第347話 街での日常
石畳の上を、割れ目を避けてひょいひょいと歩いた。ハイカリクの大通りはいつも賑やかで、気持ちがそわそわとしてくる。
今日は人混みの中を歩くので、シロはオレの中でお休みだ。こうやって一人街を歩くのも、なんだか独り立ちしたようで誇らしい気持ちになってくる。そう考えると、1年前のオレはとっても幼児だったね。今はこうして歩いていても、ひっきりなしに大人の人に捕まえられたりしない。堂々としたものだ。
「ふふ、シロとの配達のおかげで、街のことにも詳しくなったし、オレってちょっと頼りになる感じだね!」
『見た目は迷子の子どもなのにね~』
『でも、小さい?』
胸を張って言ったのに、モモと蘇芳の遠慮の無い台詞にガクッと肩を落とした。
確かに、人混みの中だと視界はみんなのおしりばっかりだもんね……まだまだ先は遠いか。
『主ぃ、店の場所知ってんの?』
「もちろん! ラキと行ったこともあるもん」
オレは鼻歌を歌いながら目当ての店へ向かった。
「ユータ~、今日も午後から授業ないんでしょ~? ちょっとおつかい頼まれてくれない~?」
「いいよ! なあに?」
今日『も』って強調されたような気がするけど、オレ、別にサボってるわけじゃないもの。ちゃんと試験を受けて、不要な授業を免除してもらってるんだから! そりゃあ小学生程度の試験だもの……簡単だよ。実技の授業はボロが出そうだし、座学の授業は眠くなるし、自己学習でクリアできる所はクリアして、他のことに時間を使うんだ。
「じゃあ、ここに書いてあるもの買ってきてくれる~? いつもの黄色い窓のお店と~路地裏のお店~」
「おっけー!」
ラキは頭が良いな! 素材の名前はややこしいものも多いので、ちゃんとメモにしたためてくれるなんて。
午後は特に予定もなかったので、おつかい大歓迎! オレ自身はあまり買う物がないので、おつかいで物を買うのは結構楽しい。遠慮無く色々な物を見られるしね!
「そうだ、あと~パーティ資金も貯まってきたし、そろそろ収納袋の小さいのとか買えないか、調査してきてほしいな~!」
「了解っリーダー!」
びしっとりりしく敬礼すると、ラキも苦笑して敬礼を返してくれた。
『黄色~黄色~あ、主! あれ黄色だぞ!』
「うん、あのお店だね!」
まずはひとつ目のお店、素材がメインの雑貨屋さんだけど、冒険者がよく来るお店なのでお手頃価格の魔道具なんかもちょこちょこ売ってある。
収納袋は、ショーケースみたいに触れられない所へきちっと飾られていた。やっぱりお高い……ルーのブラシよりは安いけど、その分収納できる量も大したことが無い。
「うーーん、収納袋は結構高いねぇ。………あんまり入らないのに」
棚にしがみつき、ぎりぎりまで背伸びして値段を確かめたものの、少しガッカリして呟いた。
『ゆーたの収納はいっぱい入るのにねぇ』
『それと比べたらダメなんじゃないかしら……』
結局、ラキの素材だけ購入すると、再びウキウキと次の店へ向かった。路地裏は建物に囲まれて少し薄暗く、いつもどきどきするような気配が漂っている。加工師はそんなにたくさんいないので、道具が売っている店はこぢんまりと路地裏に1店舗だけらしい。
「お、白犬の! 今日は一人か?」
「そう! オレ一人でおつかいだよ」
見たことある冒険者さんが、いかつい顔でにっかり笑うと、通りすがりに頭をぐしゃぐしゃと撫でていった。
「あのでっかいワン公がいるから大丈夫だろうけどよ、気ぃつけてな!」
「だいじょうぶ! ありがとー!」
振り返って手を振ると、乱れた髪をそのままに、視界に捉えた目的の場所まで走った。
「これ、何に使うんだろうねぇ……」
ラキに乞われて買ったものの、ヘンテコな曲がりくねったヘラにしか見えない。加工師の道具はどれも地味なものばかりで、見ていてあまり面白くはなかったけど、ちょうど店を出ようとした所で店長さんが加工作業を始めた。
何気なく見ていると、ただの石ころが無骨な手の中で徐々に透明度を増して小さくなり、変なヘラでちょいちょいいじるとみるみる形を変えていく。わあ、と口の中で呟くと、ついつい足を止め、カウンターの影からじいっと眺めていた。
「……見ていて面白いか?」
しばらく真剣に見つめていたオレは、突然話しかけられてビクッと飛び上がった。
「う、うん! とっても面白いよ」
「そうか、じゃあまた別の日に来るといい。暗くなると危ないぞ」
促されて窓の外を見ると、そろそろ日が傾きそうになっていた。暗くなるにはまだかかるけれど、特にこの辺りでは、子どもが出歩く時間ではなくなりつつあった。
「そうする! おじさんありがとう!」
にこっと笑顔でばいばいすると、オレはますます薄暗くなった路地裏へと飛び出した。
「あら? こんな所でどうしたの? 迷子かしら……」
ご機嫌で歩いていると、買い物かごをさげたお姉さんに捕まった。大通りでは捕まらなくなったのに……この辺りではまだダメらしい。
「違うよ! オレ、おつかいしてきたんだよ」
苦笑して見上げると、まだ幼さの残る顔で、お姉さんがくすっと笑った。
「あらら、男の子なのね。そう? じゃあ大通りまで一緒に行きましょう。こんな所、一人で来ちゃだめよ? 危ないんだから」
「平気だよ、オレ冒険者なんだから」
しっかりと繋がれてしまった手を取り返すこともできず、オレはばさっとマントを翻して腰の短剣を指した。服装だって、ちゃんと冒険者らしく見えるはずなんだけど。
「あらあら、本当、冒険者さんみたいに見えるわよ」
「冒険者なんだよ!!」
みたいってどういうこと?! むっと頬を膨らませると、お姉さんはますます笑った。
仕方なくお姉さんと手を繋いで歩いていると、なんだか周囲に人が増えたような。まさかとは思うけど、高貴な身分の方で護衛が周囲にいるってことは……ないね。じりじりと近づいてくる男達の身なりに、それはないと確信した。
「………!」
前方から明らかにこちらに視線を合わせて寄ってくる男に、お姉さんも気付いたらしい。ビクっと身をすくませると、足早に脇道へ逸れた。
「あ……お姉さん、そっちに行っちゃ……」
「ご、ごめんね、変な人がいるから回り道になっちゃ………」
言いかけて、ひゅっと息を呑んだ。奥から現われた他の男に、お姉さんはオレを抱き上げると、きびすを返してさらに細い道へ駆け込んでしまう。
「そっち、行き止まり!」
一生懸命訴えてみるけれど、パニックになったお姉さんの耳には入っていないようだ。ついに壁に突き当たり、お姉さんは、はあはあと呼吸を乱して呆然と立ち尽くした。
「こんな時間にうろつくもんじゃねえよぉ」
へらへらした男たちが、ゆっくりと近づいてくる。小さく悲鳴を上げたお姉さんは、オレを下ろして後ろへ庇った。ぎゅっと握られた手が、可哀想なくらいに震えていて、オレはそっと後ろからお姉さんに抱きついた。
「お姉さん、大丈夫。オレ、冒険者だって言ったでしょう? お姉さんを守れるよ」
真っ白になった顔で、お姉さんがオレを見た。視線を合わせると、大丈夫、ともう一度言ってにっこりと笑った。
「ふうん、随分キレイな嬢ちゃんだな。でも、まだあと5、いや10年足りねえなあ!」
ドッと男たちが笑い、気負いなく近づいて手を伸ばした男から、ほんのりと酒と汗の臭いが漂った。
バシッ!
「お姉さん、嫌だって言ってるよ! あっち行って!」
サッと前へ回ると、オレは伸ばされた手を思い切り振り払って、男を睨み上げた。
「こいつ……!」
蹴り飛ばそうとした足を避けざま、軸足を払って額へ一撃。オレの倍はある男が、頭からきれいにひっくり返って、ゴツリと鈍い音がした。
「え………?」
きつねにつままれたような顔をしたお姉さんを振り返って、にこっとしてみせた。
「大丈夫でしょう? そこにいてね」
石畳に後頭部を打ち付けた男が伸びているのを確認して、残りの男たちに一歩近づいた。
「オレは戦えるよ! もうあっち行って!」
くそぅ、こんな時、何て言えばいいんだ……我ながら、この台詞は格好良くはないと思う。立ち去れぃ! だろうか……とんずらこきやがれ……だっけ?
悩むうちに、目の色を変えた男達が詰め寄ってきた。やっぱりあの台詞ではだめみたいだ。
冒険者崩れみたいな人たちが、あと4人。ぶん、と飛んで来た拳を避け、うなじへ思い切り回転を載せた回し蹴りをひとつ。
声もなく崩れ落ちた男から飛び退き、風を切る音に身を屈ませると、角材みたいなものが頭上を通り過ぎた。子ども相手に、大人げない……。
「うう……」
しまった、ぐずぐずしてるうちに最初の男がふらりと立ち上がっている。やっぱりオレの体術ではパワーが足りない。かといってただの街中の小競り合いで魔法を使うのも短剣を使うのもどうかと思うし……。
「ハッ!」
ふらふらしている男の懐に飛び込み、両の短剣の柄で、みぞおちにえぐり込むような突きを放った。
さらに再び倒れ込む男の背中を踏み台に、接近していた男の側頭部を蹴り飛ばす。これで戦闘不能はやっと二人。
「ほら、やっぱり~」
「おにーちゃんが迎えに来たぜ!」
暗くなってくるし、どうしようかと思った所で、男達の背後から覚えのある声が聞こえた。
「ラキ! タクト! どうしたの?」
「お前がきっと何か面倒ごとを起こしてるんじゃないか……ってな!」
バキィ!
派手な音がした。新手とみてタクトに襲いかかった角材の男が、鞘ごと振り抜いた剣に吹っ飛ばされて壁に突っ込んでいた。ガランガランと真っ二つになった角材が転がっていく……タクト……もうちょっと加減ってものを……。
「ユータ、帰るよ~」
ドッ……ガツン!
額に小さな石の弾丸を受けた男が、見事に足を天に向けてひっくり返った。額よりも、打ち付けた後頭部が大ダメージ。
「く、くそっ……」
残った男は、仲間を助けもせずに背中を見せて逃げていった。
「おととい来やがれ、ってんだ」
フン、と顎を上げたタクトは、ちょっと格好いいなと思った。
だからその台詞、次は使えるようにしようと、オレはしっかり頭のメモに書き残したのだった。
「さ、お姉さん、行こうか? 大通りまで一緒に行こうね?」
にっこりと微笑んで手を差し出すと、お姉さんはぽかんと口を開けたまま、頷いた。
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