第437話 伝えたい嬉しさ
「しあわせー」
はぁ、と金色の吐息をついて天井を仰いだ。美味しいものを、お腹いっぱい。こんなにはっきりと感じる幸せも珍しいよね。
とびきりを詰め込んで、オレはきっと今聖人のようにキラキラしているんじゃないだろうか。
「あー美味しかったね! ユータの作るものもすっごく美味しいけど、たまにはこういうのもいいね」
「ここのはたまに食いたい料理だ。お前のは毎日食いたい料理だ! どっちも美味いぞ!」
オレは頬を赤くしてしぃーっと人差し指を唇へ当てた。は、恥ずかしいから! 一般人の手料理と三つ星シェフ(?)の豪華ディナーを同列に並べないでほしい。
誰かに作ってもらったお料理は、何が出てくるか分からない。どんな味かも分からない。それだけで、こんなにわくわくと楽しい。そして、丹精込めて作られたお料理は、大切にもてなされているとしみじみ感じられた。
うふっと微笑んで、ふといつものタクトとラキの顔を思い出した。嬉しそうに食べて、満足そうに笑うあの顔。オレは今、同じ顔をしているんじゃないだろうか。
「オレも、二人をこんな気持ちにしているんだったらいいなぁ」
そりゃあ、何万分の1かもしれないけど、それって素敵なことだ。オレができることって、もしかすると思ってるより大きなことかも知れない。
「ユータちゃんはいつも、私たちにこういうことをしてくれてるのよ? やっと分かってくれたかしら?」
「いいえ、もっと! ユータ様の手料理ですもの、もっと、もっと素晴らしいものです。込められているものが違います!」
大げさな二人の両側からのハグにくすくすと笑った。おもてなしを受けるのって嬉しいね。
それを、オレができるともっと嬉しいね。
「やっぱり、お外でもちゃんとお料理はしなきゃね! 面倒なお料理もたまには、作ろうかな」
『そういう結論になるのね……』
『そんな着地点になるのは主だけな気がするぞ』
そうかな? 受けて嬉しかったことは、他の人にもしたくなるよね!
「それで、お前あと料理はいくつ必要だ?」
「えっ?」
「みんなと一緒に食べられなかったもの、持って帰るでしょう? あと、きっと他にも持っていきたいんじゃない?」
オレはぽかんとして、目を瞬いた。そして、ぐっと唇を結んで目を擦った。
「――いいの? あの、ありがとう……」
いっぱいの感謝を込めて、ふわっと笑った。
オレにとっての家族を、ちゃんと数に入れてくれていたんだ。
お店の中ではみんな出てきちゃダメだったから、後日でもいい、なんとか持ち帰りで購入できないか相談しようと思ってた。
オレごと、オレの大切なもの全部を包み込む大きな器。小さなオレの体なんて、とっぷり浸かってしまう。まだまだ、適いそうもない。
「……なあ、お前どうせあちこち行くだろ? 明日、ついでに持っていってやれねえか?」
渡された包みに、オレは満面の笑みで頷いた。
コン、コン!
背伸びして大きなノッカーを鳴らすと、その音は静かな館に思いの外広く響いた。
「――はい? これはこれは、いかがしました?」
扉から覗いた鋭いグレーの瞳が、すっと和らいで優しい光を宿した。オレは堪えきれずにぴかぴかの笑みを浮かべると、ぎゅっとしがみついて見上げた。
「おとどけものに来ました! あのね、王都でご馳走を食べたんだよ! だからね、執事さんにも!」
執事さんもきっと喜ぶに違いない。早くお披露目したい。オレはこみ上げる笑みを抑えきれず、ぐいぐいと執事さんを館の中へ押し込むと、弾む足取りでテーブルのセッティングを始めた。
「お、おやおや、ユータ様わざわざ私のために……? カロルス様も気を使われなくて良いものを……」
戸惑う執事さんを椅子に座らせ、テーブルにきれいなクロスを敷いてカトラリーを並べた。あのお店みたいにはできないけど、おいしいお料理はおいしい環境からだもの!
カーテンを引いて燭台に火を灯し、周囲にふわふわと光球も浮かべておいた。
でも、なんだかぽつんとテーブルに1人は寂しい気がする。
「ねえ、シロたちも一緒に食べてもいいかなぁ?」
「ふふ、どうぞどうぞ。私もその方が嬉しいですね」
相好を崩した執事さんに安心して、みんなの分はローテーブルへと並べた。
『私たちの分までなんて、申し訳ないわねぇ』
『ぼく、食べてみたかったんだ! 嬉しいなぁ!』
『蘇芳の分、ちゃんとある』
みんな目の前に並べた料理に目を輝かせた。
『ああー主、早くぅ! 俺様のよだれが決壊しちゃう~』
『あえは、いいこで待てうよ!』
ラピスと管狐部隊、ティアの分は1セットをみんなで。きっと十分な量になるはずだ。
――きっとユータのごはんの方が美味しいの。でも、こっちのごはんもたべたいの!
ラピスの群青の瞳がきらきらと煌めいている。ティアは彩りよく盛り付けられているお皿自体が嬉しそうだ。
いただきます、と同時にがっつき始めたみんなを横目に、執事さんはそっと手招きした。
「ユータ様も、どうぞご一緒しましょう」
「でも、オレはちゃんと食べたもの」
「私はもうこの年ですから、それほどたくさん食べませんよ。ユータ様が横でつまんで下さる方が助かります」
そうなのか。ちょうどよだれが溢れそうになっていたオレは、それならと隣に腰掛けた。
「おや、これはどうやって食べるものですか?」
「あのね、これはこうやって食べるとおいしいんだよ!」
執事さんにお手本を見せてぱくっとやると、やっぱりほっぺがとろける美味しさだ。
「ふふ、なるほど。なんとも美味しそうです。ではこちらは?」
「これはね、ナイフとフォークで簡単に切れるの! あのねえ、これってレッサードラゴンのお肉なんだって! 執事さん知ってる?」
ドラゴンって聞いて心底驚いたんだけど、いわゆるドラゴンとレッサードラゴンでは大分格が違うらしい。聞いたばかりの話を一生懸命教えてあげた。執事さんはにこにこと目尻を下げて聞きながら、優雅な手つきでお肉を切り分けている。
「レッサードラゴンのお肉って、本当においしいよね! もしかすると本当のドラゴンはもっとおいしいのかな!」
「ドラゴンの肉が極上だったら、人の欲はすごいですからねえ、無謀にも狩ろうとする者が増えるでしょうねえ」
それはそうだ。だってオレも今そう思っているもの。
オレはドラゴン肉に思いを馳せて瞳を輝かせ、スッと口元へ差し出されたお肉をぱくりとやった。
「ユータ様はお料理の説明がお上手ですね、食が進みます」
「あのね、説明できるようにちゃんと覚えてきたんだよ!」
だって、それも込みでおいしい料理だもの。あらかた食べ終えて、執事さんが上品に口元を拭った。でも、なんだかオレも結構お腹いっぱいだ。
「ですが、なにもここまでしていただかなくてもいいのですよ? お届け物なら、置いて行って下さればそれでいいのです」
執事さんがそっと笑ってオレの口元を拭った。
「ううん! だって、あのお店のあのお料理をお届けしたかったんだよ。オレが嬉しかったことをお届けしたかったの」
ええと、この料理は確かにあのお店の料理なんだけど、そうじゃなくて。
オレのためにピカピカに磨かれたカトラリー、きれいに飾り付けられたお部屋。丁寧な説明と行き届いたサービス。大切にしてもらってる、そんな雰囲気が嬉しかった。
「おもてなし、したかったの。オレはそれが嬉しかったから……」
ちょっとハの字眉でグレーの瞳を見上げた。
「執事さんも、嬉しかったらいいなと思って」
やっぱり、オレでは少し伝わらなかったろうか。三つ星シェフでもなければ高級店でもないもの、それはもう仕方ないところだ。
見つめたグレーの瞳が、一瞬大きく揺らいだ。珍しいな、と思ううちに、その案外厚みのある体にぐっと押しつけられる。オレは、一体何が起こったのかと目をぱちくりとさせた。
「………」
執事さんは、無言でぐうっとオレを抱きしめていた。
わあ……珍しいなんてものじゃない、執事さんが自らぎゅっとしてくれるなんて。身じろぎしたオレに、固く締まっていた腕がハッと緩められた。
「……嬉しいですよ。とても、とてもね」
小さな低い声が、耳元でそっと呟いた。
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