第630話 あの子たちだから

『着いたよ! 良かった、新しいゴブリンのニオイはしないね』

『ううむ、俺様は颯爽と現われて群がるゴブリンを蹴散らす方が格好良かったと思う!』

鼻を空へ向けたシロがホッと安堵の表情で足取りを緩め、その額に腰掛けるようにふんぞり返ったチュー助は残念そうに唸った。

『良かったけれど、どうしようかしら? コトが起こる前に説明して、分かってもらえると思う?』

『それは俺様がいるから、わけないぜ!』

『そうらぜ! おやぶなんらぜ!』

シャキーンとポーズを決めたチュー助の背中では、アゲハがラキ製おんぶひもでご機嫌にはしゃいでいる。

シロの頭上で弾みながら、モモは冷静に自分たちの姿を見回して思った。これは、無理だなと。


『行くぜ、皆のもの! シロ、まずは村長のところだ!』

自分を模した短剣を勇ましく掲げ、チュー助が立ち上がって声を上げた。揺れるシロの頭の上で、細いしっぽも右へ左へ揺れて上手にバランスをとっている。

シロの軽い足取りから来る小刻みな振動をリズムに、チュー助の背中からはでたらめな歌が聞こえ、炎色の耳がぴこぴこと上下していた。

『わかった! ……だけど、ソンチョウさんって誰? どんなニオイ?』

『偉そうなニオイだ! もしくは年とった爺さんのニオイだ!』

『ええ~? 偉そうなニオイは分からないよ……』

既に閉まっていた村の門を軽々飛び越え、シロはゆっくりと村を歩く。ちなみに、アリスは普段通り姿を隠して周囲を警戒しているらしい。

疲れた村人たちは作業を早めに切り上げたのか、それとも警戒のためか、村中央に集まっているようだった。


村を闊歩する別働隊が人の集まるエリアに近づくにつれ、こちらを指さして声を交わす人も増えてきた。

『そりゃあそうよねえ……思いっきり目立つものねえ』

先にユータ一行と姿を見せているから騒ぎにはならないものの、この成りで村長と話をつけるなんてどだい無理な話だ。相手がユータやタクトならともかく。

最終的に村はずれでこっそり身を潜め、有事の際だけ出ればいいわ、と考えをまとめたモモは、ふよふよと揺れながら静観モードに入っている。


『村長さんいるかな~? この人かな~?』

『偉そう度が足りない! 村長度60点! 次!』

見つかるはずもない誘導指示に素直に従って、シロがあちらこちらのお爺さんを覗き込んで足を止める。どうやらチュー助のお眼鏡に適う村長さんはいないようだ。

『いないねえ』

『こんな小さな村なのに……なぜだ!』

がくりと項垂れるチュー助の背中で、いつの間にかアゲハはすやすやと寝息をたてていた。


「あれえ? これってシロじゃない?」

中央の集会所付近で途方にくれていたシロが、振り返って尻尾を振った。

『あ、ゆーたのおともだち! こんにち……こんばんは?』

にこっと笑ってみせると、小柄な彼は恐る恐る近づいて毛並みに手を滑らせる。

「サラサラで綺麗だし、こんな大きいのはやっぱりシロだよね? どうしたんだろう」

ダグは、ユータが戻って来たのかときょろきょろ視線を彷徨わせた。

『おお! そこのガキは確か――バグ!! 我らが来てやったからには、もう心配はいらない。ほら、村長を呼んでくるんだ!』

嬉々として立ち上がったチュー助にビクッと身を竦ませ、ダグがまじまじとチュー助を見つめた。大人しげなその瞳が子どもらしい輝きに染まった途端、まだ小さな手がサッと伸ばされる。


『アッ……?! このガ――助けてぇ! モモ! シロ! アリス! 俺様攫われちゃう~~かわいいからぁ~~~』

「コーディ~! 見て-! 面白いの捕まえた-!!」

きらきらしたダグの声とチュー助の悲鳴が尾を引いて集会所の中へ消えていき、シロはその場でお座りして頭上で弾むモモに視線をやった。

『おともだち、チュー助とアゲハ連れて行っちゃったねえ。どうしよっか』

『そのうち出てくるでしょ』

まさか、あの間抜けな精霊が邪悪に見えることもあるまい。どうやら残念なことに、チュー助はダグに認識されていなかったようだ。


『――だから、俺様崇高なる使命のためにー……離してぇ!』

「あ、ホントだシロがいる!」

「シロだー! ユータくんは?」

ほどなくして賑やかな声が2人分追加され、ぱたぱたと駆けてきた勢いのままにシロに飛びついた。

『さっきぶり! ぼく、いるよ!』

シロの大きな舌に舐められて、コーディとリプリーが声を上げて笑った。隙を突いてなんとかダグの手を抜け出したチュー助もシロへ飛び乗ってモモの後ろへ隠れる。その背中では、変わらずアゲハが気持ちよさそうに眠っていた。

「ユータくんのねずみ、しゃべるんだね! 私、精霊さんなの知らなかったよ」

「俺もー! でさ、ねずみ、ユータたちはどこにいるんだ?」

どうやら2人には認識だけはされていたらしい。丁寧に毛並みを整えたチュー助が、キッと子どもたちを睨み付けた。


『重要なる任務のために特別に選出された俺様たちが――え、普通に? だからぁ、主たちは向こうの村にいて、俺様たちだけが派遣されたってわけ! ガキども、分かったら村長の所へ案内することだな!』

しっかりとモモを盾に、再びチュー助がふんぞり返った。注がれる3人の視線は、困惑とねずみがしゃべることへの興味しかない。

埒があかないと判断したモモが、ふよんと弾んで前に出た。


『――と、言うわけなの。だから、こっちの村も襲われる可能性があることを伝えたかったのだけど。私たち、この成りでしょう? あなたたちから村長さんにうまく伝えられないかしら?』

モモの台詞がそのままチュー助の小さな口から紡がれていく。一言一句違わず訳すようにとのお達しで翻訳(?)機となったチュー助に、3人の口はぽかんと開きっぱなしだ。

「……ねずみが急にしっかりした」

「お姉さんみたいになった……」

「ねずみ、どうなってるのぉ?!」

これは時間がかかりそうだ。急いでいたとは言え、手紙でも持ってくれば良かったとモモはため息を吐いたのだった。


『ソンチョウさん、分かってくれるかな』

『望み薄だと思うわ。だけどいいのよ、説明したっていう事実があれば義務は果たしているしね』

『頼りないな、ガキ共では舐められるに決まってる! ここは俺様が――え? ダメ?』

いきり立つチュー助を抑え、モモとシロは静かに事の成り行きを見守っている。なんとかコーディたちに説明し、次なる関門はそれをうまく村長に伝えられるかどうかだ。ちなみに、村長はおばあさんだった。


「なるほど……トーナクス村がその状況なら、こちらも用心するに越したことはないね」

口々に事情を説明する3人を代わる代わる眺め、訝しげな顔をしていた村長の顔が徐々に真剣なものに変わった。

『あら、信じてもらえるのかしら』

「えっ、信じてくれるのか?!」

モモとコーディの口から思わず同じ台詞が飛び出し、村長は皺の奥からいたずらっぽい瞳を光らせた。

「だって、あの子たちからの伝言だろう? そこのワンコは確かに、あの時の白い犬だね」

シロたちにも柔らかな眼差しが送られ、自然と皆の胸が張られた。どこからか『きゅうっ』と誇らしげな声も聞こえた気がする。

「そう、あの子! ユータくんだから大丈夫!」

「俺たちの友だちなんだ! すげえだろ!」

「あのねえ、小さいけどタクトたちもすごく強いんだ!」

ぱあっと咲いた3つの笑顔は、一気に村長へ距離を詰めてさえずり始めたのだった。



* * * * *


ガクガクと揺さぶられて、大変に寝心地が悪い。おでこもほっぺもガンガン固い物にぶつかって暴れ馬にでも掴まっているみたいだ。

思い切り眉をしかめて唸ったところで、妙に息の弾んだ声が聞こえた。

「さすがに、起きた方が、いいと思う、ぜっ!」

こんなに暗いのに、どうして起き――じゃない!! 一気に上がった心拍数で思いの外ぱっちりと目が覚めた。同時に、何かを切り裂く鈍い音と耳障りな悲鳴が間近で聞こえる。

「え、わ、何これっ? っと、ゴブリン、まだいるよ!」

「何、じゃねえよ、俺ら依頼で来てただろ?」


そこじゃない! いつものごとく寝ぼけているのかと寄越された視線に、ぶんぶんと頸を振った。

「違うってば! これ! ほどいてっ! なんでオレ縛られてるの?!」

「縛ってねえよ?! 人聞き悪ぃ! おんぶひもだろ!」

お、おんぶひもぉ?! 

おんぶひもでおぶわれる自分の姿を想像して、ぶわりと顔に熱が集まった。は、恥ずかしすぎる! 

なんで?! い、いや、大丈夫、きっとこの暗さだもの、きっと誰にも見られていない……はずだ。

『今考えるの、そこじゃない』

戦闘そっちのけで逸れてしまった思考に、蘇芳の至極冷静なツッコミが入る。


『……言わなきゃ、いけない気がした』

使命感に駆られた紫の瞳は夜空を見上げ、きりっと締まった表情でそんなことを呟いたのだった。




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