第518話 エリスローデ
「うわあ、本当に違う町に着いちゃった」
見えてきた覚えのない町並みに、つい興奮して言葉が零れた。
無事に洞窟を制圧し、レンジさんたちと合流をすませたら、オレたちは馬車でエリスローデへと向かった。御者台にレンジさんとセバスさんが座り、道すがら情報のすり合わせをおこなっているみたい。他の『放浪の木』メンバーは盗賊の監視に居残っているので、馬車の中はなぜか乗せられたオレたちとお嬢様、そしてメイドのミーシャさんだけだ。
「……あなたたち、迷子だったの?」
お嬢様の胡乱げな瞳に慌てて首を振った。
「ち、ちがうよ! オレ召喚士なの。とっても大きい犬の召喚獣がいてね、その子に乗って遠くまで遊びに来ただけで……」
何も間違ったことは言ってないのに、どうしたことだろう。まるで迷子の言い訳みたいに聞こえる。
あっそう、と軽く流されて何とも言えない気分だ。
シロが……シロがいれば迷子にはならないんだから!
『と言うことは、シロがいないとただの迷子ね』
そんなことは……。だってタクトとラキもいるし、チャトが飛んでくれたらきっと街道も見つかるし……ええと。つまり、オレは道が分からないなと結論づいてしまって大人しく口をつぐんだ。
「エリスローデって初めて来たけど、きれいな町だね~」
「そうでしょう! ハイカリクほど大きくはないけれど、同じくらい力を持っているのよ! エリスローデが食料庫みたいなものなんだから」
「そうなの? だからこんなに大きな畑があるんだね」
街道からは少し離れていたけれど、エリスローデの周囲は一面に畑が広がっていて、大規模農場の様相を呈していた。そっか、きれいな川があったし水が豊富なのかな。……ちょっとスライムがたくさん流れてきたらごめんね。
自慢げなお嬢様からするに、やはりここの領主様の子どもなんだろうか。
そう言えば冒険の過程で会ったもので、自然と砕けた口調で話してしまっていた。
「あのー、そう言えばお嬢様って貴族様でしょう? 普通にお話ししてたらダメじゃない? もっと丁寧な言葉を使わなきゃダメ?」
非常に今さらなことだけど、お嬢様を送り届けた先で不敬罪とかイヤだもの。
一瞬きょとんとしたお嬢様が、上品にくすくすと笑った。
「あなたたちみたいな平民の子に、そんな無茶言わないわよ! ただ、そうねえ。お嬢様、って言われるのは嫌だから、ナターシャ様の方がいいわ」
オレ、もしかすると平民じゃないかもしれない。でも、そう言えば貴族の作法とかあんまり習ってないもの、平民の幼児ということで。今は冒険者のユータだしね!
ラキとタクトのじっとりした視線を感じつつ、ツンと顎を上げたお嬢さ……ナターシャ様ににっこり微笑んだ。
活気ある大通りはきちんと舗装されていて、カッカッとリズミカルな蹄の音と、ガラガラと小気味よい車輪の音が響く。通りの両脇にはカラフルなお店がぎっしりと並んでいて、知らず知らず気持ちが浮き立ってくる。大通りの向こうには川が流れていて、町の端から端まで貫いているそう。
「ほら、もうすぐよ! 美しい館でしょう! 川の流れる館なんて、そうそうないと思うわ!」
やや小高くなった場所にあった領主館は、ロクサレン家の倍はあろうかという広さで、いかにも貴族様が住んでいるという高貴なオーラが漂っていた。
セバスさんの合図で門が開かれると、オレたちは一斉に歓声を上げた。
「わあ! 本当だ、お庭に小川があるんだね! すごい!!」
「いいな! 庭で新鮮な魚食い放題だぜ!」
「へえ~素敵だね~! センスの良さを感じるつくり~勉強になるよ~」
若干1名は情緒のカケラもなかったけれど、そこにはきちんと庭師が丁寧に手を入れたであろう美しい庭園が広がっていた。なるほど、ささやかな小川が流れる様は、いかにもエリスローデの領主様という感じだ。これはナターシャ様が自慢に思うだけある。
『だけどこんなにケーキみたいにきれいになってると、穴掘りとかどうするのかな?』
シロがオレの中で困惑している。
シロ……庭で穴掘りしていいのはロクサレンくらいだと思うよ。あそこの庭は概ね訓練場だから。
馬車が停まると、オレたちが先に飛び降りた。
さりげなく差し伸べた手を当然のように取って、ナターシャ様が上品に下りてくる。
「ありがとう。中々さまになってるわよ」
ナターシャ様の感心したような視線を受け、ラキはさらりと微笑んだ。
オレとタクトは悔しさをにじませてお互いを見やった。次に機会があれば絶対にオレが貴婦人をエスコートするんだ。タクトにだけは負けてなるものか。
『だけど主ぃ、手ぇ届かないんじゃ……?』
そんな、ことは……。も、もし万が一届かなくてもシロにおんぶしてもらえば……!!
ぐっと拳を握って顔を上げたオレは、その光景を想像してちょっと項垂れた。
「ナターシャ!」
館の扉からまろぶように飛び出してきた女性が、ナターシャ様を抱きしめた。
「リアーデ姉様! 私は元気よ!」
嬉しげに手を回したナターシャ様は、リンゴ色の頬に満面の笑みを浮かべ、年相応の少女に見えた。
オレたちもにっこり顔を見合わせると、これでお役目終了と手を振った。
「じゃあね! ナターシャ様、町を出るときは気をつけてね!」
「えっ? 何言ってるの? そのまま帰したりしないわよ」
慌てたナターシャ様がオレの腕を掴んで、お姉様(?)にたしなめられている。
「私を助けてくれたのだもの、お礼をしなきゃ!」
有無を言わせない様子にどうしようと視線を彷徨わせると、そろりと離れようとしたタクトを捕まえた。
「うっ! お前、俺らは遠慮するからお前行ってこいよ! そういうの慣れてるだろ!」
「慣れてない! だってカロルス様たちだよ?! マナーなんて知らないよ!」
「ちょっとタクト、どうして僕の腕を掴んでるの~?!」
自分だけ犠牲になってなるものか! 保育園の遠足よろしく一列に手を繋いで騒いでいると、上品な笑い声が聞こえた。
「うふふっ。心配しないで? お礼の場で礼儀作法についてとやかく言ったりしませんよ。ハイカリクまで帰るなら、もう遅い時間でしょう? 泊まってらっしゃい?」
お姉様がそっとオレたちの頭に手を這わせた。ふわっといい香りがする……お貴族様の香りだ。
「で、でもシロがいるから大丈夫だ……です!」
「そうそう、シロが走ればすぐですの」
相変わらずタクトの敬語は間違っている。まごまごするオレたちが後ずさろうとした時、後ろからぐいっと前へ押し出されてしまった。
「子どもが遠慮なんてするもんじゃありません! さ、奥様方がいいと言われるのですからどうぞ!」
こちらもしっかり笑顔に圧を載せて、メイドさんが容赦なくオレたちを扉まで押していく。
「お前ら、もっと上を目指すなら貴族と顔を繋いでおいて損はないぞ」
どちらにしろ報告義務のあるレンジさんがしれっと最後の一押しをして、オレたちはついに押し出し……いや、室内に押し込まれてしまった。
「……そんな畏まらなくていいってば」
ナターシャ様の呆れた視線に、ソファーで固くなっていたオレたちは少し力を抜いた。
レンジさんたちが応接室で話す間、オレたちはナターシャ様と別室で待機だ。ちらりと見えた旦那様はどう見ても優しそうだったので、密かに安堵した。湯浴みの準備までしてくれるようで、これはもう完全にお泊まりと見なされている。
「ナターシャ様はここに住んでいるの~?」
まだ少女ながら、紅茶を飲む所作の美しさに感心していると、ラキが切り出した。
「いいえ、しばらくお姉様のところに滞在していただけ。近々お母様と王都の方へ帰るわよ」
お母様はナターシャ様を助けるため、使える伝手を全て使うべく奔走していたらしい。無事の一報は届けられたようなので、間もなく帰宅するだろうとのこと。ちなみにお父様は王都にいるらしい。
「王都から来たの? オレたち、この間まで王都にいたんだよ!」
「まあ、そうなの? 王都出身だったの?」
王都の話なら共通の話題になってちょうどいい。身を乗り出して嬉しそうな彼女と、オレたちは紅茶を3杯おかわりするくらい話し込んだのだった。
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