第574話 甘くてしょっぱくて、美味しい

「……やっぱりこうなっちゃうよね」

ふわっと目を開けたオレは、意識が追いついてきたのを感じてひとり頷いた。

うん、こうなる気がしてた。想定の範囲内だ。

だけど、いつルーは獣に戻ったんだろう。立っていたはずのオレは、いつ横になったんだろう。

まあいいか、と小さな体を伸ばすと、すぐ側で金の瞳がうっすらと開いた。


「ルー、おはよう! オレの方が早起きだね!」

にんまり笑うと、ふわふわのしっぽがべしっとオレを叩いた。

「どこがだ! てめーが起きねーから――」

言葉の途中でずばっと立ち上がって、漆黒の獣は思い切り伸びをする。しなやかな身体が弓なりになって、心地よさそうに細められた目はチャトみたい。ただ、その太い前肢からは黒曜石みたいな鋭い爪がにゅっと突き出し、近寄ってはいけない神秘の獣を感じさせた。


ちなみに寄りかかっていたオレは草の地面に転がされ、不満たらたらで服を払っている。

文句のひとつでも言おうかと思ったけれど、もしかしてオレが起きるまでベッドになってくれていたんだろうか。ルー、優しいのに優しくないんだから。

全身に残るルーのぬくもりと柔らかな感触を惜しみつつ、立ち上がってキッチン台を設置した。


「ルー、何たべる?」

にこっと微笑むと、金の瞳がちらりとこちらを確認し、『何でもいい』なんて興味なさげな返事が返ってきた。だけどきりりと立ち上がった耳は思い切りこちらを向き、伸びたしっぽの先はぴこぴこと別の生き物のように揺れていた。

そう言えばルーに朝ごはんを作ることってなかったかも。甘いのがいいかな? 甘くない方がいいかな? カロルス様みたいに毎食肉がいいってわけじゃないと思うんだけど。

いずれにせよ、今から作るんだから手早い方がいいだろう。


ふむ、と首を捻ってしばし、収納からバターや小麦粉、お砂糖に卵を取り出した。

――クッキー、なの? おやつ?

目覚めたラピスが首を傾げて浮かんでいる。クッキーを作ることが多いもので、ラピスはこの材料が出てくるとクッキーだと思うらしい。そして出番を待ちかねた管狐お料理部隊が、あちこちの影から覗いている気がする。

「また今度クッキーも作ろうね! 今日はお食事パンケーキにしよっか」

にこっと笑うと、真っ白な綿毛はくるくると嬉しげに宙を舞った。


『パンケーキね! 丸くて柔らかいあれね!』

『やった! ぼく、ぱんけーき好き!』

ぽんぽん弾むモモを頭に乗せ、シロもスキップしながら周囲を駆けた。木漏れ日に輝く白銀の毛皮も、そのぴかぴかの笑顔には敵わない。寝ぼすけ組はきっといい香りに釣られて目を覚ますだろう。


こんな心地いい朝に、森の中でパンケーキを焼くなんて、なんて贅沢なんだ。

ぱきゃ、と軽い音と共に落ちた卵が、ボウルの中でつややかに揺れた。チャチャチャ、と混ぜる音も楽しい。

「ムッムゥ~ムムッムゥ~」

水浴びをすませたムゥちゃんが、キッチン台で雫を光らせながら左右に揺れている。いつの間にかオレの鼻歌もムゥちゃんリズムになっていて、段々重くなる材料を混ぜながら笑った。


「スオー、手伝える」

まだ眠そうな目をこすりつつ、蘇芳が葉野菜をめくっては丁寧に洗っている。大丈夫、大きさはそんなに揃えなくっていいんだよ……それともそのちぎった端っこを食べたいがためだろうか。


次々とパンケーキを焼きつつ傍らで腸詰めやらベーコンやらを焼いていると、ほの甘い香りと塩気のある香りが入り交じってもう美味しい。

卵はスクランブルエッグがいいかな? それとも目玉焼きがいいかな? 少し悩んで両方用意すればいいやと笑う。

『お前、よく笑うな』

目が覚めたらしい。大あくびをしたチャトが、のすのすと日向に移動して目を細めた。瞳孔がきゅうっと細くなり、ふてぶてしい顔がさらに強調されているみたい。


「そう?」

だって楽しいからね。首を傾げてくすっと笑い、本当だなと可笑しくなった。特別お料理が好きなわけじゃなかったけど、この世界ではみんなに食べてもらえる。みんな、とても喜んでくれる。

そうすると、オレが嬉しい。

だからかな? いつの間にかお料理すること自体が、とても嬉しくて楽しいことみたいに感じる。

にこにこしながら出来上がった薄いパンケーキを積み上げ、甘い皿とお食事の皿に分けた。


具材を載せてもいいし、挟んで食べるのもいい。オレは、シャキっとした葉野菜とたっぷりのベーコン、そして卵を挟んでかぶりつくんだ。生地の優しい甘さと、ベーコンの塩っぽさが絶妙で、何ならチーズも追加して蜂蜜をかけたっていい。

甘いパンケーキにはたっぷりバターを載せ、蜂蜜を滴るほどに。みるみる溶けていくバターが、蜂蜜の中を滑って泳いだ。やっと起きてきたチュー助とアゲハが、目を輝かせて歓声をあげる。


「ねえルー! できたよ!」

まだかまだかと一生懸命こちらに向いていた黒の耳が、ぴぴっと動いた。

やれやれと言いたげに立ち上がる動作と、そわそわ揺れるしっぽが妙にアンバランスで可笑しい。

――結局のところ、オレがルーにできることってこの程度。

がつがつと食べるルーを眺めて、ほんのり微笑んだ。できることがあるのはとても嬉しい。だけど、お食事パンケーキみたいに甘じょっぱい。そこは、蜂蜜パンケーキでも良かったんだけど。


ううん、相手は神獣、途方もなく規格外の相手だもの。いくらオレが守りたいと思っても、そうそう力の差は埋まるものじゃない。頼って貰うには、相手をこっちに引っぱるんじゃなくて自分を上に引き上げなきゃ。

だから、オレがもっと頑張って食らい付いて行くしかないんだ。

だって、オレはルーが好きだし、守りたいって思うんだもの。

「……あれ?」

そこまで考えて、ふと違和感を覚えた。

これ、最近似たような話を聞いた気がする。


何だったろう、と首を傾げてみて、カロルス様が浮かんだ。そう、このブルーの瞳に見つめられて、こつんとおでこがぶつかって――。

思い出して、ふわっと頬が染まった。

ああ、これが……タクトやラキの気持ち。

あの時分かったつもりだったことが、カロルス様の言葉が、塊になってずしりとオレの中に飛び込んで来た。


2人は、だからあんなに強くなったのか。

オレは、こんなに想って貰っていたのか。


分かっていなかった。その想いがこんな大きさで、こんな形で、こんな色をして輝いていたなんて。オレ、ちっとも分かっていなかったんだ。


そして――ルーにとってオレがどれだけ大事なのかも。

ねえルー、オレ分かっちゃったよ。

だってオレ、こんなにもすごくすごくタクトやラキが大好きで、大切だもの。


浮かんでしまいそうになった涙を誤魔化して、はむっ! と勢いよくかぶりついたパンケーキ。思ったよりも甘くて、ほんのりしょっぱくて、やっぱり美味しかった。




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