第517話 心を守るもの

「はあーーっ!」

上、下、上っ!! 

目まぐるしく位置を変え、跳んで、滑り込んで、また跳び上がる。

天井を蹴って、壁を走る。

力のないオレは、捕まえられたら終わり! だけど、混戦の場では、この小さな体は有利に働く。

地を這うような低い姿勢で。隙間を縫うようなスライディングで。

あっと視線をやった場所に、オレはいない。壁も、天井も、人も、オレにとっては足場になる。モモのピンボール戦法のように、オレは片時も止まらず跳ね回った。

勢いに任せ駆け上がった天井で、キースさんと交差する。確かめるような視線に、ほんの少し目元を緩めて頷いた。

「避けろよユータぁ!」

オレを信頼して振り抜かれた風の刃が、伏せた身体の上を通り抜けた。堪らず吹っ飛ばされた盗賊たちが、洞窟を揺らすほどの衝撃で壁に叩きつけられる。水よりも威力は落ちるけれど、今この場では風が最も有効だろう。

「な、なっ……」

派手な攻撃を放ったタクトの姿に、子どもと侮った盗賊たちが動きを止めた。

と、突っ立った盗賊たちが突如足を天に向ける勢いで次々ひっくり返りはじめた。

「な、何が……?!」

おののく盗賊たちに構わず、再びオレが走り抜ける。


「ラキ、ユータに当てるなよ?!」

「頑張るけど~、ユータが動き出したら見えなくなるから無理~。また隙を作ってくれたら狙い撃つよ~」

タクトの背中から、1人につき額に1発、確実に沈めるスナイパーが笑った。

「人って的が大きいし、動作の予測が簡単でいいね~」

「……お前、それ絶対悪役の台詞だぞ」

オレもそう思う。苦笑しながら2人のもとへ滑り込むと、滴る汗を拭った。

「はあっ、はあっ、ちょ、ちょっと休憩~! タクト、交代!」

「おうっ!」

にやっと笑ったタクトが、オレとタッチを交わして飛び出していった。

「タクトなら、僕も遠慮なく撃てるよ~」

ラキがにっこり笑って再び砲撃の構えを取った。さ、さすがにタクトが頑丈でも当たったらマズイと思うんだけど。

「タクトの代わりは任せて!」

ラキは遠距離に特化しているから、前衛が必要だ。オレはまず双短剣使いから回復術師にチェンジして自身に回復を施した。ひと息ついて、今度は魔法使いユータにチェンジする。短剣はリーチが短すぎて、誰かを守るに向いてない。

魔法使いが前衛できないなんて、嘘だよね?



お嬢様たちを外へ連れ出してから、オレたちは渋るキースさんに半ば強引に同行して洞窟の奥までやって来ていた。

「魔物と人間は違う」

オレは、じっと見つめるモスグリーンの瞳を見つめ返した。

「……うん。オレたち盗賊団と戦ったことがあるから」

王都へ行く途中、相当な規模の盗賊団とやり合った。もちろん、中心となったのはカロルス様たちだけれど。

一緒に旅をした御者さんを捕まえた。オレの、この手で。

それが、どういう結果になるか知った上で。

「……そうか」

わずかに表情を曇らせ、キースさんはぽんとオレの頭に手を置いた。

「殺すな。できるな?」

「えっ?」

オレは目を丸くしてきつい瞳を見上げた。殺せと、そう言われると思っていた。甘い考えは捨てろと。

「それができる力があるなら、行け」

視線を滑らせた先からは、大勢の怒号と剣戟の音が響いていた。

「うん……できる!」

オレたちは3人で視線を交わし、乱戦の中へ飛び込んでいった。


「――ユータ、僕ら狙われてるみたい~。僕が邪魔だよね、一旦引く~?」

派手な攻撃のタクトが離れ、オレたちの方が御しやすいと判断されたのだろう。盗賊たちがこちらへ目を付け始めた。

「大丈夫!」

短剣ユータでは無理だけど、魔法使いユータなら守り切れる。

こちらへ突進してくる盗賊たちを見据え、前へ手を伸ばした。

「電気柵!!」

バチバチと激しい音と、焦げた匂いが立ちこめる。オレたちを囲むように出現した雷の輪が、触れた盗賊を容赦なく吹っ飛ばした。山の畑で一時お世話になった電気柵……ちょっとこれは電流が強すぎるけど。

「――拡張工事!」

ばっと広げた両手と共に、オレを中心に雷の輪が広がって、混戦の場を走り抜けた。

「!!」

「うおおおっ?!」

あっ、そんな所まで広がると思わなかった。危なげなく避けたキースさんと、野生の勘で辛うじて避けたタクトがオレをじっとりと睨んだ。

「ご、ごめんなさい」

やっぱり屋内(?)で使う魔法は難しい。ラピスのことは言えないなと反省した。

「だけど今のでほとんど壊滅じゃない~?」

パ、パパパ、と後ろから響いた軽い音と同時に、動きの止まっていた盗賊たちが崩れ落ちた。

……うん。今ので壊滅かな。


敵はレンジさんとマルースさん2人とあって、盗賊たちはここで総攻撃を加えていたみたい。広い空間には、どこから来たのかと思うほどに、たくさんの盗賊が折り重なっている。

シャ、と両手のナイフを納めたキースさんがオレたちの側へやってきた。

「あとは、レンジさんたちを待つだけ?」

「そうだ」

じっくりとオレたちの顔を眺め、キースさんはほんの少し安堵したように息を吐いた。

ちなみに、レンジさんたちはキースさんとオレたちに任せられると踏んで、全体の捜索と殲滅に向かっている。ピピンさんは相変わらずお留守ば……退路の封鎖と確保だ。


ここで待つ必要はないと言われ、オレたちはお嬢様のところまで戻ってきた。

キースさんはさっきの戦闘スペースで見張りをしているらしい。

『おかえり!』

シロがそっと首をもたげ、少しだけ尻尾を振った。その白銀の身体には、お嬢様とメイドのミーシャさんが縋るようにして眠っていた。シロの安定した大きな気配は心を落ち着かせる。優しい瞳とサラサラの毛並みに包まれたら、緊張の糸が切れてしまったんだろう。

戻って来たオレたちを見て、セバスさんもほうっと息を吐いた。

「ご無事だとは思っておりましたが、良かった。力があるからと言って、参加するものではありませんよ? ……などと、私が言うべきことではありませんが」

セバスさんは苦笑して、少し俯いた。

「自身を守れる力があるのは望ましいですが、複雑ですね。子どもは、守られて然るべきです。すみません、大人に守る力がなくて」


情けないですね、と呟いてお嬢様を見つめた瞳は、きっとセバスさんにしかできないものだ。

「……あのね、オレは攻撃から身を守ることはできるけど、それ以外はダメダメなの。ええと、戦闘が強いからって、全部強いわけじゃなくて……。オレには、守ってくれるカロルス様たちが必要なんだよ。そこのシロやモモたち、それに……タクトや、ラキも」

ちょっと恥ずかしかったけど、2人の名前も足しておいた。だって、2人は今や確実にオレを守る壁の一角を担っているもの。

「守り方は、色々あるんじゃないかな?」

「そう……そうですね。ふふ、まさかこんな幼子に慰められてしまうとは」

「立派な冒険者だからね!」

うふっと笑ったオレに、セバスさんも釣られるようにほろりと笑った。


子どもの心は、弱くはない。だけど……柔い。

些細な衝撃でも簡単に形を変えてしまうから、だから大人よりも厚く、大切に守る必要があるんじゃないかな。

「……もしかして」

だから、キースさんはああ言ったの? 

……オレは、やっぱり守られているんだな。

数年前みたいに、カロルス様たちに囲って守られているのとは違う。あの頃はただもどかしかったけれど、確かに離された手を感じる今は、ただ嬉しいと思った。

守られている実感が、さらにオレの心を守ってくれる。


「なんだか、こどもってワガママだねえ」

オレはくすぐったく天を仰いで笑った。



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