第540話 気に食わないこと

「お前、今日はここにいろよ」

しばらくシャラと過ごして、さてそろそろと考えたのを感じ取ったかのような台詞に、つい情けない顔をした。

「ええ~?! 色々用事があったんだけど」

だからシャラの所は最後にして、ゆっくり過ごそうと思ってたんだよ?!

「そんなものは我に関係ない」

「シャラになくてもオレにはあるよ?!」

ツンと逸らした顔は、オレの都合など考慮してくれそうにない。だけどこのままここにいると、そのうちオレは寝てしまいそうだ。だってとても居心地が良いから。


「う~ん。そうだ、じゃあシャラも一緒に行こう? 他の人には見えないんだよね? 王都の中だったら大丈夫でしょう?」

ポンと手を打って見上げると、シャラが目をぱちくりとさせて首を傾げた。

「お前と……?」

「そう。シャラもただ眺めているより楽しいかもしれないよ」

力の戻った今なら、王都の中を自由に散歩くらいできるはず。もちろん外にも行けるけれど、シャラは王都を守る約束があるから、きっと行かないだろう。

「…………」

……わあ。

まるで花咲くような満面の笑みに、ちょっと目を見開いた。いつもツンと澄ました顔が、こんなに鮮やかに笑うんだ。

つられてふわっと笑みを浮かべ、手を差し出した。

「じゃあ、行こっか!」



オレが転移しようと思ったけれど、手を繋いだ途端、シャラの魔法が発動したのを感じる。

「あ、シャラ、オレは見られちゃうんだから、人気のない場所に転移してね!」

「分かっている」

本当? 今気付いたみたいな顔しなかっただろうか。ひとまず彼の転移に身を任せると、唐突に足下がスカッと抜けて重力に引っぱられた。

「うわわわっ?! 何ここ?!」

「樹」

そっか! なるほどね! 確かに人目にはつかないかもしれないけど!! だけどオレの身体、浮いてるんですけど! せめて足下に枝のある場所を選んでほしかったな!

慌てるオレを、シャラの片手が支えている。……精霊さんって結構力持ちなんだ。

落ちはしないらしいと早鐘を打つ心臓をなだめ、じろりと睨み上げた。

「シャラは飛べるけど、オレは飛べないんだよ」

「知っている。だから支えている」

何か文句が? とでも言いたそうな眼差しに、ありがとうと零してため息を吐いた。


「――それで、どこへ行く?」

「まずは騎士様のところかな? 今ならまだミックがいると思うから」

なんとか樹から下ろしてもらうと、そわそわするシャラにくすくす笑った。もし行ってみてミックがいなくても、差し入れできればいいだろう。

「城内か……」

途端にふわりと風が渦巻き、思わず目をつむった。

「あれ? シャラどうしたの?」

再び目を開けた時、目の前にはシャラでなく、大きな鳥がいた。

「城内なら、我を見ることのできる者もいよう。力を抑えておく。この姿なら問題あるまい」

形は鷲や鷹のような猛禽の姿だけれど、青のような緑のような、シャラの色だ。そして全長70センチはあるだろうか、猛禽の中では普通かもしれないけれど、オレからすると結構な大きさだ。

「鳥さんだと見られにくいんだ。だけど、室内を飛んでたら目立たないの?」

見えなかったとしてもバサバサ音がしたり風が動いたりしないんだろうか。


「飛ぶ必要はない」

一瞬体勢を低くしたシャラが、大きな翼を広げて飛び上がって――そして、オレの上に着地する。どうやらオレを乗り物にするつもりらしい。爪は気をつけてくれているし、不思議なほどに重さを感じないから、まあそれは構わないけれど。

「だけど……肩じゃダメなの?」

オレの身長の半分以上あるでっかい猛禽が頭上にいるのは、なんかこう……ね? 見えないんだろうけど! だけど!!

「そんな狭い場所に乗れるか」

フン、と鳥に鼻で笑われた。いや、割と股下もあるしオレの頭を跨いで両肩に乗れば……!

『あなたは本当にそれでいいの……?』

『俺様、それはどっちにとってもカッコ悪いと思う』

モモとチュー助にまで反対され、オレは少々むくれつつ訓練場へと向かったのだった。


「おお、ミーナんとこのちびっこ! 久しぶりじゃねえか、どうしてたんだ?」

使用人出入り口から顔を覗かせると、どうやらオレのことを覚えてくれていたみたいだ。お菓子賄賂を渡すと、特に止められることもなく訓練施設までやって来た。

いつもの部屋に顔を出したけれど、ミックもローレイ様もいないようだ。

大柄な騎士様たちが行き交う中、潰されないようちょこちょこ歩み寄って持参したクッキーかごをテーブルに乗せた。

汗やら油やら皮やら土やら。さすがに血の臭いはしないけれど、朝のギルドに近い臭気の中、微かに甘い香りが漂った気がする。

「おお? いつも美味い物持ってきてくれるちびっ子! ってことは……?!」

「ミックさんの天使だ! っつうことは……!!」

まるで今気付いたようにオレに視線が集中して、次いで手元のカゴに移る。変な呼称があった気がするけど、ぎらついた視線に身の危険を感じ、ひとまずその場を飛び退いた。

「「「差し入れだ!」」」

どうぞ、と言うやいなや文字通りドッと音をたてて騎士様たちがクッキーのかごに殺到する。もうありがとうと言っているのか美味いと言っているのかサッパリだ。


その手が次々クッキーを掴んで行く、その時。今度は室内に激しく風が渦巻いた。

「な、なんだっ?」

「きょ、今日は風が強いね! あの、じゃあオレ行くね!!」

一瞬の出来事に目を瞬かせる彼らを置いて、慌てて部屋を飛び出した。

「……シャラ~?」

頭上にぽんぽんと手をやると、ひんやりした翼が触れる。きっとそっぽを向いているのだろうなと思いつつ、メッとやった。

「どうして騎士様にいたずらするの! バレちゃうしオレが怒られるよ!」

「我に渡したクッキーより多いなど、恐れ多いことだと思わないか」

それは本人が言っちゃいけないと思うけど。ミックにしてもシャラにしても、食べ物への執着の強いこと。

「人数で割ってみてよ! 全然多くないよ。あの量なら一人2,3枚あればいい方だよ? シャラには1箱渡したでしょう」

「そうか」

そうかじゃないよ! 窓は開いていたし、不思議だなぁくらいで済めばいいけれど。少々むくれて大股で歩けば、頭上の鳥がゆらゆら揺れる。実体があるんだかないんだか、不思議な感じだ。


「お前ー、なんで走るー!」

「ついてこないでくれます?! あなたは歩けばいいでしょう! 私は今走りたいんです!」

さて施設を出ようとした所で、前方から賑やかな声がみるみる近づいてくる。覚えのある声に、ちょうど良かったと笑みを浮かべた。

「――!! やっぱりだ! ユータ、いつ戻ったんだ?! 声が聞こえて……」

「はぁー?! 聞こえるわけないだろっ! お前一体どれだけ離れてたと思っ――」

「ローレイ様はさっさと装備を外してきてくれます?! ほら、きっとあっちにユータのお菓子がありますよ!」

それを聞くなり飛んでいったローレイ様を見送り、ミックは相好を崩して間近くしゃがみ込んだ。

「ああ、久しぶりのユータだ。会えて嬉しいよ」

「久しぶり……かな? 今からミーナの所へ行こうと思ってたんだよ。ちょうど良かった、これミックに! お仕事おつかれさま!」

にこっと微笑んで小袋を手渡すと、きりりとした顔がにへら、と歪んだ。なんだかミック、マリーさんに似てきた気がする。


と、肩でじっとしていたシャラがふいに動いた。

「あいたーっ?!」

「ちょっ?! シャラ?!」

突如ミックの頭に太いくちばしを振り下ろした猛禽は、さらにぎりぎりと髪の毛を引っぱっている。

「ごごごごめんなさい! えーっとあの、その、うちのねずみが!!」

『おおお俺様ぁーー?!』

シャラを抱きかかえるように引き離し、引き留めるミックを置いて逃げるようにその場を後にした。


「シャーラーー?!」

散々走って城を出ると、荒い息を吐いて抱えたシャラを睨み付けた。

「気にくわなかった」

フンと顎……ならぬくちばしを上げるシャラに脱力する。そんな、王都を守る大精霊様が適当な理由でいち市民を攻撃しないでほしい。

「もう、いたずらするなら一緒に行けないよ!」

「いたずらなんてしていない。正当なことだ。お前が我の気に食わない所ばかり行くからだ」

どこが正当?! だけどまあ、シャラが行って楽しい所ではなかったろう。


人の姿に戻ったシャラを見上げ、じゃあ何が気に入るんだと頭を悩ませた。仕方ない、ミーナの所へちらっと顔を出したら、街でお買い物でもしようか。何か気に入るものがあるかもしれないし。

そうだ、シャラはきっと屋台の食べ物なんて食べたことないだろう。一緒に買って帰って、花畑で食べるなんてどうだろう。

「……街歩きをして、食べ物を買って、二人で食べる」 

なぜか復唱したシャラは、また思い切り口角を上げて笑うのだった。

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