第412話 あの時の人
「――それで、何をどうすればいいの? ほら! 生命魔法の魔石持ってきたよ?」
こっそり生成した魔石は、暗闇の中でもほんのりお月様のように光をたたえている気がした。
結局、余計なことを言っちゃったばかりに、酒瓶片手にホワホワするチル爺と作業する羽目になってしまった。酔いが進まないうちに早いとこ説明を聞いておかないと!
「お主、なんでも持っとるの……相当珍しいもののはずじゃなかったかのうー」
「そうかもしれないけど! 今ココにあるんだからいいの!」
さあ早く早くと急かすと、チル爺は燭台の縁に腰掛けて語り出した。
「お守りはの、生命魔法の中でも高度なものでの、言わば疑似生命のようなものじゃ。持ち主が込めた想いや祈りが生命魔法に一種の意思を与え――~じゃから、一途で真摯な願いが必要での、邪な考えはむしろ呪いとなることも~」
長い……。もっと詳細な作り方を語ってくれるのかと思ったけれど、どうも抽象的と言うべきか、祈りがどうとか想いがどうとか、具体性に欠ける。まあ、学校の授業だってそうだし、オレだってイメージでなんとかしているもの、魔法なんてそんなもの、という気もするけれど。
しばらく辛抱していたものの、なんだか段々ロマンチックなお話になってきた。うん、説明部分は終わりかな。
概ね説明を聞いたものと判断して腕を組むと、じっと魔石を見つめた。疑似生命って確かゴーレムみたいなやつだ。お守りとゴーレムは全然違う気がするけど、もしこれがゴーレムみたいに単純な命令に従うものだと思えばどうだろう? うーーんと、有事にオートで発動する生命魔法ってことでいいだろうか?
『身も蓋もないわねぇ、神秘の御業が急に機械仕掛けみたいよ……』
そ、そうかもしれないけど! でもイメージは具体的な方がいいんだよ。
チル爺は回復の蝶々を疑似生命って言ってた。じゃあ、あの蝶々の魔法を込めればいいのかもしれない。
蝶々たちに持ち主の命を守って、とお願いしておけばいいのかな。
オレはまだ続く説明(?)を聞き流しつつ、魔石を両手で握りこんだ。
回復の蝶々ができたんだから、解呪の蝶々だってできるだろう。蝶々の種類が違うだけだ。
――あれ? むしろどちらも同じ生命魔法なんだから、もしかするとこの蝶々は回復以外もできるんじゃないだろうか。呪い以外にだって生命の危機はあるんだし、お守りと言うのなら満遍なく守って頂きたい。
「どうしようかな……回復と解呪両方を込めればいいのかな?」
うーんと唸ると手の中の魔石を転がした。オレの魔力の塊だもの、溶けるように手に馴染む魔石は、それは無理だと言っているようだ。なんとなく分かる、これじゃ足りないって。
じゃあ、もっともっと大きな魔石にすれば――
『そんなに大きいと、邪魔』
こしこしと顔をこすった蘇芳ににべもなく言い放たれて、確かにと落胆する。身につけられなかったら意味がない……解呪に絞るしかないかな。
『うーん、お守りをいくつか持つとか? それはそれで邪魔ねぇ』
でも、身を守るためにはそれしかないかなぁ。まんまるなモモを見つめてため息をついたところで、ふと思い立った。
「そうだ! これなら、いけるかもしれない!」
石を握り込んだ手を額につけると、ドキドキと目を閉じた。オレのイメージがうまく伝わりますように……!
オレは、ただただミックのことを想って魔力を注いでいた。
もうもうと巻き上がった土煙の中で、温かく柔らかな光がほとばしる。知らず呼吸を止めていたオレは、ハッと目を瞬いた。
――これ……そうか、お守り! ちゃんと発動したんだ……!!
「ミック! ミック!!」
駆け寄ろうとするオレを、ぐいとシロが引き留めた。
『主ぃ! 戦闘態勢!』
チュー助の緊張した声と、ジリジリするような強い気配に足がすくんだ。
「チィ……相も変わらず目障りだ」
薄れる粉塵と光の中、男は崩れていく家から何かを取り出した。小さな壺だろうか、大切そうに抱えると、憎々しげにこちらを睨み付けた。見覚えのある赤い瞳、赤い鞭……。
――総員総力! ユータを守るの!
「「「「きゅうっ!!」」」」
オレの周囲をぐるりと囲んで、管狐たちがキッと男を睨み返した。
今回はカロルス様もルーも来ない。あの時みたいに相手が油断してくれることもない。干上がった喉は張り付くようで、真正面からぶつけられる殺気に小さな手足が震えた。
その時、男の背後で再び光が盛り上がった。
それは、ほぐれるようにほどけて散り散りになっていく。一斉に羽化するように飛び立った光の蝶々は、清らかな光を撒きながら渦巻いた。
「くそっ?! これも、てめえが……!」
男は咄嗟に手に持った壺を庇って飛びすさった。
ゆっくりと輪を描いて舞う蝶々。その中心に倒れ伏した人影を見つけて、オレはハッと目が覚めた。両手の震えも、押しつぶされそうな重圧も、ぴたりと止まった。
「ミック!」
大丈夫、きっと大丈夫、お守りがちゃんと発動したんだから。
だから……!! 小さな手を力一杯握り込み、オレはぐっと顎を上げて男を睨み付けた。
絶対、助けるからね……カロルス様たちも、ルーもいなくても、オレがいるから! すう、と吸い込んだ息を鋭く吐き出して、両手の短剣を抜き放った。
「――邪魔だよ……! 退いて!!」
『うん! ――行くよ!』
――行くの!!
オレたちは一斉に飛び出した。
「「「「「きゅーっ!!」」」」」
完全に男を包囲した管狐部隊から、怒濤の集中砲火が浴びせられる。
すぐさま飛び退こうとした男が、何かにぶつかって不自然に止まった。
『逃がさないわ!』
「ぐうぅっ?! クソ野郎ー!!」
捌ききれずに被弾する男を、赤い鞭が守るようにばらけて周囲を囲った。
――とっくんの成果を見せるの!! 一点突破ー!!
「「「「「きゅうっ!!」」」」」
真っ白に白熱するほどに、オレたちの真正面の囲みに魔法が集中した。
――道を……、空けるのっ!!
ズドン、と腹に響く音と共に、ラピスの雷撃が貫いた。目を灼く雷光に、周囲は何も見えなくなる。
『信じたらいい』
耳元に響いた蘇芳の声にこくりと頷くと、併走するシロに飛び乗った。きっと、道は拓けている。
『いくよ!』
風を纏ってスピードを増したシロが、パキキ、と崩れる音を残して、鞭の障壁があった場所を駆け抜けた。
「やあぁーっ!」
光を裂いて飛び出したオレに、障壁の中で防御をとっていた男が目を見開いた。シロから飛び降りざまに回転を加えた二連撃と、シロの重い一撃。
男の左右に分かれて着地したオレたちは、男が突っ込んだ瓦礫の山を見つめて距離を取った。
「っの野郎がぁっ!!」
ガララとなだれ落ちる音が収まろうとした頃、憤怒の声と共に瓦礫の山が爆発した。
『ゆーた! 連れてきたよ!』
「シロ、ありがとう!」
ガツガツとモモのシールドにぶつかる石つぶての音を聞きながら、オレはミックを回収してきたシロに駆け寄った。ぐたりとした体を横たえると、状態を確かめるのももどかしく回復魔法を施していく。
『あ、主ぃ、あいつ、変! なんで生きてるのぉ?!』
男は明らかに致命傷を負いながら、あの時のように立ち上がった。ざっくりと切り落とされた装備の隙間からは、傷がみるみる塞がるのが見えた気がした。
「……チィッ! 鬱陶しい!」
瞳をぎらつかせて一歩踏み出した男が、ひらひらと舞う蝶を振り払った。オレはふと、蝶々の一部が男の方へと寄っていくことに気がついて、目を凝らした。
相変わらず大切そうに片手に抱えている小さな壺と、あの禍々しい腰の剣。やや青みがかった蝶がそちらへと近づいては振り払われている。
――あれは……もしかして解呪の蝶々? 不自然に蝶を避ける様子に、それなら、とオレは両手をすくいあげた。
もっと、蝶々より速い生き物を……! 目を閉じたオレの手のひらから光が生まれ、次々と飛び立っていく。
「お願い……あの壺を狙って!」
オレはぴたりと男の持つ壺を指し示した。周囲に漂ったほんのりと青い光が、ささやかな意識をただ1つの目標へ絞る。薄青い翅を刃のように煌めかせ、小さなトンボは一斉に男へと突進した。
「こ、のっ……!!」
縦横無尽に飛び回る小さな解呪のトンボに、男がぎりっと歯を食いしばった。鞭では不利と悟ったのか、禍々しい剣を閃かせはじめる。けれど、それだってきっと呪具だ。トンボが刃に消える度に、禍々しい気配も削っていく。
「――ミックさん!」
「無事ですか?!」
その時、ガラガラと崩れる音と共に、瓦礫の向こうから兵士さんたちの声が聞こえた。
一瞬気を取られたオレが再び視線を戻した時、男の姿は影も形もなくなっていた。
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いよいよもふしらコミカライズ版2巻が23日発売されます!
早い所ではそろそろ店頭に並び始めるかも知れませんね!ぜひお手にとっていただけますように~!
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