第568話 彼らの事情

「追加で欲しい人は、自分で作ってね! ここにプラスαの具材もあるからね」

「え~! ユータ最初に言ってよ~! 僕、チーズ入れたかったな~」

「次食う分に入れればいいんじゃねえ?」

タクト、普通の子どもはそんなに何枚もお好み焼きを食べたりしないんだよ。

「ラキ、小さいのをいくつか作ればいいんだよ! そうすればオレも食べられるし!」

「なるほど~! じゃあ、チーズたっぷりのと、海鮮と~」

ラキは目を輝かせて具材を選び始める。そんなに食べるなら、結局追加で1枚食べる以上になると思うけれど。


魔族の子たちの口に合うだろうかと心配だったけれど、脇目も振らずにがっつく様子に胸を撫で下ろした。

さすがは良家のご子息たちだろうか、夢中で貪る割に品がある。馴染みのあるカトラリーの方が良かろうとあまり深く考えずに置いたナイフとフォーク。見事な手つきでそれらを操り、なんだかお好み焼きが高級なお料理になったみたいだ。

そこらの冒険者とは違うものを感じつつ、改めてその姿のみすぼらしさに眉尻が下がった。

子どもたちだけで、森で生き延びてきたんだろうな。

そんな中で、どうして村人を助けようと思えたんだろうか。


ぼうっと彼らを眺めていると、賑やかな声が掛かった。

「――ユータ見ろよ、俺スペシャル!」

にんまりと大きな笑みと共に示されたのは、モダン焼きもビックリな厚みの物体。何もかも全部入れたらしいタクトのスペシャルお好み焼き(?)は、存在感だけでオレのお腹をいっぱいにしそう。

「ホントにスペシャルだね……だけどこれ、ひっくり返せるの?」

「大丈夫だろ! ラキならできる! 潰れても焼けば食えるんだから一緒だろ!」

なら、そもそもその腸詰めと海鮮とお肉、素直に焼き物として別に食べればいいんじゃない? だってきっとその厚みが焼け終わるまで待てないでしょう。

オレには見える。苦労してラキがひっくり返したスペシャルが、待ちきれないタクトによって潰され広げられる未来が……。


ラキにひっくり返しをねだるタクトを横目に、どうやら人心地ついたらしい魔族の子たちへと歩み寄る。

「おいしかった? お代わりは?」

ああは言ったものの、お料理なんてしたことないだろうし、彼らの追加分は作ってあげた方がいいだろう。遠慮がちにもじもじする彼らにくすっと笑い、人数分の卵を割ってみせる。

「もう全員分用意しちゃった。みんな、まだ食べられる? 無理ならあっちのタクトがいくらでも――」

「「「食べる!!」」」

異口同音の台詞が、オレの言葉を遮って響いた。うん、いっぱい食べよう。

せめて、今日はいっぱい食べて、安心して眠れますように。


そうだ、安心のためにはお互いのことを知る方がいいよね。オレは各々希望の具材を入れつつ華麗にお好み焼きを焼き、彼らと話をする。

なんだかこれってバーテンダーさんみたいじゃない? カクテルをシャカシャカしながらお話を聞く、クールで無口なバーテンダーさん。イメージモデルは……執事さんかな。

『随分と飛躍した想像ね……』

『俺様にはお店屋さんごっこに見えるぞ!』

……チュー助? どうしてあえて『ごっこ』をつけたの?! 


少々ふて腐れつつ、オレたちのこと、依頼を受けて来たことを話して聞かせていた。

「――それでね、村に誰もいなくてすごくビックリしたよ! 何があったの? リンゼは魔物に襲わせようとしていたって言ってたよね? みんなの知っていること、教えてもらえない……?」

真摯な想いを込めて、順繰りに彼らの瞳を見つめた。

戸惑って視線を彷徨わせるばかりの子らに、やっぱり無理かなと諦めかけた時、リンゼがぽつりと呟いた。

「ミラゼア様なら……きっと、お話しになる」

俯いていた彼らが、ハッと顔を上げた。リンゼが、挑むような目でオレを見つめ、口を開いた。

「――俺たちは、魔族の中でも星を持つ家柄だ。特に二等星のミラゼア様を筆頭に、俺たちは防衛に適した能力を持っていて――」


* * * * *


あの日は、いつもと変わらぬ遠征授業のはずだった。

優秀だと褒めそやされ、俺たちにも傲りはあったかもしれない。だけど、実力も相応にあったはずだった。

なのに、反応できたのはミラゼア様のみ。思えば、あの時の攻撃は赤い鞭の男のものだったんだろう。先生を含めたクラス皆が倒れ伏した赤い矢の嵐。

その一瞬の防御に渾身の魔力を込めて、ミラゼア様は自らの周囲にいた俺たちを守った。

「しっかり! リンゼ、ジノア、ガーノ、幻惑を! 私たちが無事だと気付かれない程度でいいの、ほんの少し思考を鈍らせるだけ!」

あの時の脂汗を浮かべたミラゼア様の言葉が脳裏に浮かぶ。もっと幻惑の技術が高ければ、もっと落ち着いて対応できていれば。今は後悔ばかりが残っていた。


反撃のチャンスを狙い、他のクラスメイトに紛れるよう息を殺して伏せていたものの、攻撃はそれきりだった。重い気配も消え、周囲に数名の人影が蠢き始める。それらの漏れ聞こえる会話から、誘拐だと見当がついた。それも、クラス全員を拉致する大規模な。


あわよくば誰か取りこぼしてくれれば……そんな淡い期待も虚しく馬車に詰め込まれ、俺たちは見通しが甘かったことを知った。

俺たちには価値がある。だから、人質として交渉材料にされると思っていた。まさか、何の交渉もなく遠方まで運ばれるとは夢にも思っていなかった。


ミラゼア様とメルデルが交代でシールドを張って馬車内に満ちた睡眠薬を防ぎ、俺たちが幻惑で誤魔化す。相手がただの人族なら、容易いことだ。

次に扉が開かれた瞬間、3人で目一杯の幻惑を使い、俺たちだけは馬車内から逃れることに成功した。

そこがヒト族の住まう土地とも知らず、情報さえ持ち出せば助けを呼べると信じて。


「――ミラゼア様、もうどうにもならないです。ここは、もう魔族領じゃない。ヒトしかいない」

脱走から数日、どこを彷徨ってもヒトしかおらず、ついにメルデルが折れた。

憔悴しきった俺たちも、もう限界だった。

「……分かったわ。魔族領を探すのは諦めましょう」

きっと俺たちを鼓舞すると思った彼女の意外な台詞に、思わず目を剥いて見上げた。

「だからここで、生活の基盤を作るの!」

にっこり微笑んだその言葉で、俺たちはのたれ死ぬことを免れたのだった。


* * * * *


なんだか、ミラゼア様ってたくましい人だ。口ぶりからするに、星持ちって貴族みたいなものだろうし、貴族のご令嬢が率先して野外生活をしようとするなんて。


誘拐の上他国まで連れて来られ、周囲は敵だらけの中でサバイバル生活を始める……。何度も攫われた経験のあるオレが言うのもなんだけど、彼らは随分と壮絶な日々を過ごしていたんだな。

「なんて言っていいか分からないけど……。大変、だったんだね。がんばったんだね」


一気にここまで話してくれたリンゼに、続きを促す意味も込めてジャム入りの紅茶を差し出した。

「お前みたいなやつに言われると、複雑だ」

「どういう意味?!」

憤慨して頬を膨らませると、リンゼは紅茶をひとくち啜って笑ったのだった。





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進まなくてごめんね…

話が延びるときはひつじのはねが疲れている時と比例するかも知れない…


もふしらコミカライズ版、明日1/23更新予定日ですよ!!

お見逃し無くー!!

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