AM8:32

「あ、生徒会長だ」


 凛がぼそりと呟く。


 こちらに歩み寄る一人の女性。たなびく長い黒髪、美しく整っていながらも少し険のある目元、薄桃色のふっくらとした唇。


 どうしようもなく大人びた空気が漂っているが、纏う学生服が彼女が同じ学生であることを物語っている。


「もうチャイムは鳴り終わりました。何を騒いでいるのですか?」


 生徒会長、天月奏あまつきかなで。教師陣からは絶対的な信頼、生徒側からは熱狂的な支持を受ける、いわゆるカリスマ的な人だ。


「おお、天月か。いや、ちょっと遅刻について揉めてな」

「遅刻? ……そちらの2人ですか」

「あ、私違います。こっちだけです」

「清々しいほどに手のひら返すなぁお前は!」


 まぁ乗せてきてくれたんだし、別にいいけどよ。


 と、生徒会長が俺に近づく。かつかつ、と響き渡る明朗な足音はどこか威圧的だ。


「あなた……学年、クラス、名前は?」

「あ、えっと。2年5組の三崎修二です」

「三崎君、ですね。遅刻をした、というのは本当ですか?」

「いや、まぁ、本当と言うかなんと言うか」


 同じ自転車に乗ってたのに、前の凛はセーフで後ろの俺がアウトってのが腑に落ちないだけ。凛も俺もアウトだったほうがまだ納得できた。


 俺と同じ2年生の生徒会長。その姿を見ることは数あれど、こうやって言葉を交わすのは初めてだ。俺は少し緊張しながら、その辺りを主張してみた。


「……なるほど」


 生徒会長は思案げに指を唇に添える。あぁ、そういう仕草がサマになる人なんだなぁ、と改めて思う。


 品行方正を地で行く彼女は、堅物そうに見えて意外と融通が利くらしい。俺の主張に寄り添ってくれていることが感じ取れた。が、


「あなたの話は分かりました。ですが、私は赤道先生の判断を支持します」

「な、何でですか!」

「時間ギリギリに駆け込むこと自体、学校側は推奨していません。余裕をもって登校すれば、こんな不毛な議論に発展する事はなかったでしょう」


「そ、それはそうですけど……俺はいつも余裕をもって家を出てます! 今日はたまたま」

「それはただの言い訳です。もしもこれが受験会場などでの話なら、耳を貸してもらえないでしょう。それは当人の過失、という事になりますから」


 つらつらと澱みなく言葉を連ねた生徒会長は、静かに踵を返した。


「さぁ、早く教室へ。明日からは気を付けるように。それでは」


 あかみちんも生徒会長の後に続く。残された俺に、凛が声をかけてくる。


「うん、まぁ、そういう日もあるって! 不運だったんだよ、きっと!」


 元気づけようとしてくれてんのかな? うん、それはとりあえずありがとう。


 でも、ダメだわ。


「待てよ、会長」


 ちょぉっとキレちゃったわ、俺。

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