第370話 ユータの光
暗い……それはまるで、初めてサイア爺のところへ行った時みたい。
「でも、あの時ほどに怖くはないけどなぁ」
腹の底をかき混ぜるような、淀んだ嫌な感じはしないし、恐怖感もない。
『だって主が光ってるから』
光って、回復強化の光……?
『あうじきらきら! だからあうじのそばね、だいじょぶー!』
アゲハがにこーっと笑った。
光っていたら、その『こわいもの』は寄ってこないんだろうか。それなら、冒険者さんたちも明かりは持っていたはずなのに。
――違うの、チュー助が言ってる光は、聖域の光なの。ユータは小さな聖域なの。不死者が一番焦がれて、怖がるものなの。
「そうなんだ……だから聖水が効果あったんだ」
そこまで考えた所でふと思った。聖域って生命の魔素が豊富なところだって言ってた。だから生命の魔力が強いオレは聖域みたいだって。じゃあ、聖水って何? それってもしかして生命魔法水のことなのかな? 生命と聖、それってもしかして同じ物なんだろうか。
「ドレインが原因なら、これが多少効果あるんじゃないかな? せめて歩けないとねえ」
マルースさんの声に、ハッと我に返った。取り出されたのは、回復薬の瓶のようだけど、ちょっと高価そうだ。
「それなあに?」
「これは魔力回復薬だよ。ドレインだと魔力を持って行かれるからねえ、魔力が回復すれば少しましになるはずだよ」
そっか、生命維持に使う魔力を持って行かれるから意識がなくなるのかな。
「じゃあ、魔力回復薬を飲めば治るんじゃねえの? なんで『少しまし』なんだ?」
「それがねえ、どうも回復薬だけじゃ効きが悪いんだよ。ただ、しっかり効く場合もあって、効果がまちまちなんだよねえ」
タクトの言葉に、マルースさんは今回は効きますように、なんて苦笑している。
「オレが飲ませてあげる!」
「……いや、いい」
張り切って小瓶を受け取り、頭を抱え直すと、すぐさま拒否された。
「どうして?!」
「……お前、オレに飲ませたことあったろうが」
そんなこと………あった。じろりと睨むモスグリーンの瞳に、あははと乾いた笑みを返す。
「………今回は大丈夫! キースさんが嫌がらなかったら大丈夫だから!」
「ま、待て……」
救いを求めて彷徨う視線に、心外だと頬を膨らませた。……でも今は抵抗できないでしょ?
なんだか赤ちゃんにミルクをあげるようで、オレはとても楽しい。
「………嬉しそうにするな」
どうやら観念したらしいキースさんが、とびきりのしかめ面をした。
さあ、と小瓶を口元に近づけようとした所で、チル爺が生命の魔力は回復薬の効果を高めると言っていたことを思い出した。じゃあ、これも魔力を流せば効果抜群になるかも。
悪くはならないだろうと試しに魔力を注ぐと、小瓶がぽっと光った。まずい、とチラリとキースさんを窺うと、驚いた顔で小瓶を見つめている。お主……見たな……?
何か言おうと微かに口を開いたところで、さくっと小瓶を突っ込んだ。
ただ、今回は弱ってるからね……むせないよう、そっと小瓶を傾けて中身を注ぎ込んだ。恨みがましくこちらを見る瞳と目を合わせないように、薄い唇と、つうっと喉まで伝ったしずくだけを見つめる。
小瓶の中身を注いでしばらく、中々動かないのど仏に顔を上げた。きつい瞳が、不安げにオレを見る。
「ちゃんとしたお薬だよ、ごっくんして? これ高いんでしょ?」
メッ! と視線を険しくすると、やっとごくりと嚥下したようだ。ちゃんと飲めたね、とにっこりする間もなく、オレの両頬がむにぃっ! と引き延ばされた。
「ひ、ひあい、ひあい!」
「この野郎……何飲ませた!」
ぎりぎりとほっぺを伸ばすキースさんに、これならさっきまでの殊勝な(?)キースさんの方がかわいげがあったとつくづく思う。
「お、よく効いたじゃん! アタリだったな!」
『アタリ~!』
ニッと笑ったピピンさんに、まじまじと自分の手を見つめたキースさんが、ゆっくりと身を起こした。
「そうだね~? アタリだね~?」
「ユータ印だもんな?」
どうやら二人にも見られていたらしい。ニヤっとした視線が痛い。
「よし、歩けるな? この大所帯じゃまともに戦うのも難しい。ひとまずここを出るぞ」
頷いたキースさんが再び最後尾に離れようとした所で、ハッとその腕を掴んだ。
「だ、だめ! オレから離れたら危ないよ!」
「……?」
困惑するキースさんに、なんと言ったものかと頭を悩ませる。
「そばにいてほしいんだって! いやーかわいいねぇ」
『イーナもかわいい』
「じゃあ私が後ろを……」
マルースさんが微笑ましげな顔をして離れようとするのをさらに引き留めた。誰が離れてもきっとだめなんだよ。ここに何がいるのか分からないけど、キースさんがやられちゃうなら誰だって危険だろう。
『こわいのがこんなにいるとこで、主とシロから離れちゃだめだぜ!』
シャキーン! 助け船とばかりにオレの頭の上に飛び上がったチュー助がポーズを決めた。
「これは……精霊? 話せるんだね! どういうことだい?」
『みんなが無事なのは主がきれいに光ってるから、こわいのが近寄ってこられないだけだぜ!』
チュー助の説明に、一同が訝しげな表情を浮かべた。
「あ、あのね、オレ回復できるでしょ? それで、魔力も多いから……ええと、洞窟で回復の魔力を発動したままにしていたの。それが光って見えるんだって。その光があったらその魔物? こわいのが来ないって」
「お前、回復もできんのか!」
信じられんと集まった瞳に、リナさんが頷いた。
「ええ、ユータくんは凄腕の回復術師でもあります」
ヒュウ、とピピンさんが口笛を吹いた。
「精霊の言うことが本当なら……不死者に関連する魔物か呪いの類が漂っているんでしょうか……? 原因が分かりませんが、念のため、ユータくん、このまま出口まで行けそうですか?」
「大丈夫! もっと頑張ってみる」
すうっと深呼吸して目を閉じると、回復強化に回す魔力をもっと高めてみる。無駄に周囲に漏れ出すけれど、きっとこれが効果があるんだろう。
「まあ……」
リナさんの表情に、ヒトの目にも光って見えるんだろうかと思ったけれど、そうでもないようだ。
「なあに?」
「ユータ、身体の中からライトで照らしたみたい~。うーん? 光ってはいないんだけど……これが、チュー助の言う光ってことなのかな~?」
ラキがまじまじとオレを見つめた。
「すげえもんだな、身体が楽になった」
「やっぱちょっとずつ影響受けてたんだな、今すっごい楽!」
『あったかー』
少し表情を和らげた面々に、知らず知らずの間に削られていたものがあったのかなと身震いした。
「ま、効果があるのかどうかはともかく、お前たち中心なのは変わらねえし、離れずまとまって歩くか」
『じゃあぼくが前に行くね! ぼくも強いから大丈夫』
スッと前に立ったシロが、一声鳴いて先導を始めた。ふんわりと光をまとった白銀の獣が、かき分けるように闇へ踏み出すと、まるで意思あるものののように暗闇が引いていくのを感じた。
「なあ、犬……光ってねえか?」
「白いからそんな気がするだけじゃない?」
オレはレンジさんの胡乱げな瞳から、そっと目をそらした。
シロがかき分けた道を、オレを中心とした一同が進む。シロを避けた『こわいもの』は、オレの周囲に近づくと、じゅっと消えていくように思った。
これは、何だろう。オレは一見無事に思えるけれど、シロと違って『こわいもの』が逃げていかない。むしろ、寄ってきては消えている気がする。
これ、なに……?
「なんかなあ、俺お前のそばにいるから何とも感じねえし、チュー助は魔物じゃねえって言うし、気持ち悪いぜ。こう、ズバッと切っちまえたら早えーのに」
「分からないものがいるかもしれないって、怖いね~」
手を繋いで歩きながら、二人を見上げた。油断なく周囲をうかがう瞳は、オレの視線に気がついて、ん? と笑った。
「ううん、二人とも、あんまり怖そうにないなと思って」
強ばっていた頬が、ふわりと緩んだ。普段より固く握られた両手が、温かく、力強くオレを支えていた。
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今日はもふしらコミカライズ版の更新日ですよ!
多分昼頃に更新されますので、ぜひご覧下さいね~!
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