第620話 外道の台詞

「うろちょろすんな! 切るぞてめえ!」

怒号飛び交う解体会場にて、一際物騒な声が響き渡る。だけど、オレだって負けずに怒鳴り返す。

「手伝ってるの! オレ、ジフに切られたりしませんー!」

舐めないでいただきたい、避けることだけならAランクだって目じゃないんだから。多分。

「おう、言ったな? 勝手に避けろよ、知らねえぞ!」

「いいよ! 全部避けられるから!」


オレはジフと言い合いながらその太刀筋をかいくぐって走り抜ける。そもそも、ジフが解体するのに剣を振り回すからいけないんだよ。他のみんなが怖がって近寄れないから、こうして鮮度が落ちないようせっせと皆の間を縫って回収作業に勤しんでいるというのに。

現在、2体目の解体作業の終わりが見えてきているところだ。比較的魚っぽい見た目の2体は、予想通りちゃんと食用だったみたい。どんな料理に向いているかは、後でじっくり聞こう。


「次、来いやあ!!」

「オーケー、行くよっ!」

ずぅん、と地響きを感じるような巨体は、毒々しい紫色の口ばっかり大きな……魚? 円にちょこんとしっぽとヒレをつけて、あとは口、みたいな雑な造形の魚だ。全体的にでろりとした質感がなんとも不気味。アンコウに似ていると言えば似ているだろうか。

「……これ、食べられる?」

色が色だけに純粋に美味しそう、とは言い難かった獲物だけれど、色以外はアンコウっぽいんだから絶品であるポテンシャルを秘めているよね。濃厚なあん肝の美味しさを知っていれば、少々……いや結構見た目がアレだからって惑わされることはない。


「食える確信がねえのに、よくコレを持って帰ろうと思ったな」

躊躇いなく剣を振るうジフを見て、確信は今持ったよ。

(坊ちゃんて、花でも食ってそうな顔してんのになあ……。こういうとこ、ロクサレンの人間なんだよな。俺、見てるだけでさっき食った飯が戻って来そうだぜ)

(だよな。実際、あのツラで魔物よりも悪食だっつう噂だぜ)


……聞こえてますけどぉ?! 

こそこそ話す料理人さんたちにキッと鋭い視線を送ってから、解体されていく紫のどろどろを優しい目で眺めた。

大丈夫、君の美味しさを知れば、きっと彼らも見る目が変わるはずだから。

大丈夫、見た目よりも大切なものがあるって、君が彼らに教えてあげるんだよ。

『主、いいこと言ってる風だけど、さすがに無理があると思うぜ!』

『こうしてまた、お魚の悲劇が始まるのね。悪食のロクサレン、なんてふたつ名がつかないといいわね』


……そんなこと言っていいのは、紫のどろどろを食べない人だけだからね! いいんだね?!

じとりと両肩の小さいもふもふ達に視線をやると、目に見えて狼狽えた。

『俺様、何も言ってない!』

『私はスライムだもの、悪食は褒め言葉なのよ?!』

うむ、よろしい。重々しく頷く傍ら、せっせと解体された物体を収納する手は止めない。

ほうら、内臓になってしまえば、外側がどんな生き物だって一緒だよ!

『言ってることがまんま外道だな』

ぼそりと零されたチャトの台詞が、オレの会心の笑みに突き刺さる。


そんなこと……そんな…………。

「つ、次行くよー!!」

さて、解体作業はまだまだ残っている。些細なことを気にしている余裕はないよね!!

「上等だぁ!!」

「ま、まだあるのか……」

ボルテージの上がりきったジフとは裏腹に、周囲の料理人さんたちから悲鳴に近い声が上がった。やっぱり釣りはほどほどにしておいて正解だったね。

でも、大丈夫!


「任せて! 回復術師がここにいるんだから!」

蝶々を使えたら便利なんだけど、そうもいかない。まさか息絶えたお魚が復活するわけもないので、解体会場全体を包み込むように回復を施した。

む、無駄に疲れる! けど出し惜しみしてはいられない。料理人さんたちの作業速度が鈍れば、それだけ鮮度が落ちるってことだ。

「疲れが……癒えてく。回復ってすげえ……すげえけど……休みてえ」

「あったかいな。気持ちいいけどよ……なんだろな、この強制的に延命されたような気持ち」

カサゴっぽいトゲトゲ巨大魚に取りかかりつつ、料理人さんたちの顔は浮かない。ほら、ジフを見習おう! あんなに血走っ……輝く瞳をしているのに。


「じゃあ、これが最後だよ!」

最後、と聞いて生気を失った料理人さんたちの目にもほんのり光が灯った。最後のは解体する必要があるのかもちょっとよく分からないけれど、とりあえずジフに見て貰わないと食べていいかどうか判断できないからね!

そうれ! と収納から取り出すと、それはまるで液体のようにべちゃりと広がった。

「ぬあああ?! なんだこれ!」

「く、クラーケンか?!」

ずるりと垂れた長い触手に巻き込まれ、数人が悲鳴をあげた。もちろん、締めてあるので心配はいらない。


「クラーケンってイカでしょ? 違うよ!」

船を襲うほど大きいイカの魔物がクラーケンって呼ばれるらしいけれど、今回それは釣れなかった。その代わり釣れたのがこのタコさんだ。

大きいけど、さすがに大型船は襲えないだろう。せいぜいボートくらいだ。

「食べられるよね?」

「知るか! わざわざ沖合まで行ってこんな魔物を食おうと思わねえよ?!」

これ魔物なの? ちょっと驚いてジフを見つめると、無造作に剣を突き立て、何かを取り出してみせた。

「あ、ホントだ。魔石があるんだね!」

「むしろ魔物でない要素がどこにあんだよ?!」


だって、タコだもの。地球のミズダコだってオレより大きいんだから、こっちのタコがこのくらい大きいのは当たり前じゃないだろうか。むしろダイオウイカより小さいんだから、そりゃあただの海産物だと思うよね。

だけど、食べられるかどうか分からないのは困る。

「オレ、ちょっと聞いてくる!」

そそくさと巨大タコさんを収納にしまい、さっそく心当たりの人物の元へ転移した。


「――ねえ! これって食べられる?!」

勢い余ってビターンと取り出してしまったタコさんに、寛いでいた彼が思いきり飛び退いた。

「フザけんな!! このっ……てめー、さっさとしまえ!!」

もしかして、タコはお嫌いだろうか。

「食べられない? ルーは嫌いなの?」

「うるせー!! 食う食わねえの問題じゃねー! 生臭えんだよ、持ってくるな!」

あ、食べないわけじゃないし嫌いでもないんだ。

ルーが怒るし鮮度が落ちるのですぐさまタコさんをしまい、言われるままに周辺を水で洗い流した。

まあ、確かに寝床に生のタコを放り込まれたら普通は怒るかもしれない。


「食べられるんだね! じゃあ、どうしよかな? ルーは何が食べたい?」

言いながらぱふっと漆黒の毛並みに伏せて、すべすべ柔らかなそれを堪能する。

ああ、気持ちいい。なんだか久々な気がする。

タコと言えばすぐさま思いつくのはたこ焼きだけど、あれってあんまりタコを味わう料理じゃないよね。むしろタコじゃなくてもいい。

獲れたて新鮮だもの、まずはシンプルに味わうべきだろうか。

生は危険かもしれないけど、サッと茹でたタコならお刺身で食べられるよね! こっちの世界ならカルパッチョの方が人気だろうか。和風に味付けた煮物もいいな。じっくりじっくり味を染ませて茶色くなったあれ。そうだ、たこ飯は絶対食べたい! 唐揚げだって必要だ。


ううん、捨てがたい……こりこりした独特の食感も、煮込んで柔らかくなった懐かしい味も。

「うん、だけどこんなに大きいんだもの! いくらでも楽しめるよね!」

全部作ってしまえばいいんだよ。食べる人はいくらでもいるんだし! 

考えているとうずうずしてきた。早く帰って作りたい!

「じゃ、作ったら、また持ってくるからね!」

パッと起き上がってにっこりしたら、ルーが思いの外慌ててこちらを向いた。

金色の瞳がまるく、お耳はピンとこちらを向いて、『え』と零れんばかりにわずかに開いた口元。

虚を突かれたとありあり表現されたその顔は、ルーにあるまじき素直な心の投影だ。


そっか、オレ、帰ってきたところなんだった。

視線を絡めてから、ルーはハッと取り繕うように仏頂面でそっぽを向いた。その耳だけが、こちらの様子を窺うようにちらりちらりと忙しくこちらを向いては逸れる。長いしっぽは不機嫌に大きく揺れていた。

「じゃあね――」

くすくす笑いを抑えて身体を離すと、ピクッと動いた耳と共に獣が思い切りこちらを向いた。

バチリと音がしそうなほどかち合った金と黒の瞳が見つめ合い、想定と違ったらしい金の瞳がキョトンと瞬いた。


「じゃあね、タコさんはそれでひとまずお預け。ねえルー、お話することがいっぱいあるよ。聞いてくれる? それと――」

取るべき表情を選びかねてうろたえる獣へ、花束を差し出すように思い切り笑みを浮かべた。

ねえ、ルーだって、たまにはこんな風に笑えばいいと思うよ。

「ただいま!!」

オレは胸元の豊かな被毛へ飛び込んでぎゅうっと抱きしめ、小さな身体を振動させる地響きのような喉の音を楽しんだのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る