第425話 高齢のお兄さん

「ほうか、ほうか、よかったのう。上手く事は運んだのじゃな」

「うん! サイア爺、ルー、本当にありがとう! あのね、シャラは大きくなったんだ! もう大丈夫だと思う。街でもきっとお祭りと舞いが引き継がれていくよ」

ぱふっとサイア爺に抱きついて、くしゃくしゃになって笑う顔を見上げた。ふんわりと白檀のような香りがする。とても厳しかったけど、あそこまで舞いを完成させられたのは、ひとえにサイア爺のおかげだ。

「お前はあっちだろう」

不機嫌な声と共に、べりっとサイア爺から引きはがされ、放り投げられた。

「わっ! もう、マーガレットは乱暴だなぁ」

着地したのはまふっと柔らかな漆黒の毛並み。そのまましなやかな体にしがみつくと、長いしっぽがぺしぺしとオレの頭を叩いた。

「別に、俺の所へ来る必要はない」

マーガレットの顔とルーの表情がそっくり同じで、思わず吹き出した。この二人も、なんだか似ているところがあるね。

「オレには必要があるの!」

くすくす笑って、抱きしめる腕に力を込めた。顔を擦りつけると、太陽をいっぱいに吸い込んだ毛皮がぽかぽかと暖かい。

「ぬしは……なしてそう成長せんかの。いつまでもガキンチョよの……そこの黒いのも、のう? 一体何年生きておるやら」

マーガレットとルーに視線をやって、サイア爺がため息をついた。そう言えばマーガレットはいくつなんだろう。見た目より長く生きているだろうけど、落ち着きなんてどこかに忘れてきたようだ。その点、ルーはまだ……多少落ち着きがあるよね。お兄さんって感じがするもの。

『100年以上生きてお兄さん止まりもすごいわねぇ』

モモが肩で伸び縮みして、しみじみと言った。



「食いでがない。それはもういらん」

「これは感触を楽しむおやつだよ? 面白いでしょ?」

「甘いだけだ」

そりゃあまあ、お砂糖だから。どうやらルーには『シャラ様の雲』は不評のようだ。ぱくんとひとくちで食べて、他を寄越せという。楽しくない? 見てご覧よ、マーガレットなんてあんなにキラキラしながら食べてるよ?

「ほうじゃのう、ルーの何とやら、っちゅう菓子でも作ってやると良……」

「うるせー!!」

突然起き上がったルーが、猛然とサイア爺を追いかけ始めた。本当に、サイア爺の前だとルーが子どもっぽく見える。それだけサイア爺が大人で懐が広いってことだろうか。

『そう……? 俺様サイア爺さんが大人げないからだと思うけど……』

確かに、それもある。走り回る二人は、どっちも子どもっぽい。

「お料理してるんだから、走り回らないで-! じっとしててよ」

卵焼きをひっくり返しながら、くすっと笑みがこぼれる。なんだか、手のかかる子どもがたくさんいる、お母さんみたいな気分だ。


『じゃあ、ぼくもこども?』

尻尾をふりふり、シロがぺろりとオレの頬をなめた。

「ふふ、そうだね! でもシロは落ち着いてるから、みんなのお兄さんかもしれないね!」

『お兄さん?! ぼく、お兄さん!』

シロは瞳を輝かせ、ピンと尻尾と耳を立てた。

『いやいや主ぃ、俺様を忘れてもらっちゃ困るぜ! みんなのアニキはこの俺様!!』

『おやぶー! あいき?』

『ア・ニ・キ! 兄ちゃんってことだぜ!』

いやぁ、チュー助はアニキには遠そうだ。でも、アゲハにとっては大切なお兄ちゃんだね。アゲハのぴかぴか笑顔で『にーちゃ!』と呼ばれ、チュー助はデレデレに顔が崩れてしまっている。

『スオーは、こどもでいい。アネキは、モモ』

『あら、それは喜んでいいのかしら?』

オレの後頭部に貼り付いた蘇芳が、こてんと頭をもたせかけた。うん、モモは間違いなくお姉さんだ。何ならオレにとってもお姉さんになりそうだ。

――ラピスは、子どもじゃないの。アイボウなの。コイビトなの。

ほっぺにすりすりするラピスに苦笑した。相棒は合ってるけど、コイビトはまた違うんじゃない? ラピスにとっては相棒も恋人も、側に居る人って意味では同じかもしれないね。

「ピピッ?」

泰然と肩にとまっているティアが、自分はただの鳥でいいですよ? なんて雰囲気を醸し出している。落ち着きで言ったら、一番は絶対にティアだね。二番は案外ムゥちゃんかも。


「さあ、できたよー」

今日はサイア爺のリクエストで、和食で統一している。サイア爺とルーへのお礼だけど、ルーはいつも通り、なんでもいいって言うんだもの。

「ほうほう、よいの、これは良いものじゃのう」

何度か差し入れをしたことはあるけれど、サイア爺は和食が好きなようだ。今回は特に炊き込みご飯をお気に召したようだ。ちなみに、サイア爺たちも魚は普通に食べられるらしい。なんとなく、気が引けて出してはいないけれど。

マーガレットも無言でガツガツかき込んでいるので、美味しかったのだろう。今回マーガレットが一緒に特訓してくれたことも心強かったし、存分に召し上がれ。お口に合ったらしい照り焼きチキンの皿をそっと近くへ寄せて、にこっと笑った。

「ルーは、和食も好き?」

見た目は完全なる肉食獣だけど、ルーは意外と野菜も食べる。肉じゃがを頬ばる獣を撫でると、フンと鼻を鳴らした。

「別に。美味ければなんでも……」

そこまで言って、気まずげに視線を逸らした。

「ぬしの作るものなら何でも美味いから好き、と言っておるのう」

茶々を入れたサイア爺に、ルーが立ち上がってうなり声をあげた。ルー! ちゃんと腰を落ち着けて食べる! サイア爺も怒るの分かってて茶々を入れないよ!

またもや追いかけっこを始めそうな二人を押さえ、大家族って大変だな、なんて笑った。


* * * * *


「もう、いなくなったのだとばかり……私は、見限られたのだと思っていた」

ぽつりと呟いた男に、シャラはフンと鼻で笑った。

「我は、ここにいる。ずっと、昔からずっと」

「そうだな……今はこんなにもはっきり見える。聞こえる。あれは、幼き日の幻かと思っていた。これなら信じられる」

そっと微笑んだ男に、シャラは真っ直ぐ視線を向けた。

「誰から忘れられようと、誰からも存在を認められなくなろうとも、我はここにいる」

シャラが口を閉じると、しばし静寂が流れた。

「……そうか。……ありがとう」

それだけ言うと、男はきびすを返した。豪華なマントが、重い音をたてて翻る。

コツコツとシャラから遠ざかっていく靴音が、ふいに止まった。

「――私も、そうあろう。約束は、引き継がれている。シャラスフィード、その名の下に、君が守るに足る場所にしよう。約束の通り……」

互いの強い双眸がしかと見つめ合った。

「「――良き王に」」

鷹揚に笑ったシャラに、王も精悍な笑みを作った。



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もふしら6巻、改稿作業頑張っておりますー

いつもにも増して更新不安定になると思われます…

更新が空く時はなろうさんの閑話のみ更新している場合もあります!

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