第358話 配達屋さん
『なんだか久しぶりだね! 今日は配達屋さん?』
今日はタクトもラキも授業があるって言うので、久々に一人の依頼でも受けようかとギルドへ向かっていた。王都に行くなら頑張ってパーティ資金を増やさなきゃね!
最近ではシロもすっかり街に馴染んだもので、乗せてもらっていると、手を振ってくれる人もいる。ちょっと恥ずかしいけど、こんなに受け入れてもらえたのも、こうやってシロに乗って配達屋さんをしていたおかげかな。
「そうだね~、なんの依頼があるか見てからかな。それとも久々に配達屋さんする?」
『うん! ぼく配達するの好きだよ!走っても怒られないし』
ギルドへ向かうシロのペースが心持ち早くなったのを感じて、どうやら配達屋さんをすることに決定かな?とくすっと笑った。
「助かるわぁ! 定期的に受けてくれると白犬さんに頼みたいって人が増えると思うわよ?」
「うーん、でもオレ、配達屋さんになりたいわけじゃないの。あんまり増えても困っちゃうから」
「そう……お外で危ない仕事をするよりずっといいと思うのだけど」
ギルドでは、徐々にオレたちの実力を認めてきてくれてはいるのだけど、やっぱり勧められるのは街中での依頼が多い。
「ユータちゃ~ん! 来てたのね! シロちゃんもいらっしゃ~い」
ダダダダッと2階から駆け下りてきたのは、サブギルドマスターのジョージさん。両手を広げて猛牛のように突進してくるその迫力に、ついシロの後ろへ回った。
そのままの勢いでだむっ! とシロに組み付い……もとい抱き着いたジョージさんを、シロがどうどう、と優しい顔で受け止める。シロ……その包容力にほれぼれしちゃうよ。
「あら、今日はタクト君とラキ君は一緒じゃないのね」
シロの胸元に顔をぐりぐりして、ようやく落ち着いたらしいジョージさんが顔を上げた。どうにもスキンシップが激しいせいか、特にタクトにすっごく避けられているけど、本人はあまり気にはしていないようだ。
「今日は二人とも授業があるの。シロと配達屋さんしてくるね」
「そうなの~もうかわいいんだからぁ……そんなかわいい声で言われちゃうと、お姉さんたまんないわぁ」
でれれっと相好を崩したジョージさん、うんうん頷いてるけどちっとも聞いてないよね?!
「サブ、ユータちゃんの邪魔しちゃダメですよ! 仕事に戻ってください」
「そんな……! 私の癒しの天使がぁ……」
3人がかりで引っ張られていくジョージさんに手を振って、さっそく今日の配達依頼を受けるとしよう!
『今日は配達少ないね~』
早くも配達を終えてしまい、シロはちょっぴり残念そうにギルドへと足を向けた。喜んでもらえるのが嬉しくて、張り切って配達したもんね。おつかれさま、と労って首元を撫でると、少ししっぽが揺れた。
「普通はこんなに早く終わらないんだよ? シロが早いから少なく感じるんだよ!」
誉められて嬉しそうなシロは、えへへ、とはにかむと、ぐんと持ち上がったしっぽをふりふりギルドへの帰路についた。
『あれ? あの子どうしたのかな?』
シロが首をかしげる先には、ギルド前でうろうろする女の子がいた。ぎゅっと荷物をにぎって扉を見上げては、うなだれてまたうろうろ。
「こんにちは! どうしたの?」
「! こ、こんにちは……ううん、なんでもないの」
何かをさっと後ろへ隠して首を振る様子に、きっとおつかいで依頼に来たんだろうと、にっこり笑って手を差し出した。冒険者ギルドって怖い人がいっぱいいるから、きっと入りづらいんだろう。
「行こ! ここに用事があるんでしょう?」
「う、うん。でも……やっぱりいいの! お金……足りないかもしれないから……」
小さな声でうつむいた女の子は、悲しそうな顔で後ずさった。どうやらおつかいじゃなく自分の依頼を受けてもらいたかったらしい。決して裕福そうには見えない子供のおこづかいなんて、果物1個買うのが精いっぱいだ。冒険者への依頼は、決して安いものではない。
でも、もし迷子のペット探しなんかだったら、依頼じゃなくてもお友達として探してあげられるかもしれない。
「ねえ、どんな依頼をしようと思ったの? オレにも手伝えるかもしれないし、教えてくれる?」
通りの脇に腰掛けようと思ったら、さっとシロが伏せて上に座らせてくれた。ちっちゃな手でぽんぽん、とオレが隣を勧めると、女の子はわあ、と瞳を輝かせた。
「大きなわんちゃん、大人しいね。ふかふか~さらさらだね!」
『うふふ、ぼくフェンリルさんだよ~! さらさらでしょう? 朝からゆーたがブラッシングしてくれたんだよ』
すっかりにこにこ顔になった女の子は、ご機嫌でシロをなでなでしている。小さな女の子だと思っていたけど、隣に並ぶとオレの方が小さくてちょっぴりショックを受けた。
「ありがと! 私、ちょっと悲しかったんだけど元気になったよ」
シロを堪能した女の子が、オレを見てにこっと笑った。でもその笑顔に陰りがあるように思えて、やっぱり気になってしまう。
「それならよかった! 何かあったの? オレがお手伝いできることじゃないの?」
「うん、君みたいな小さな子にはちょっと無理かな……」
ちょっぴり気づかわしげなセリフに、思いのほか打ちのめされた。小さな子……小さな子って……こんな小さな女の子に言われちゃった……。
すっかりヘコんだオレに気付くこともなく、女の子はちょっと俯いてつま先を見つめた。
「私ね、白犬の配達屋さんって人にお届け物してほしかったんだ」
「……えっ?!」
『ぼくたち?』
大きく反応したオレとシロに、少し驚いた女の子が、シロを見てはたと気付いたようだ。
「あれ……白い、大きなわんちゃん……もしかして、君って……配達屋さん家のこども?」
ガクゥ……!
胸を張って、そうとも我こそは! って言おうと思っていたオレは、思わず崩れ落ちた。
「ええ~?! 本当に? 本当に配達屋さんなの? 君が?」
「うん……そう。小さいかもしれないけど、ちゃんと配達屋さんなの……」
『主ぃ! だいじょぶだって! 俺様だって小さいけどカッコイイだろ?!』
『小さい方がかわいいのよ、それでいいじゃない』
すっかり意気消沈したオレに、ちっとも気分の上がらないなぐさめの言葉がかけられた。
「そうなの……じゃあ仕方ないよね。それなら諦める。だって私、大人の人だと思ってたから……」
いっそ諦めがついたと、彼女は無理して笑った。
「どうして大人じゃないとダメなの? 何をお届けしたかったの?」
女の子は、ちょっと考えて口を開いた。
「あのね、私、パパに……お弁当を届けたかったの」
お弁当? 思わず首を傾げた。それなら、オレにだって届けられる。どうして大人でないといけないのだろう?
「パパにお弁当? それなら、オレが持っていこうか?」
「ちがうの。いつもはね、荷物運びとかお掃除とかしてるから、私も届けられるの」
女の子は、服の裾をいじった。どうやらパパさんは日雇いなんかをしながら、Fランクとして街中の依頼を受けて収入を得ているようだ。Fランクには、そういった冒険者とは言い難い日雇い労働者が多くいる。収入は低いけれど、戦えない彼らに向いたリスクの低い依頼だ。
「パパね、昨日帰ってからずっと考え込んでて、おかしいって思ったの。そしたら、お弁当まで忘れて行っちゃって……。私、いつものお仕事の所、全部まわったのよ。でも、いないの」
街にいない……? オレは雲行きの怪しくなった話に首を傾げた。
「昨日ね、お祝いの日じゃないけど美味しい晩ご飯だったの。今朝ね、パパは私をぎゅっとして中々離さなかったの。もちろん聞いたのよ、今日はどこのお仕事って。でも、言ってくれなかったの。今日はたくさん稼げるお仕事だぞって。ねえ、パパは………どこにお仕事行ったの?」
ぽつぽつと語る女の子の瞳は、みるみるとうるみ出して、オレは慌てて布きれを取り出した。
「私、知ってるの。ちゃんと知ってるの。おうち、お金あんまりないんだ。なのに……私がよそ行きのお洋服欲しいって言ったから……」
女の子は、オレを見た。大きな瞳のはしからは、ほろり、ほろりと大きな雫が静かにあふれ、ぐっと力の入った唇がふるふると震えていた。堪えても堪えても溢れる涙は、オレの胸をきゅっと締め付けた。
「だから、だからパパ、行っちゃったのよ……きっと、お外に!」
事の重大さに、オレは顔色を変えた。
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