第631話 来るよ

動き回るタクトがおんぶひもを解いてくれそうにないので、まずは立ち止まる隙を作らなきゃ。ゴブリンしか周囲にいないとは言え、オレの心にスリップダメージが入ってくる。

「タクト、目ぇつむって! いくよ~! ――はいっ、チーズッ!」

月明かりしかなかった草原に、強烈無比な閃光が走った。こんな暗闇なら、さぞかし効果覿面だったことだろう。レーダーに映っていたゴブリンたちは大半が動きを止め、失神したんじゃないだろうか。のたうつ残りはひとまず放置して、タクトの背中を叩いた。


やっとおんぶひもから解放され、もう二度と使われないようオレの収納にしまい込んだ。良く見ればアゲハとお揃いのおんぶひもじゃないか……ラキ、いつの間に作ったんだろう。

「もう、戦闘始まる前に起こしてよぉ……」

ちょっとむくれて見上げると、タクトが頭を掻いた。

「そのつもりだったんだけどさ、何か来た気配がして偵察に走ったら即遭遇したんだよな。ちゃんと、始まる『前』には起こしたぞ」

直前すぎる! 普通、偵察に行く時には起こすんじゃないだろうか。わざわざオレをおぶったまま行く必要なくない?

「ま、それは俺も用心深くなったって言ってくれよ! 万が一のために、な!」

あと、外し方が分からなかった――なんて呟きが耳に入った気がするけれど、気のせいに違いない。まさか、あの姿を人目に晒しているはずがない。


「とりあえず帰るか! ラキが心配……は、しないかもしれねえけど」

レーダーで分かる範囲では、この辺りに来ているのはさっき片付けたゴブリンたちだけみたい。

10匹前後のグループだったけれど、数匹は逃がしておいた。戻って群れに危険を伝えるだろうから、このまま引き下がってくれればいいんだけど。

「さっきの光なら、村から見えるよな。警戒のためのいい目印になったんじゃねえ?」

「うん、オレが起きてるってのも分かっただろうし」

駆け戻った村では、ラキと村長さんが話をしていた。

武器を手にざわつく雰囲気はあれど、思ったほど村人たちは恐慌状態になっておらずホッとした。

「無事だったか! 子どもだけで偵察なんて、何をやっているんだ! さ、中央へ!」

戻るやいなや村人たちに取り囲まれて、オレとタクトは困惑顔を見合わせてラキへ視線をやった。一体、オレたちは何のために来たと思っているんだろうか。


「ちゃんと言ってるんだけどね~。まあ、寝てるユータとか見ちゃうと、分からんでもないっていうか~」

肩をすくめて苦笑され、むっと不満をほっぺに詰め込んでむくれてみせた。昼間、けっこう活躍したと思うんだけど、まだオレたちはDランクの実力として認められていないんだろうか。

「タクトくんは力が強いから、防衛の戦力として数えられるね? 悪いけど、万が一のために警戒班に加わってもらえるだろうか」

「お、おう……。あのさ、俺らって哨戒任務とか警戒の依頼を受けて来たんだよな?」

真剣な眼差しに、タクトがハテナマークをたくさん浮かべて戸惑っている。そしてオレはずんずん手を引かれて村の中央へ連れて行かれそうになっている。

「あの、オレもDランクなの! ちゃんと依頼を受けて来たんだけど!」

「そうね、とても立派だと思うわ。あなたは十分に役目を果たしたの。あなたが村の戦力を回復してくれたから戦えるのよ、心配はいらないわ」

「怪我人が出たら、お前だけが頼りだろう? ほら、お前は最後の砦だから、な?」


とても優しい猫なで声で、もっともらしいことを言いながら有無を言わせずオレを引っぱって行く。

これだから! 大人ってやつは!

「ちょっと! ラキ、タクト!」

これ以上大人に言っても無駄だと判断して振り返ると、2人の苦笑が目に入った。

「お前がいた方が安心なんだってさ! なんかあったら駆けつければいいだろ?」

「ユータは、シールドを張っていてもらわなきゃいけないもんね~? 何か起きるまでは、中央の守りを固めていてよ~」

……そうだけど。オレの魔道具でシールドを張れると言っている以上、あまり離れると不安がられるかもしれない。本当は今も中央広場を覆うようにうっすら張っているけれど、普通の人は気付かないだろう。


渋々警備班から離れて中央の安全地帯へ確保されつつ、レーダーで村の状況を確認した。

警備班は3,4人のグループに分かれて村を巡回、定期的にここ中央の指揮所に戻ってきては報告をするみたいだ。

「みんなここへ集まってるの?」

「警備班以外はここへ集まるように言われてるんだよ。だてに何度も襲撃を受けていないからね、みんな来るだろう」

今も急ぎ足でこちらへ集まって来る村人を眺めつつ、これなら守りやすいと安堵した。村全体を覆うシールドを維持し続けるなんて、不可能ではないけどもの凄く無駄に魔力を消費する。申し訳ないけど、シールドは中央広場のみに限定させてもらおう。


「じゃあ、シールドを起動しておくね」

これ、何だっけ。とりあえず、魔道具っぽいものを取り出してそれらしく広場の中央に置いた。確か、以前おもしろ呪いグッズで解呪の練習をした……正真正銘のガラクタだね。

ガラクタを見つめてホッと表情を寛げる村人たちに、ほんのりとオレの胸に罪悪感が漂う。だ、だけど目に見えるからこその安心感ってものがあるんだから。

「本当に助かるよ。必ず、魔道具の分も補填できる報酬を払うように村長を説得するからな。村中かき集めてでも払うから」

うっ……そうなってしまうのか。申し訳なさそうなおじさんを見上げ、胸を押さえて曖昧に笑う。

でもオレがシールドを張れると言っても、不安なだけだろうし。そんなに手の内を晒してしまうのもどうかと思うし。

1人悶々としていたところで、ハッと顔を上げた。


――ユータ、来たの。

何の気負いもないラピスの声が、淡々と告げる。

「――っ?!」

レーダーにも捉えたその群れに、つい驚いて勢いよく立ち上がった。

少しばかり、想定と違う。

「ラキ! タクト!」

オレは両手を空へ掲げ、信号弾代わりにライトを打ち上げた。思い切り、特大のやつを。

これで少しでも警戒してゴブリンが逃げるならよし、そうでなくても圧倒的にゴブリン側に有利な『暗闇』というアドバンテージを少しでも軽減できれば!

町中からは、応えるようにヒュウーっと打ち上げ花火のような音がした。きっと、ラキだ。タクトはそもそもゴブリンが近づけば気付くだろうし、これで2人を含め、警備班が奇襲を受けるようなことはないはず。


レーダーでは、一瞬怯んで行軍を止めたゴブリンたちが、再びこちらへ向かってくるのが分かった。

ただのゴブリンなら、もう少し怖がってもいいものを。これが『統率者』とやらの効果だろうか。

なら、オレたちに有利なように。

打ち上げたライトに再度両手をかざし、ぱちんと手を打った。途端に弾けた大きなライトは、いくつかに分かれて広がった。大雑把に操作して町中全体をほのかに照らす街灯代わりにすれば、きっと避難してくる人たちも、警備班も視界が確保できるだろう。

あとは……とにかく村の人をここへ集めなくては!! 警備なんて、している場合じゃない。

オレの唐突な行動に呆気にとられる村人たちに説明するのももどかしく、指揮所へ走った。

「みんなをここへ集めて! 来るよ、ゴブリンが!」


指揮所のおじさんは、一瞬顔を強ばらせたものの、ぐっと奥歯を噛んで微笑んだ。

「どうして君がそんなことを知って――ああ、曲がりなりにもDランクだものな。分かった、君を信用して知らせを出そう。だけど、皆このために警備しているんだ、戦う準備はできている」

安心させるように肩へ置かれた大きな手は力強かったけれど、オレはぶんぶんと首を振った。

「だめ!! 戦えない! オレたちに任せて!」

訝しげな瞳をキッと見上げ、はっきりと告げた。


「30匹やそこらじゃない! 100匹でもない! ものすごい数だから!!」

どうしてこうなったのか分からない。分からないけど、事実、今そうなっている。

息を呑んだおじさんを置いて、オレはシールド外の村人を集めるべく駆け出した。

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