第332話 成長する器
「……そうか。召喚がうまくいかなかったのか?」
「ううん……ちゃんと『繋がった』感じがあったんだけど、途中で向こうから切られちゃったの」
口にするとズキリと堪えるけれど、もう泣いたりしない。
『うん、だってあのままじゃゆーたが危ないから……多分、ぼくたち誰であってもそうするよ』
オレの膝から頭を上げると、シロがひんやり濡れたお鼻で、ほてった頬をつついた。
『そうね。それにね、蘇芳の時もそうだったじゃない?姿を変えるのは結構魔力を使うんでしょう?私みたいなスライムだって結構な消費だったじゃない?シロは高位の存在の割に、姿の変化が少なかったからなんとかなったんでしょう?きっと姿が変わるからよ』
『きっと、こだわりの姿がある』
そっか、だから魔力を取り込めるだけ取り込んだのかも知れないね。どんな姿で来てくれるのか、楽しみは伸びたけどなくなったわけじゃないもんね。
「そうか……お前を嫌うはずはない、何かあったんだろう。そもそも毎回一発で成功する方が驚きだぞ?大丈夫だ、何度でもチャンスはある」
「うん!ありがとう!カロルス様もみんなも、大丈夫って言ってくれるから、それに、きっと理由があると思うから……」
背中の硬い腹筋を感じながら、腹にまわされた大きな腕をきゅっと抱きしめた。もう大丈夫。それに、尾形さんを信じてなかったわけじゃないんだ。
「……だからもう大丈夫。その、でもね、オレ……あ……会えると、思って、たから……。今日、会えるって、たの、楽しみに、してたの」
ぎゅうっと喉の奥が痛くなってきて、無意識にカロルス様の手を強く握ると、深呼吸した。
楽しみに、してたんだ。
以前は興味を示さなかったお菓子、食べられたならきっと気に入ると思って、色々作ってきたんだ。
今夜はごちそうにしようと思って、材料もたくさん用意しておいたんだ。
まずは何をしようかなって、色々考えてたんだ。ブラッシングして、お昼寝して……そしたらあの柔らかな手触りを堪能して、じっとオレを見つめる目を受け止めて。
……色々と、思い出しちゃったんだ。懐かしいしぐさ、声、ぬくもり。
ことんと頭を預けて仰のくと、眉を下げて微笑んだ。
「だから……ね、今日、会えなくて……悲しかっただけなんだ。大したことじゃないの」
何も悪いことがあったわけじゃない、嫌なことがあったわけじゃない。遊園地に行くはずだったのに、雨が降ったのと同じ。だから、安心してほしい。
でも、見上げたカロルス様は、随分と辛そうな顔でオレを見つめ返すと、小さく
「お前、しんどかったろうが。辛かったろうが。お前が辛いなら、それは『辛いこと』で間違いないだろうが」
何言ってんだ、とザリザリした顎がのしっとオレの頭に乗っかった。
カロルス様は、昔のオレを知らない。みんなとの繋がりを知らない。ただ、召喚が上手くいかなかったことしか知らない。なのに。
きっと、カロルス様はどんな出来事が原因であっても、辛い気持ちを汲んでくれるのだと……理由よりもオレの気持ちを見てくれるのだと、急に心が軽くなった気がした。そっか、こんなことで辛くってもいいんだ。
「……あのね、オレ、辛かったの。今日会いたかったから」
「そうだな、お前は随分辛かったぞ」
オレの感情なのに、きっぱりと言われて、思わずくすっと笑った。カロルス様、すごいな……まるで浄化魔法のように凝りがさあっと消えて、胸の内に花が咲いていくようだ。
そうか、こうするといいのか。ちゃんと伝えて、受け取ってもらうんだ。
オレの小さな心は、ぐっと広がったような気がした。うん、これなら、もう受け止められる。
「じゃあカロルス様、オレが辛かったらなんでも辛いってことでいいの?」
急に楽になった心と体に、どこか楽しくなってきてくすくす笑った。覗き込んだカロルス様が、一瞬柔らかく微笑んでオレの頭に手を置くと、いつもの顔で二ッと笑った。
「当たり前だろ、辛いのに辛くないなんてことがあるかよ。グレイに怒られるのも、勉強も、飯に野菜が多いのだって、辛いもんは辛いでいいんだよ」
「あははっ!オレ、それは辛くない!」
カロルス様の言い分に、声をあげて笑った。
振り返って力一杯大きな体を抱きしめると、温かく浮かんだ涙を誤魔化して目を閉じた。
「……あのね、カロルス様が辛いことは、ちゃんとオレが聞くからね」
「そうか!今日の残った書類……計算が辛いぞ!」
ちらっちらっと何かを期待してオレを見るカロルス様に、必死で笑いを堪えた。
「そ、そう……辛いね」
「………それだけか?」
ほら、もっと出来ることがあるだろ?そう言わんばかりの表情に、にっこりと満面の笑みを向けた。
「聞くだけだからね!オレ、側について一緒にみててあげるから!」
だから頑張ろうね、と笑うと、カロルス様はガックリと肩を落とした。
「ど、どうしたの……?」
ちょっと甘えて、抱っこされたままソファーのお部屋に入ると、空気の重さにビクッとした。エリーシャ様とマリーさんは、真っ赤になった目で今にもドラゴンを狩りそうだし、執事さんの周囲はとってもひんやりしている。
「ユータ、大丈夫なの?……こっちはあんまり大丈夫じゃなくてね。お話できるかい?」
受け渡されるままにセデス兄さんの膝に収まり、心配そうな顔を見上げてにっこり笑った。
「もう大丈夫!ごめんね、大きな声だったから、みんなびっくり……した、よね…………」
途端に恥ずかしくなってセデス兄さんの胸に顔を押しつけた。耳までかあっと熱いのがよく分かる。
「あああ!大丈夫!ユータちゃん大丈夫なのよ!それが当たり前なの!!セデスちゃんだってあなたくらいの頃は、それはもう……」
「ゆ、ユータ様!そんなおかわいらし……じゃなくて、おかわいそうに!そうですよ、子どもは泣くのがいいのです、泣かないと大きくなれませんよ?セデス様はあんなに泣いたからこのように……」
「ちょっと?!僕を比較に出すのやめてくれるかな?!」
思わぬ飛び火に焦ったセデス兄さんが、ぱしっとオレの耳を塞いだ。
室内の重い空気は、少し和らいだようだった。
「あ、あのね、もう大丈夫だし、辛くないの。ほら、今とっても楽しいから!」
召喚が思うようにいかなかっただけで、もう大丈夫だと一生懸命説明したのだけど、伝わっているだろうか……?感じる圧迫感に、まるで怒られているような気分でそうっと3人を見つめた。
「……そう、そうですか。それは良かったです。ユータ様、その召喚獣が無事に召喚されたら、マリーに見せに来て下さいね……?」
「ええ、私もとっても見たいわぁ……ちゃんと連れてくるのよ?」
「ユータ様、ご安心を。召喚獣は送還されても消えてなくなるわけではありませんから」
にっこりと笑顔の3人から感じる圧がすごい。ねえ執事さん、どうして今その話をしたの……?
ご、ごめん尾形さん……召喚前から危機かも知れない。
「ま、まあ……ひとまずユータが復活したなら良かったよ。今日はこっちで晩ご飯食べていく?」
セデス兄さんが深いため息をついて、オレの頭を撫でた。窓の外はもうすぐ夕暮れ、結構寝てしまってたんだな。オレ、お昼食べ損ねたなぁと考えたところで、もしかしてカロルス様たちも食べていないんじゃないかと思い当たった。いつもあんなに食べるんだもの、お腹、すいているだろうに。
「……そうだ、今日は材料がいっぱいあるから、何か作るね!お菓子もあるんだ。ちょうどおやつの時間だから、どうぞ」
ローテーブルに並べたお菓子に、みんなの目が輝いた。マリーさんと執事さんがそそくさと紅茶を用意しにいってくれたようだ。
材料は収納に入れていたなら悪くならないけど、でも、これは今日使おう。いっぱいごちそう作って、みんなで食べよう。
きっと、楽しいよ。
次に呼んだときは来てくれるかな?その時も、いっぱいお祝いしようね。大丈夫、またたくさんごちそうを用意するから、みんなで食べようね。
さあ、ジフの所へ行こう。山盛りごちそうを並べて、カロルス様たちをビックリさせるんだ!
腕まくりすると、オレはウキウキと厨房へ向かって走り出した。
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