AM8:46

 見覚えのないスイッチ。昨日までは確実にそこになかったスイッチ。


 保手浜はそれを躊躇いなく押した。


 ぴん、ぽーん。


 古典的な呼び鈴の音を奏でるそれ。と、


「な、なん……!?」


 熱気が、教室の中を渦巻き始める。


 いや、熱気どころの騒ぎじゃない。炎だ。渦を巻いた炎が、スイッチの前に現れたのだ。


 悪魔召喚の時と似て非なる重圧が辺りを支配し、俺は生唾を呑みこんだ。何が起きるのか見当もつかないが、普通じゃない事が起きる事だけは分かり切っている。


 炎は約10秒、教室の地面を焦がしながら渦巻き続ける。と、次の瞬間。


「まったくぅ……だぁれぇ? こぉんな時間に呼び出すのはぁ?」


 間延びした声と共に炎の渦を吹き飛ばし、それは教室に降臨していた。


(女の、子……?)


 そう見えた。そうとしか、見えなかった。


 女の子にしては少し上背があり、ゆったりと纏うブラウス、ロングスカートなど、全体的にシックな風合いが漂っている。


 女子生徒……と言うには大人っぽいし、かといって女教師と呼ぶには幼く見える。保健室の先生とか、そんな感じがしっくりくる人だ。


「すんません、先輩。2年5組っす」


 と、保手浜が気安い感じで女性に話しかける。


「2年5組ぃ~? 最近は大人しくしてたと思ったのにぃ」

「はは、ホントすんません。で、あそこのヤツです」


 そう言って指さした先は……俺?


 いやいや、俺の前にある湯川の席だ。女性は血に塗れ、消しゴムの散乱した様子をゆっくりと観察し、これ見よがしに溜息を吐いた。


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