第371話 出口と入り口
「ユータ、手ぇ冷たいぞ。大丈夫か?」
両手のぬくもりに安心した所で、タクトに言われてしまった。そんなに冷えてないと思うんだけど……意外な所で敏感だ。
「ふふっ、大丈夫、だよね~? すぐにあったかくなるよ~」
言われた通りじわじわと温かくなる小さな手に、少しきまりが悪くなる。きゅ、と握られた手に、そんなに何もかもお見通しにしなくたっていいのにと、少し頬を膨らませた。
ザリザリガタガタとソリの音を響かせながら、オレたちは出口に向かって歩く。この『こわいもの』のせいなのか、それともシロが先頭に立っているせいなのか、魔物は全く出て来なかった。
「ねえラピス、あの暗いのは何なの? 不死者に関係あるものなのか、知ってる?」
――ラピスは知らないの。でも、関係あるなら、不死者はいのちの光が好きで、嫌いなの。
好きで、嫌い……? ハテナマークの浮かんだオレを見て取って、ラピスがふわっと目の前までやってきた。
――ラ・エンはよくそう言ってたの。不死者はいのちが恋しや、憎しや。失ったものが二度と手に入らぬとも、その身を焦がして尽きるまで……ナントカカントカって悲しい顔で何回も言うの。ラピスはよく分からないけど、きっと悲しいことなの。
すりすりとほっぺにすり寄る柔らかな毛並みを感じながら、ラ・エンの言葉を反芻した。ラピスの口ぶりからするに、いのちの光は生命の魔素と同じようなものなんだろうか。
もし、不死者がもう一度命を願うものの集まりだったら……けれど、その身体が既にそれを受け入れられないものだったら。
もう叶わない願いを抱いて、彼らは彷徨い続けるのだろうか。闇夜のかがり火に飛び込む虫のように、求めたものに焼かれて消えるのだろうか。
「ピピッ!」
つん、と頬に固い感触を感じて、いつの間にか地面を見ていた顔を上げた。
「ティア? なあに?」
くりっと首を傾げたティアはオレを見つめると、よし、とでも言うようにまた前を向いた。
――でも、ラピスはラ・エンが悲しいのが分からないの。いのちが恋しくてこんな風に光に寄ってくるなら、きっと今、嬉しいの。
群青の瞳が、光に触れて消えていく闇を見つめた。
「……嬉しい?」
――嬉しいの。ラピスなら、嬉しいの。
ラピスはそれだけ言うと、小さくて温かな身体をぐいぐいとすり寄せた。
「そっか……それで楽になるんだったらいいなぁ」
『主はオヒトヨシだな! 俺様はぜーんぶきれいさっぱりなくなっちまう方が、いいに決まってると思うぜ!』
『あうじ、オイトォーシ!』
2匹が、ぺちぺちと小さな手でオレの胸元を叩いた。そうだね、チュー助たち下級の精神生命体にとって天敵みたいなものだもんね。
「大丈夫、二人はオレがちゃんと守るからね! しっかりオレのそばにいてね」
『主ぃー!! 素敵ぃー!!』
『しゅてきー!』
やんやと喝采を送ってくる、調子の良い2匹にくすっと笑った。
『ゆーた、もうすぐお外だよ』
周囲の『こわいもの』は、徐々に薄くなっていく。出口が近いからなのか、それともオレの光でどんどん消えていくからなのか……。
次第にはっきりと上り坂になってきた道を辿りながら、早く日の光を浴びたくてつい足早になり、ぽつりと見えた光点に、もう走りだしたくなった。
どきどきと高鳴る胸を押さえ、ふと思う。そっか、もしかすると不死者もこんな気持ちなのかも知れないね。
「うわぁ…! …眩しい……!!」
急な勾配を登り切ると、一気に周囲が明るくなったように感じた。
「こんな明るかったっけ? 行きは真っ暗だと思ったのにな!」
「ホントだね~明るい所から来たか暗い所から来たかで随分違うね~!」
ラキの言葉に、オレはきゅっと唇を結んで眩しい光に顔を向けた。
「………そっか。そうだね、オレたちは明るい所にいたんだね。暗い所から来ると、こんなにも明るかったんだね」
目を細めて微笑んだオレに、二人がおかしそうな顔をした。
「当たり前じゃねえ? 洞窟より暗かったら困るぜ!」
「ユータは時々変わった所に感動するよね~。さあ、やっと出口だ~!」
圧倒的な光の中で、こわいものも、暗い部分も、もう見当たらなかった。
「でね、ギルドの人が後で調査に行ってくれたんだけど、もう『こわいもの』はいなかったみたい。見ても分からないんじゃないかと思ってラピスたちにも見に行ってもらったんだけど――」
――普通くらいだったの。普通にいてもおかしくないくらいだったの。どうしてあの時あんなにいっぱいいたの?
ロクサレン家のベッドに腰掛け、オレたちは小さな人影に詰め寄った。
「普通くらいって、あの『こわいもの』はどこにでもいるの?」
耳を塞いでイヤイヤしていたチル爺が、咳払いして姿勢を正した。
「……む? 今回は聞いちゃったらマズイ系のお話ではなかったかの? それならよいのじゃ。察するに、その『こわいもの』は穢れの魔素じゃのう」
「まもののもとー?」「よくないのー」「すきじゃなーい」
妖精トリオがヤダヤダと飛び回った。
「穢れの魔素……? でも、魔素って空気みたいなものでしょ? あれは意思があるみたいに見えたよ?」
――ユータ、聖域の魔素にもそういうのがあるの。ラピスが魔法を使えない時、聖域の魔素がいつも助けてくれていたの。
「その通りですじゃ。――聖域の魔素と対をなすようにある、不死者の魔物の元みたいなものじゃ。意思と言うほど高度なものではないんじゃが、普通の魔素とは明らかに違うの。そもそも魔素と言っていいものかも分からんのじゃ」
「せいいきのまそは、せいいきだけー」「けがれのまそよりだいじ!」「けがれのまそはいらないの」
聖域の魔素は聖域にしかないけれど、穢れの魔素はどこにでも存在する可能性があるそうだ。でも、それはどうして?
「じゃあ、たまたまあの洞窟にあんなに集まって来たの?」
穢れの魔素はダンジョンや戦場、地下空間などに集まりやすいらしいけど、偶然にしては不自然な気がする。
「オレたちが入った後からあんなにいっぱい集まってくるなんて、まるで何か目的が………」
そこまで言ってぴたりと挙動を止めた。不死者の元……焦がれて、求めるもの……。
チル爺が長いヒゲを撫でて意味深にチラリとオレに視線をやった。
「どうして洞窟に集まったのじゃろうのう……狭い洞窟にため込まれた濃厚な生命の魔素なんぞ、普通にあるわけないんじゃがのう」
『あーー……誰かさんが作っちゃったわけね、穢れの魔素ホイホイを……』
モモがへたりと扁平に広がってため息をついた。
『え? え? どういうこと?! 誰がそんな悪い事したんだ?! 俺様とっちめてやる!』
チュー助がぶんぶんとエアパンチを繰り出した。
「え……えええ~~?!」
オレはばたりとベッドに倒れ込んだ。
「お……オレの、せい………??」
そもそも全部……原因はオレ? オレが……閉鎖的な空間で回復強化したから……?
「ま、いろんな要素があったんじゃろうの。不死者の好む場所で、不死者の好むものが溢れて、素材はなかったもんじゃから魔素だけがたっぷり集まったんじゃろうの。素材があれば不死者の魔物が出来上がるだけだったんじゃがの」
がっくりと項垂れたオレに、チル爺が同情の視線を投げかけた。良かった……みんな意識を失うだけで済んで……。あのまま長時間放っておけば、やがて生命維持の魔力も底をついていたはずだ。狭い洞窟だからこそ間に合ったし冒険者も少なくて良かった……。これは蘇芳の力のお陰だろうか。そっと蘇芳の頭を撫でると、蘇芳は大きな耳をピピッと動かした。
『スオー、すごい』
『そもそも洞窟が広かったら……回復強化しなかったら……もうあなたの不運と蘇芳の幸運のせめぎ合いね』
『勝ったのは、スオー!』
そうでしょ? と同意を求めて見上げる紫の瞳。
「ありがとう、蘇芳……オレ、蘇芳がいなかったらどうなってるんだか……」
苦笑して大きな両耳をもみもみとマッサージすると、蘇芳は心地よさげに目を閉じた。
ああ、なんだかいたたまれない……みんなを守って地上へ出たつもりだったのに……情けない気分を紛らわすように、オレはせっせとみんなのブラッシングをはじめたのだった。
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