第337話 地下を駆け抜けろ

「どどどどどうしよう?! え? 嘘よね?!」

「え? マジで? いやいやいや! マジで?」

「……せめて別の魔物の糧となりたかった……」

ニースたち、うるさい。オレたちは、しぃーー!!っと唇に人差し指を当てた。


「さっきのワースガーズが巣穴から出てきたんなら、今は巣の中にあまり残っていないんじゃない~?」

「今のうちに出ようぜ! 全部戻って来たら面倒だし」

「うん、さっきみたいに囲まれたわけじゃないから、ニースたちも戦えるでしょ?別にそこまで状況が悪くなったわけじゃないと思うよ?」


「お、お前ら……」

ニースが潤んだ瞳でぎゅーっとオレたちを抱きしめた。大丈夫、タクトとラキは強いから。オレは……あんまり大群を見たくないから後ろの方にいようかな。

オレのレーダーの範囲には、今のところ魔物はいない。ワースガーズは組織的な群れを作るわけじゃなく、単に同種で集まっているだけなので、エサがあれば気付いた個体は全部そっちに行くし、敵がいたからと言って他の個体に知らせるわけでもない。だから、他の魔物の巣に比べれば随分楽じゃないのかな。ただ……エサがここにあると気付けばみんなこっちに来るわけだけど……。

「なあ、とりあえずどっちに行けばいいんだ?」

「うーん、ちょっと集中するからオレを守っててくれる?」

絶対ワースガーズ近づけないでね? オレは念のためにニースによじ登って目を閉じた。地図魔法、こんな広範囲にやったことないんだけど、頑張るしかない。

うねうねと広がる地下の道は、行き止まりになったり合流したり、辿って行くのはなかなか至難のワザだ。うわぁ、これ、オレが道案内するの? 気を取られたらどこを辿っていたか分からなくなりそう。

「うぅーん、難しい。あのね、ひとまず上に向かう道はこっちだと思う」

「「「魔法使いぃ……万能……!!」」」

「だから~……もういいか~」

ニースたちの感動した声に、ラキの諦めた声。でも、オレはそれどころじゃない。

「ユータ? 下りねえの?」

目を閉じたままニースにおぶさって動かないオレに、タクトが不思議そうな顔をした。

「……うん、あのね、道案内と索敵をしようと思ったら、オレ……動けないかも」

「「えええ~!!」」

そ、そんな大声出しちゃダメだって! ほら~!


「右から3!」

パシュパシュパシュ!

ザッ! ザシッ!

ラキの放った小さな魔法の音と、タクトの斬撃音が聞こえた。同時に、レーダーの反応も消える。

「え、早……」

ルッコの呆然とした呟きに、タクトたちはもうDランクを超える戦闘力を持っているのかなと嬉しく思った。ただ、ワースガーズ、思ったより速い。レーダーに捉える範囲から遭遇までの時間がとても短いと感じた。レーダーの範囲を広げるなら、地図魔法の範囲を縮めるしかない。


オレは、そっと目を開けて二人の様子をうかがった。転がったワースガーズも見てしまったけど、中型犬くらいのサイズがあった。うん、大きくてもヤツはヤツだ。

「ねえ、速いけどいけそう? 索敵範囲を広げると案内が難しいかも」

「大丈夫だぜ! 索敵なくても、なんとなく分かるし!」

「うん、当てられる~! 必殺にはならないけど、止めることはできるよ~」

頼もしい二人は、笑顔で応じた。カッコいいな、本物の冒険者だ。

『じゃあ、ユータはぼくが連れて行く!』

飛び出してきたシロが、オレをぐいっと引っ張って背中に乗せた。シロがオレを乗せてると戦えなくなっちゃうから、むしろニースに乗ってる方がいいかと思ったんだけど。

『ううん、シロにしておいて。安心できないもの』

ニースの評価が低いモモに苦笑しつつ、オレだってシロの方が安心だし、呼吸も合う。いざとなったら地図魔法は放棄して戦闘に専念しよう。

『主は俺様が守るぜー!』

『ぜー!』

シャキーン! と、アゲハとチュー助も飛び出してきた。気持ちはうれしいけど、二人は中にいようね……。

――大丈夫なの! ユータ守るの!

ラピスが自信満々に胸を張った。ありがとうね、でもラピスの魔法の威力じゃ、きっとオレたち生き埋め……ラピスはオレ『だけ』守りそうなのが心配だ。


「あ、あたし達も頑張るわよ! チビッコに負けられないんだから!」

「おうよ! ちょっとビビっちまったけどな! カッコいいとこ見せねえとな!」

「カッコイイはもう手遅れ……」

どうやら『草原の牙』も、復活してくれたようだ。オレはにっこり笑うと、再び目を閉じてぎゅっとシロにつかまった。

「じゃあ……、お願いするね。案内がいらなくなったら、オレも戦えるから」

「おう、守ってやるぜ!」

「ユータ、任せて~」

ぽん、と置かれた手は、どちらもまだ小さかったけれど、大きな安心感があった。


「目ぇつむってちゃ俺の勇姿が見られねえな!」

「ちょっとは素敵なとこ見せたかったのに~」

「想像で存分に補ってくれるといい」

闘志を燃やしだした『草原の牙』に、ふわっと笑うと、頭の中の地図に意識を集中した。

「じゃあ……左へまっすぐ………行くよっ!!」

「おうっ!!」

応じる声の強さに安堵して、オレはシロに身を任せた。



「左右!……まだ来るよっ!」

野営地に集まっていたワースガーズが少しずつ戻って来たのか、出くわす数は少しずつ増えてきた。

「やあっ!」

「こんのヤロっ!」

賑やかに戦うニースたちに、時折風を切る矢の音が響く。さすが、戦闘慣れしているんだな。見えないけれど、着実に3人で一体となって戦っているのがよく分かる。

「ユータ、止まらないで~! そのまま走って! 早く抜けた方が良い~」

ラキの指示に従い、オレはどんどん道を辿っていく。かなりのペースで進んでいるけれど、曲がりくねった道は、上に登っているのかすら曖昧だ。それでも、確実に地上は近づいている。



「なんか、広くなってきたな。戦いやすいぜ!」

「その分、囲まれやすいんだけどね~!」

は、はぁ、と荒い息づかいが聞こえる。どのくらい走ったろうか、戦闘しながら走っているのだもの、このまま地上まで走り抜くのは無理があるだろう。特に、一切言葉を発しないリリアナが心配だ。

「この先に、行き止まりになった狭い脇道があるの! そこで少し休もう!」

地図魔法を一旦切りさえすれば、みんなを回復できる。

「……ごめん」

絞り出すような、小さなリリアナの声が聞こえた。

「シロ!」

『うん!』

ぐらりと投げ出されたリリアナの体を、シロがうまく背中でキャッチした。同時に、オレがシロから飛び降りる。

「ユータ?! わ、悪い……!」

申し訳なさそうなニースたちに、にこっと笑った。リリアナ、よくここまで走れたなと思うよ! 以前に会った時より大分体力つけたんだね。

「大丈夫、脇道までは一本道だよ! 守ってくれてありがと! オレも戦うよ」

「助かる~」

「よっしゃ、これでドンと来いだぜ!」

決して余裕のあるわけではない二人も、汗みずくになった顔でニッと笑った。よぉし、今まで楽した分、オレに任せて!

ひとまず、体育館ほどの広さになった通路を抜け、先の脇道を目指して走る。

「う、うわ?!」

「げっ?!」

オレとタクトが呻くと、ザザッ!と振り返って構えをとった。

「来たか? どっちだ!」

慌てて戻ってこようとするニースたちを制止して、オレとタクトは顔を見合わせると、一目散に駆けだした。

「そこら中!!! 脇道に入ってー!!」

「うおおおおー!」

駆けだしたオレたちの背後から、ゾゾゾゾゾと静かな振動が伝わってくる。い、いやだああ!!見たくない!!

「先に行って!」

「なっ?! おわああ!!」

「きゃあああ!」

二人を脇道の方へと吹き飛ばし、シロに回収してもらうと、意を決して振り返った。やりたくないけどやらねばならない時もある!! 今こそ男になる時!!

キッと鋭くした目に、一生忘れられない光景が飛び込んできて、全身が総毛立った。


「……ぎゃーー!」

一瞬くらりとするほどの魔力を込めて、絶対に近寄らせないという思いが具現化した。

ズドオ!!

地響きとともに、数多のカサカサ音が消失し、シンと静まりかえった。

「………お前、めちゃくちゃするなあ」

「大丈夫~?」

がくりと地面にくずおれたオレに、呆れた二人の視線が突き刺さる。

オレたちのいる場所から先は、まるで何もなかったかのように閉ざされていた。

「あんな大空間、一瞬で塞ぐなんて~」

オレも、できると思わなかった。でも、とりあえずドアを閉めたかったんだよ……。




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