に何が待っていようとも、決して心を乱されないように。このイカれた世界に細やかながらも抗って見せるために。
ぐっと腕に力を込め、一気に押し開ける。と、見慣れた廊下の景色が眼前に広がった。
そう、見慣れた景色だ。外に出て数秒待ってみるも、何も起きる気配はない。
俺はもう一度深呼吸。
「何も起きないんかーい!!」
「おわっ!? びっくりさせんなよ三崎!」
結局、疑心暗鬼、という形で心を乱されるというオチ。
朗報。どんな時でもトイレはオアシス……だが疲れた。
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