第395話 討伐依頼

「――っ!」

軽く微笑み、スッとカン爺さんに視線を戻したラキ。サヤ姉さんは髪をかき上げた姿勢でふるふるしていた。

「ちょっと! あの子7歳じゃないでしょ! なんで私の方がドキッとさせられるのよ?! あんたと同い年って言ったじゃない!」

「同い年だっつうの!! あ、あれくらい俺にだって!!」

胸ぐらを掴んでゆさゆさ揺する姿は、乱暴な行動とは裏腹に、ほんのり染まった頬が少女のようだ。褒められ慣れていないんだね。まあ、カン爺さんたちと働いてるんだもんね……。


ラキはしっかり工房を使わせてもらう約束を取り付けたようで、ほくほく顔で工房を後にした。

「あ~明日から楽しみだね~! 僕、ここに住みたいな~」

「えー! ラキ、冒険しないの?」

「…………するよ~? 素材集めも、冒険者の実際も知りたいし~」

大分不安な間があったのは気にしないでおこう。

「ま、ひとまずは今日の依頼だな! 」

タクトが取ってきた依頼は案の定討伐系、でもラキのことを思ってか、はたまたソレしか残っていなかったのか、素材入手のための討伐だ。

「確かに難しい割に安いね~。難しくて高いのが残ってたら良いのに~」

「でもさ、どれが難しいのかよく分からねえよ」

受付で聞けば分かるけど、依頼票に難易度とか書いてあったら良いのになあ。

タクトが受け付けも全てすませてくれたので、オレたちはさっそく街の外へと出た。ハイカリクでは毎回心配そうな門番さんに目を付けられてしまうけれど、王都では小さな子でも外へ出るのは日常茶飯事なのか、ほとんど気にも留められていないようだ。行き交う人が多すぎるっていうのもあると思うけど。

「街の外も中もそんなに変わらないね」

「ここはな! でもちょっと外れたら普通に魔物がいるぜ」

「これだけ行き交う人がいたら、魔物も襲ってこないもんなんだね~」

ヒトの作った石畳の通りは、しっかりと草原を切り裂いて遠くまで続いていた。一番近くの町までは、徒歩でもまず安全に通行できるらしい。と言っても何時間も歩く必要があるけれど。

「王都ってすごいね」

街を出ても続く活気に、ヒトのエネルギーを感じた。こうして、じりじりと安全圏を広げて生きてきたんだなぁ。それはまるで、隙あらば広がる野草のようだ。

『それっていいことなの?』

「ふふっ! どうだろうね? お庭の雑草は大変だったけど、雑草にとってはいいことなんじゃない?」

雑草と格闘していた夏を思い出し、少し懐かしく思った。オレがいた場所は、きっとあっという間に植物の楽園になったろうな。それはなんだか、あっちの世界でもちゃんと世界とヒトが繋がっている証拠のような気がした。


「そろそろいいかな? シロ、お願い!」

『うん! でも、どこへ行けばいいの?』

あまり混雑した場所では邪魔になるかなと、街道から少し離れてシロに乗り込んだ。

「基本的に街道に沿って移動だから、案内するよ~」

王都の周囲は魔物が少ないので、王都での討伐は大抵馬車に乗って移動する必要がある。オレたちは節約のためにもシロ移動だ。こうなると、やっぱりシロ車があるといいね! 今は3人背中に乗れるけど、みるみる大きくなるタクトたちだから、そのうち窮屈になりそうだ。実際、背中が暑くて仕方ない。


「ねえ、今回の討伐は作戦どうする?」

揺るやかな丘陵を駆け下りながら、涼しい風に微笑んだ。王都の方は乾燥しているんだろうか、気温は高いけれど、風が心地良くてさらりとしていた。

「まずは、どうやって誘き出すかだよね~」

「出てきさえすれば問題ねえよな!」

「でも、すごく大きいんでしょ?」

今回の標的は、巨大ミミズだ。正式名称はエルデリアミドルワーム、らしい。エルデリアっていうのは土地の名前だから、エルデリア地方の中くらいのミミズだね。ただし、大きいワームっていうのは牛をひと呑みサイズなので、中くらいって言っても大きいと思う。

当然土の中にいるので、それが難易度が高い一番の理由だ。出てきてもらわないとどうにもならない。

確かミミズって振動で出てくるそうだけど、それはモグラから逃げるためだって聞くし……こっちにでっかいミミズを食べるモグラはいるんだろうか。


シロのゆったりした走りで1時間ほど、ミドルワームが多いと言われる盆地までやってきた。

「ここにいるの? 何の変哲もないねえ」

森でも湖でもない、いたって平和そうな場所だ。ここでのんびりお昼ご飯でも食べたいな。

そういえばシロに乗って一気にここまでやってきたので、今日は何も獲物を獲っていない。うーん、ミミズかぁ……食べられるかもしれないけど、あんまり調理したくはないね。


「何にもいねえな」

「やっぱり土の中なんだね。どうしよう? 土魔法で掘り返してみる?」

魔力はたっぷり消費しちゃうけど、お城の3つや4つ作れば、そのうち見つかるんじゃないだろうか。

「普通はエサでおびき寄せるらしいよ~」

「エサ? じゃあ、お昼ご飯作ってたら出てくるかな?」

「昼飯はミミズなんかにやらねえぞ!」

「じゃあどうするの?」



「うう~。な、なんかやだなあ……」

「もっと大胆に歩かねえと出て来ねえって!」

そろり、そろりと歩くオレに、茂みからタクトが野次を飛ばした。そう言われても、なんとなく薄氷の上を歩いているような気分だ。

――ユータはとっても美味しそうだから、絶対来ると思うの!

美味しそうって褒め言葉かなぁ。自信満々に励ましてくれるラピスに苦笑した。


――結局。ミドルワームは肉食らしいので、お手頃サイズの生き餌が一番効果的だろうということで……まさかの順番に盆地を歩き回ってみることになった。でも、オレは避けるのが得意だけど、ラキとタクトはそうでもないし、危なすぎると思ったのだけど。

『心配ならモモ連れて行けばいいだろ? 攻撃自体は大したことないって言うぜ!』

だそうで……確かに、シールドがあればミミズごときの攻撃でやられやしない。それに、ミドルサイズならいきなり致命傷になることは少ないんだって……いやいや、治せると思うけど! その発想はワイルドすぎでしょ?! 平原の小物とはワケが違うんだよ?

『――なんて心配してるけど、きっとミミズさんは他でもない、あなたの時に出てきてくれると思うわよ〜!』

そ、それはそれで……一度見てしまえば大丈夫なんだろうけど、見たことない魔物にいきなり地中から襲われるのは、やっぱり怖いよ。

『あ、あ、主ぃ〜俺様食い出がないし、向こうでシロと一緒に待ってようかなぁ、なんて』

プルプルしているチュー助が気の毒なので、一旦引き上げようかと振り返った。


「あっ……」

ちょっと分かりにくいけど、下からレーダー反応ありだ! 足裏にかすかな振動を感じると同時に、大きく後ろへ飛びすさった。

「うわっ! でっかい!」

ボコっと飛び出してきたのは、オレが両腕でなんとか抱えられるくらいの巨大ミミズ! これがミドル?! さすがに犬くらいのサイズかと思ってたのに-!

チンアナゴみたいに地面から突きだしたミミズは、のたっと這いつくばってぶんぶんと頭(?)を振り回した。

「あぶなっ!」

縄跳びよろしく振り回される頭を飛び越えると、さらに宙返りで距離を取った。大きくてビックリしたけど、フォルムが丸いのであんまり怖くないかもしれない。頭もまるっこくて、本当にただのミミズで……

ジュパ!

前言撤回。一瞬ミミズが裂けたのかと思ったけど、がばりと開いたのはどうやらお口……お口、大きいね……ひええ、怖……。


「首を落とーす!」

鈍い音と共に、大きく口を開いた首がずり落ちた。どん、と落ちた頭が、砂まみれになりながら転がっていく。

走り込んできたタクトは、抜き身の剣を下げたままニッと笑った。さすがだね、Eランクの獲物じゃ、もう苦戦することはなさそうだ。パチンとハイタッチしていると、ラキの慌てた声が聞こえた。

「あ~っタクト! 胴体捕まえて~!」

「うえっ?!」

ホッと一息ついたのもつかの間、ビタンビタンとのたうつ胴体が、ずるりと地中に戻ろうとしていた。待って待って! 素材は胴体の方なのに!

慌てたタクトが咄嗟に両手で掴んで、盛大に顔を引きつらせた。

「き、気持ち悪ぅ~!! ぬるっとやわっと冷たい!!」

背負い投げの要領で、地中から引きずり出したミミズを放り投げると、ごしごしと両手を地面に擦っている。

うわぁ……オレは触らないでおこう。

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