第659話 まずは自分たちが

「よし……。いざ!!」

乱れたポニーテールを高く結い直し、シーリアさんはきゅっと唇を引き締めた。

もしかして、そこにズラリと並んでいるのは全てこの子のためのフードだろうか。

「ほうら、元気になったらお腹空いたろう? どう? 何か食べられそう?」

水色の獣は、蹲っていた身体を伸ばして差し出されたそれぞれの匂いを嗅ぐものの、それ以上の行動を取ろうとしない。

警戒していると言うよりも、食べ物だと認識していないようだ。

「……おいしいよ? ほら、危ないものも入ってないから!」

また涙ぐみそうになってきたシーリアさんは、あろうことか差し出すフードをぱくりと自分の口へ入れてみせる。

「えっ?! それ生肉のフードでしょう! ダメだよシーリアさん、ぺっして! ぺっ!!」

思わずシロにするようにお顔を挟んでこちらを向かせると、キョトンとした顔が苦笑した。


「大~丈夫さ。私は腹には自信があるんだ! それにこのフード類も既に昨晩一通り口にしたから、もう遅いよ!」

どんな自信?! それ、本当に大丈夫なの……? そもそも人間が食べるものじゃないのだってあるんだけど。

「え、全部~? これ、全部~?!」

「げ、生き餌とか虫とかあったんじゃ……」

ラキとタクトが、またオレたちからそろりと離れた。

「だって、安全だって分かってもらうにはそれが一番だろう? 冒険者なんだ、生死がかかった状況なら何だって食えるってもんだろ」

あっけらかんと言うシーリアさんだけど、今は生死がかかった状況じゃないからね?! 

――そう思ったところでハッとした。

そっか、この子の生死がかかっているから。

オレはそっと苦笑して彼女を見つめた。シーリアさんは、やっぱりシーリアさんだね。だけど、さすがにそれじゃあ身体を壊しちゃうから。


「じゃあひとまず、シーリアさんがちゃんとごはん食べよう。オレたちが食べていたら、この子も欲しがるかもしれないよ!」

シーリアさん、この幻獣たちが運び込まれてからまともに食事を摂っていないでしょう。幻獣用のフードだろうが虫だろうが、エネルギーにはなるだろうけど……。それは食事したと言えないでしょう。

「お、飯か? 今日は何だ?!」

勘づいたタクトがさっそく舌なめずりしている。

「うーん。今日はこの子のために色々試してみようかな?」

「あの~、それってもしかして、僕たちも幻獣用お食事を食べるとか言う~??」


恐る恐る問いかけたラキの隣で、ウキウキしていたタクトが顔を引きつらせた。

「お、俺、今はそんなに腹減ってない! まだ大丈夫!! 肉なら食えるけど虫は無理!」

「肉も虫も同じたんぱく源じゃない? むしろ虫の方が栄養価が高くって健康にもいいとかいうデータだって……」

「ワンパクがどうとか知らねえけど、健康に悪くてもいいから虫は食わねえよ! 海蜘蛛だけだ!」

どうしてこの世界の人はこうも虫を嫌うんだろうか。まあ、毒があるのが多いせいかもしれないね。

『あっちの世界だって、虫は一般的じゃなかったと思うのだけど』

確かに。オレだってイナゴの佃煮くらいしか食べたことない。そもそも、目にするもの全て食べようとするのは一部の国だけかもしれない。日々似たようなメニューというのも何らおかしくなかったはずだ。


『え~俺様も虫はちょっと……』

「ピピッピ!」

チュー助とティアが顔をしかめて引いている。一番虫を食べそうな二人なのに。

「……って、違うよ! オレだって好き好んで虫は食べないよ! 大きいサイズだとなんか食材みたいな気がするからイケそうだけど、小さい虫はやっぱり虫だよ! あ、でも昆虫系はかき揚げとかにしちゃえば案外……芋虫系は叩いて感触を消してしまえば……」

おや、やってみればもしかしてもしかするだろうか。

「やめようか、ユータ。それ以上想像の中でもお料理はしないでくれる~?」

温かい手がオレの両頬をそっと包んで、ぎゅむっと潰した。おでこのぶつかりそうな距離で、ちっとも優しくない微笑みが浮かぶ。

「う、うい……」

オレは潰れたほっぺも忘れて慌てて頷いたのだった。



「さあ、できたよ! 幻獣さんもこっちに連れてきて、一緒に席についたらどうかな?」

お料理の間も一生懸命食事介助をしていたシーリアさんが、目を輝かせてケージごと抱えてやって来た。

「うわあ、美味そう~! ほうら、食いたいだろ?」

幻獣さんも興味を引かれたのか、ケージの縁までやって来てムゴムゴと鼻をうごめかせている。

「なるべく、素材のままで作ってあるから、オレたちはそれぞれソースをつけて食べようね!」

もし幻獣さんが欲しがったらあげられるように、素材のままのお料理たち。サラダ、野菜スティックは言うに及ばず、ごはんにお粥、スープもカボチャモドキそのものをペーストにして伸ばし、濾したもの。お魚は湯引きに。お肉は、オレたちは焼いてたれをつける。マッシュポテトはお肉のたれと一緒に。あとは魔族の国のペリンダやら、海人のアガーラ、それに果物なんかも並べてみた。


「すげえ! なんか豪華だな!」

テーブルには所狭しと色とりどりの料理が並び、一見とてもゴージャスだ。その実、素材メインなので大したものはないのだけど。ソースだってジフのお手製が多いもの。

「美味しそうなものが出来上がって本当に良かった~」

安堵した表情の二人を見て、いつかそっと虫料理を紛れ込ませても美味しいって食べるんじゃないだろうか、なんて考えがよぎる。

「……ユータ? それやったら『甘い囁きの刑』1週間だからね~?」

顔に出てた?! ラキの極寒にっこりに慌てて何度も頷いてみせる。


「甘い、囁き……? 刑??」

シーリアさんが不思議そうに首を傾げているけれど、実態を知らないからそんな反応になるんだよ。ほら、隣でタクトが同情の眼差しでオレを見ている。これが正しい反応だ。

アレは寝ているオレだって飛び起きる、ラキのラキにしかできない必殺技なんだから。

『お前が起きるなら、相当だ』

鼻で笑ったチャトは、なぜか野生の(?)勘を働かせて一向にこの場に出て来ようとしない。まるで、シーリアさんの危険度が分かっているみたいだ。

「と、とりあえず食べよっか!」

オレの台詞と共に、みんなは一斉に食卓についた。


「シーリアさん、大丈夫……?」

お腹空いていたんだろうとは思う。元からワイルドな人だから、綺麗な食べ方を期待してもいない。

だけど、さすがにそれはどうだろうか。一応、シーリアさんは人間枠のはずだし。

「ふぁにあ? ふぉれもふわふいへふぉわふぁふぁい!」

うん、全然分からない。多分シーリアさんに頬袋はないと思うし、丸呑みもダメだと思うから、まずは詰め込んだそれを咀嚼しようか。

野菜スティックは手づかみでいいし、湯引きも……汚れはしないから辛うじて素手も許されるのかもしれない。でもさすがにマッシュポテトやお肉を手でいくのはやめよう。

お水を差し出し、フォークを持たせ、こぼしたものを拭き、汚れた口や手を拭う。

無造作に大皿へ伸ばした手を遮って、きちんと食べる状態にして小皿に盛る。

あれ? これ忙しい。オレが食べる暇なくない? まるで子どもの世話だ。


「シーリアさんて、幻獣の世話はできんのに自分の世話はできねえんだな……」

そう言うタクトだって手も口も汚れているけれど、こっちは自分でぐいっと拭っている。ただし、それはそれで汚い。

これもある意味医者の不養生ってやつだろうか? 普段幻獣にはあんなにかいがいしいのに。

「シーリアさんをお世話する人が必要なんじゃない~?」

なるほど、もしやそれをルルが担っていたり……? だってルル、しっかりしているもの。

お世話のし合いっこだね、と笑った時、聞き慣れない鳴き声が聞こえた。




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シーリア語

「ふぁにあ? ふぉれもふわふいへふぉわふぁふぁい!」

=「何が? どれも美味すぎて止まらない!」

でした(笑)はい、どうでもいいですね!!


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