第596話 主従は似るもの

「ねえ! 昨日オレが言ってたこと、覚えてる?」

うきうきと町を歩きながら、手を繋ぐ彼をふり仰いだ。ちゃんと一番言いたかったことだけは伝えたはずなんだ。魔物のことは名前まで分かってるんだから、簡単だ。難しいのは飲み物の方!

だけど、視線を下げたアッゼさんは訝しげな顔をする。

「昨日、お前がまともに話したことなんてほとんどなかったと思うぞ?」

「話したよ! 美味しいらしい魔物のことと、変わった飲み物!」

ポン、と手を打ったアッゼさんに満足して、勢いよく繋いだ手を振った。

「だから、それがある場所に行きたい!」


にこにこしてそう言った途端、呆れた表情が返ってきた。

「俺が知るかよ! 昨日俺が聞いたのは、ピンク色でぶよぶよして顔の横にひらひらがある水中に住む気味悪い生き物が美味いって話と、毒も美味いらしい、なんつうドン引きの話だぜ。お前の国は食に関してちょっと変なんじゃねえの」

「そ、そ、そんなこと言ってない!!」

『主、そう言ってたぜ』

『言ってたわねえ。色々ごちゃ混ぜね』

それってウーパールーパーでしょ? 食べないよ!! 顔を赤くして否定した直後、肩からアッゼさんへの援護射撃が入る。どうも味方はオレへの援護は行ってくれないようだ。


「……ちょ、ちょっと色んな記憶が混ざっちゃったみたい。そうじゃなくて!」

そ知らぬ顔で改めて説明を行う。ちなみに、オレが説明したかったのはウーバルセット。湿った洞窟に住んでいて、聞いた話ではハダカデバネズミみたいな生き物だと思う。確かに、ピンク色でぶよっとはしていそうだけれど。

「あー、ウーバルセットなら、まあ。だけどあれはここらにはいねえもん。乾燥肉ならあるけど、全然違うモノだぜ?」

「そうね、あれはとろける食感が魅力だもの。おいしいけど、乾燥肉だと別物ね」

そうか……。しゅんとしたけれど、乾燥肉でもないよりマシだろう。


「じゃあ、ひとまず乾燥肉が欲しいな! そうだ、きっとその辺りには料理関連のものとかあるでしょう? そこに行きたい!」

そうすれば、もう一つの飲み物についても情報があるかも。

気を取り直して歩きだそうとすると、繋いでいた大きな手が、ぎゅっとオレの手を握り込んだ。

「?」

小首を傾げて見上げると、彼はオレの方へ身体を向けて手を離した。意味ありげに片目を瞑り、人差し指を立てて『しぃー』とやってみせる。


ナイショ? 何がナイショ……あっ!

(あ・と・で、な?)

口をパクパクさせて、多分、絶対、そう言った! ぱあっと輝きだしたオレの顔に苦笑して、またフードがぐいっと下げられる。

うん! 後で、あとでね!! 自然とスキップになる足取りに、何も知らないミラゼア様がホッとしたように微笑んだ。

「お昼は期待していてね! ちょうど料理用品の店の近くに、昼食を予定していた店もあるのよ。この町のとっておきのレストランへ案内するわ!」

「ありがとう!」


私のご用達なんだから! と息巻くミラゼア様に、ふわっと満面の笑みが零れる。

何より、誇らしげなミラゼア様が素敵だったから。

きっと、ミラゼア様の館のお料理の方が高級なんじゃないかと思ったけれど、美味しいっていうのは、たくさん種類があるものだ。

誰かが良いと思っているものを一緒に楽しめるって、とてもわくわくする。

誰かが良いと思っているものを教えてもらえるのって、とてもドキドキする。

だって、それってその人の根幹に触れることだ。


オレは、繋いだ大きな手を離して前に出た。

「ミラゼア様、行こ!」

小さな手を差し出すと、一瞬キョトンとしたミラゼア様が、素早く手を取った。

「そうね! 行きましょう! パパも頑張って!」

「アッゼおじさんは、後で来るといいよ!」

「は?!」

サッと振り返って告げたオレたちに、退屈そうに歩いていたアッゼさんが間抜けな顔をした。


ちゃんと言ったから、大丈夫! オレ、嬉しい気持ちが満タンで、走らなきゃいけないから。ちょっと消費しないと爆発しちゃうので。

きゃーっと口から漏れる歓声も、消費の一環だ。鉄砲玉のようにスタートダッシュを決めたオレとミラゼア様に、ぽかんとしたアッゼさんが慌てて追いかけてくる。

「ちょ?! 待てお前ら! 何で俺まで走らなきゃならねえわけ?!」

「走らなくていいよ! 後で来ればいいよ!」


人混みをすり抜けて走るオレとミラゼア様の、軽い足音が速いテンポを刻んでいる。いろんな匂いのする風がオレの側を通り抜けていった。繋いだ左手はやわやわと温かくて、弾む呼吸が2人分。

大丈夫かな、と傍らを見上げれば、気付いたミラゼア様が上気した頬で笑った。

「こんなに町を思い切り走るなんて、最高ね!」

そっか、ミラゼア様は高貴な方なんだった。お転婆だから忘れちゃうけど、こういうところはお嬢様なんだな。一応、庶民風に変装している解放感からだろうか。

「最高だね!」

有り余るエネルギーが、もっともっとと駆り立てる。ああ、シロが走りたい理由が分かっちゃうな。

走れば走るほど、笑い出したくなってくる。ああ、楽しい。


「ちびっ子どもが~! 興奮すんじゃねえ、目立つっての!!」

抑えた声と共に、突如路地から伸びてきた手が、がしりとオレたち2人を捕まえた。

はあはあと息を切らして捕まえた手を辿れば、案の定アッゼさん。呼吸1つ乱していないから、きっと転移で隙をうかがっていたんだろう。

「捕まっちゃった」

「鬼ごっこ終了ね」

少し残念に思いつつ、顔を見合わせて笑う。呼吸の乱れたミラゼア様へ、それとなく回復魔法を施すと目を丸くされた。


「馬鹿、やるなっつうんだよソレを」

怒られて大人しくアッゼさんと手を繋ぐと、少し唇を尖らせた。

「どうして? 魔族は家を補修したり、日常的に魔法を使うんでしょう?」

町中で攻撃魔法を放てばどこでだって問題だろうけど、生活に便利な魔法ならいいんじゃないの?

「ユータちゃん、回復魔法を使える魔族は少ないわ」

「そうなの? でも、ミラゼア様のシールドだって、アッゼさんの転移だってそうじゃないの?」

特に代々の星持ちは、家系によって得意分野があるのだと言っていた。

「そーだな、だから星持ちだよな?」

あ……そっか。 


「回復魔法の一門は決まってんだよ。大事な担い手だ、それこそ生まれたばっかの赤子でも登録済みってな」

アッゼさんはそう言いつつ、市井の者からでも回復魔法持ちが出ないわけでもないけど、と付け加えた。

だけど、その場合もすぐに登録されるらしい。何せ全人類に必要な能力だから。

「オレたちのところでも回復術師は多くないけど、そんなに少ないんだね」

移住した人たちに偏りがあったせいだろうか。

ひとまず、回復魔法はダメ。もちろんシールドも転移もダメだろうし、攻撃魔法は犯罪者になっちゃう。

結局、魔族の町だからって魔法はほいほい使ってはいけないらしい。


もう少しおおっぴらに魔法を使えるかと期待していたので、残念でならない。何せ、普段は人前で使わないようセーブしてばかりだったから。

『…………』

味方からの無言の視線が痛い。とても痛い。オレの中からも無言の意思表示を感じる。

やはり、オレの味方はオレを援護してはくれないらしい。


――ラピスは分かってるの! ラピスも、普段はいっぱいシェーブしてるから分かるの!!


奇跡的に意味合いが大して変わらない言い間違いに感心しつつ、現われた味方に笑みを向ける。

そうだよね! ラピスだって普段から……普段から……?

オレは拳を握って同意しようとして、固まった。

『そうね、同類だものね』

『主とラピスは似てるな!』

くるくる舞って喜ぶラピスの手前、違う! とも言えず、オレはひとり悶々としていたのだった。




--------------------------


もふしらキャラ人気投票にご参加下さった皆さま、ありがとうございました!!

また近況ノートの方に詳しく書きますね!


もふしら11巻のSS、ファミリーマートさんとセブンイレブンさんで印刷できるようになりましたよ!!もふまみれのお話です!!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る