第593話 運命の相手は

「え……暗っ」

まだ宵の口だというのに、真っ暗闇だ。だって明かりが1つも無い。

ラピスに連れてきてもらった場所は、あまりに予想と違って目をしばたたかせた。

見回せど、明かりどころか本当に何もない有様だ。ぽつぽつと生えた背の低い木、あとはただ荒野が広がっている。

しばし驚いてきょろきょろしてから、側の木を見上げた。


「……来るなっつったろ」

見つかった、と言いたげな苦笑が降ってきた。そりゃあ分かるよ、アッゼさんの所へ転移してもらったんだから。

「オレは行くって言ったよ」

「うわ、もう反抗期かよ?!」

憎まれ口を叩きながら、背の高い男が飛び降りてくる。

「アッゼさん、ちゃんと夕ご飯食べたの?」

「だから母ちゃんかっての! 別にいいだろ、俺が食べても食べなくても。ちびっ子には関係ねえの」

反抗期の子どもみたいなのはどっちなんだか。

つーんとそっぽを向いたアッゼさんに、やれやれとため息をひとつ。


「もう寝るつもりだったの? こんな真っ暗で。ごはん食べるなら明るい方がいいでしょう? 暗いのが良かったら消すけども」

ふわっと小さな明かりをいくつか浮かべ、小さなテーブルを用意する。

『だだっ広くて何もいなさそうだけど、一応シールドは張っておくわね』

『ぼく、おさん……見張りしてくるね!』

どこまでも広い荒野は、シロにとって最高のロケーションかもしれない。


『帰りは、抱っこしろ』

言うなり木の上でおやすみモードに入るチャト。起きるつもりはないから連れて帰れ、ということらしい。それならせめてオレの手が届く範囲にいてほしいんだけど。

ティアは肩で、チュー助とアゲハは短剣の中で、既にお休み中だ。ラピス部隊は上空で何やら訓練しているらしいので、魔法を使わないよう釘を刺しておいた。


荒野にぽつんと置かれたテーブルは、浮かべた明かりが光の壁を作っているみたい。暗闇からここだけを切り取ってお部屋になったような錯覚がある。

一見寂しすぎる光景だけど、光のお部屋に入ってしまえば周囲は見えなかった。

「さあ、どうぞ! あのねえ、オレ一生懸命説明聞いてきたんだけど、全部は覚えられなかったよ」

静かすぎる荒野に、コトン、コトンと皿を置く音が響く。

「飯食うのに、随分大盤振る舞いだな」

確かにアッゼさんに用意されたお食事は大判振る舞いだけど……ああ、魔法のこと?

「便利なものは、使った方がいいよね!」

「そんなだから、規格外になんだよ。習熟度が半端ねえ」

ぶつぶつ言うアッゼさんを座らせ、オレも腰掛ける。


「ネリスもどうぞ!」

「きゅ?!」

だって、ネリスだけ任務だったからまだごはん食べてないでしょう。ネリスは喜び勇んでアッゼさんの肩から飛び降り、弾む足取りでテーブルの一角へちょんと座った。

きらきら輝く瞳とまっすぐに伸びた耳が、今か今かといただきますを待っている。

『スオー、ちょっと食べる』

余った席には、蘇芳が陣取ってテーブルへ前肢を乗せた。これはアッゼさんのお食事だけど、量的に絶対に1人分じゃないから、いいかな? オレはぽっかり空いていた席が埋まって、少しホッとした。


いただきます、の言葉と共に取り分けたお皿へ突撃したネリス。蘇芳はお好みの物だけ大事に握ってちまちま食べている。

「これは鳥系の煮込み、こっちのスープはすっごくスパイシーでビックリしたよ! こっちはねえ、ええっと、確かポイポルっていう魔物のお肉で――」

お腹は空いていないのかと思ったけれど、アッゼさんは食べ始めてみればみるみる平らげていく。カロルス様やタクトほどとは言わないけれど、お料理はあまり残さずにすみそうだ。


お腹空いてたのに、どうして食べなかったの? みんなで食べれば良かったのに。

お水を注ぎながら、端正な横顔を眺めた。

オレ、アッゼさんはきっと賑やかな酒場にいると思っていた。大人には大人の楽しみがあるから、きっとお酒を飲んで騒ぎたくて1人になったのかと。

なのに、どうしてこんな孤独の極みみたいな場所に。


「アッゼさんに見とれるのは分かるけどさ、お前はもう帰っとけって。ほら、ちゃんと食ったろ?」

ぼんやりしていたらしい。額を指で弾かれ、思わぬ痛みにむっと唇を尖らせてさすった。

「帰らないよ。アッゼさんにたくさん話を聞こうと思って。ミラゼア様にも言ってきたから大丈夫! もうごちそうさま?」

「ゴチソーサマは知らねえけど、おしまいサマだぜ」

なら、歓談タイムだね。残った分はシロが狙っていたから、収納に入れておいてあげよう。


アッゼさんはわざわざ椅子から降りて、木の根元に腰掛けた。ゆったり背中を預けて、大きな吐息をつく。

オレも、アッゼさんも口を閉じてしまえば、聞こえるのはカリカリと何かを囓る蘇芳の咀嚼音と、大きなお腹を晒したネリスの寝息だけ。


オレもくたりと身体を預けて空を見上げる。アッゼさんの大きな気配は、荒野の中で一際輝いているみたいだ。

「……ちょっと待て」

「なあに?」

さらにのけ反るように仰のくと、不満げな表情が見えた。

「なにじゃねえって、お前、どこ座ってんだ」

「アッゼさんの上」

そう言えば当たり前みたいに座ったけれど、アッゼさんのお膝に座ったりすることなんてなかったもんね。

アッゼさんはしばらく何か言いたげにしていたけど、諦めたみたい。


「ここ、静かなところだね。アッゼさんは、いつもここで寝るの? お家は?」

蛍のような明かりをふわふわと浮かべながら、暗がりに波紋が立たないようにそっと話をする。


「アッゼさんはカッコいい流浪の民だからな、定住先なんてねえのよ。日々こうして孤高の夜を過ごすってヤツ?」

いつもここに来るなら、流浪って言わないんじゃない? そもそも、どこへだって一瞬で行けてしまうアッゼさんに、流浪なんて言葉が当てはまるだろうか。

ふうん、と気のない返事で聞き流すと、不満そうに頬を引っぱられた。


「明かり、消してろ」

ふと思い出したように言われ、やっぱり暗い方が好きなんだろうかと全て消灯する。

真っ暗な中で、背中が温かい。ゆったりと膨らんで沈むソファは、船に揺られているみたいだ。

「怖いだろ? 帰れっての」

「……何が怖いの?」

心底リラックスしていたオレには、思いがけない台詞だ。つい聞き返したものの、そう言えば普通は周囲が見えないだろうし、暗いと怖いよね。

だけど、こんなに穏やかな気配と大きな魔力が側にあるもの。


「じゃ、アッゼさんがこの地にまつわる怖い話をひとつ」

にやりとしたらしいアッゼさんが、静かな声でお話を始めた。

高い能力を買われ、星持ちになった魔族の若者。能力があったが故に、意思にそぐわず悪用された彼の、悲しく不幸な一生のお話だった。

ここは、その若者が破壊した場所らしい。

「だからな、ここには犠牲になった人の恨み辛みが漂って……ほうら、耳を澄ませば今も……」

恐ろしげな声で締めくくろうとするアッゼさんだけど、オレは納得できない。


「そんなお話ないよ! その若者、人質を守ろうとして悪いやつに捕まったんでしょう? だったら、助けにくるヒーローが必要だよ! そのまま言いなりになって悪いヤツと一緒に討伐されましたなんて、おかしいよ!」

憤然と見上げると、アッゼさんは可笑しそうに笑った。

「それを俺に言われてもな。でもまあ、そいつも悪いことはしたんだからしょうがないだろ? よいこは真似しちゃいけませんってヤツだ」

確かに、昔話は納得いかないものも多いけれど。

「だけど。オレがいたら助けに行ってあげるのに! カロルス様たちがいたら、きっと助けてくれるのに!」


アッゼさんの肩が、ピクリと震えた。

「……ふーん。そうだな、マリーちゃんがいれば、助けてくれたんじゃねえ? 囚われの王子を颯爽と救い出す姫! ああ、マリーちゃんに相応しい!」

そんな姫見たことないけど。それにマリーさん、あんまり助けてくれなさそうな気もする。

「で、せっかく迫真の演技してやったのに全然怖くねーの?」

面白くなさそうに舌打ちして、アッゼさんはごろりと地面に横になった。


「俺はさ-、それで思ったのよ、俺みたいにすっばらしい能力を持ってるヤツは狙われるってね。で、狙われたら被害に合うのは……な?」

……家族、親しい人たち。若者は、そうだった。弟の忘れ形見である少年を餌に捕まってしまった。

だから、なの?


「だけど、もっとたくさん親しい人がいれば、助けに来る人もいたかもしれないよ? そっか、だからマリーさんなの?」

「だからマリーちゃんって、何だよ?」

「マリーさんなら、人質にならないもの。それにきっと、アッゼさんを助け出してくれ……るかなぁ?」

キョトン、と目を瞬いたアッゼさんが、みるみる瞳を輝かせた。


「そ、そっか!! 俺って天才? すげえ、これは運命だな! 俺が唯一心許せる女神、それがマリーちゃんってわけだ!!」

まあ、一方的な運命かもしれないけど。

「マリーさんだけじゃないでしょう? カロルス様も、エリーシャ様も、執事さんも。みんな強いもの。頼ったらいいよ、ロクサレンに来たらいいよ」

遠慮無く胸の上に乗り上げ、落ち着かない紫の瞳を見つめた。


「ロクサレンが、それがきっと、『運命』なんじゃない?」

「…………そんなのロマンチックじゃねえし」

にこっと笑うと、アッゼさんはぼそぼそとそんなことを言って視線を逸らしてしまう。

「大丈夫だよ、ロクサレンならアッゼさんを守れるよ」

何気なく言った台詞に、その目が大きく見開かれた。


「守る……? 俺を?? 守るのはいつも俺だろ? 俺が、守る側じゃねえの」

「じゃねえの! アッゼさんを守ってあげる! だってみんな強いから。それにね、オレだって結構強いから! だから、今夜だけはオレが守ってあげる!」

今だけくらい、オレが守ってみせるよ。


きりりと眉を引き締め、瞬きを繰り返す瞳を見下ろした。オレは、その若者を助けられなかったけれど、今ここにいるアッゼさんなら助けられる。

カロルス様みたいに、アッゼさんが心から安堵してもらえるように。

……だけど、精一杯の男らしい顔は、思い切り引き延ばされた両頬で台無しになった。

「ばぁーーか!」

アッゼさんは、オレの下で失礼にも声を上げて笑っていたのだった。





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近況ノートに書きましたが、もふしら人気投票やってます~!

ひとり10票でいろんなキャラに入れられますので良かったらぜひ~!

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