第269話 枕投げはしないけど

商人さんや『黄金の大地』と別れ、夕暮れ時の町を歩くオレたち。

「うわ~匂いが違う!ちょっと臭え…」

「潮の香りだね!ヤクス村も海に近いけど、お魚捕ったりしないからこういう匂いはしないもんね」

むしろ牧場があるから動物と干し草の匂いの方が強いかな。砂浜まで行かないとあまり海って感じの匂いはしなかった気がする。

「うーん…ユータが前に作ってくれたお魚料理はこんな臭くなかったよ~僕、潮の香りってもっと美味しそうな匂いだと思ったんだけどな~」

そっか、ラキは海自体に馴染みがないんだね。同じく港町…と言うか漁村のバスコ村は、貝殻やら海からあがった不要物なんかも放置してあるからもっと強烈な匂いだったけど、ここはあまり感じない。町の規模が大きいし、きれいに整備されているから磯のゴミなんかが放置されていることもないんだろう。ハイカリクほどではないけど、大通りを歩いていたら人通りもかなりある。

「海行こうぜ海!」

「ごはんは?美味しいお魚料理あるかなぁ?」

「ダメだよ~先に宿を決めなきゃ~!ほらもう暗くなっちゃう~!」

そっか、町の中で野宿なんてできないもんね。

3人で宿に泊まるのって初めてだ!オレたちはきょろきょろと宿屋を探して歩き回った。

「えっと…宿屋はあるけどどこに行けばいいか分からないね…」

「うーん、お金はあるけど無駄に使いたくないし~」

きらびやかな貴族用の宿は除くとして、通りを歩いていると色々な宿屋があって悩んでしまう。こういう時はギルドで聞くといいんだっけ?でも今さら戻るのも面倒だな…。

「あれ?タクトは~?」

「え?あ、あそこにいるよ」


「おばちゃんありがとー!今度美味いもん持ってくぜ!ユータが!」

見知らぬおばちゃんに手を振って広場から戻ってきたタクト。そのままの勢いでオレたちの腕をとって駆けだした。

「ど、どこ行くの?」

「こっちだってよ!飯が美味くて安い宿!」

「あの人に聞いたの~?タクトすごい~」

タクトって顔が広いと思ったら、こんな風にあちこちで声を掛けてるんだね!にかっと歯を見せる人好きのする笑顔と社交性は、タクトの一番強い武器かもしれない。

「えーっと、青い扉で、大きな貝…ここだ!」

そろそろと町に明かりが灯り始める中、ぐいぐい引っ張ってつれて行かれたのは、大きな貝が貼り付けられた、青い扉が印象的な宿。ごく小規模だけど、植木もきちんと手入れされていて清潔そうだ。

小さな冒険者3人は、ちょっとドキドキしながら扉を開いた。

カランカラン…

扉についた重そうなベルが鳴り、カウンターの奥からトタトタと人の来る気配がした。

「いらっしゃ~い……あら?あなたたちだけ?」

「はい、僕たち冒険者で、依頼で来ました~。部屋は空いてますか?」

カウンター越しに顔だけのぞくラキにちょっと戸惑った様子だったけど、少年冒険者も少なくはないこの世界のこと、お姉さんはすぐにニッコリとスマイルを浮かべた。

「ええ、空いてるわよ!二人同室でいいわね?食事はどうする?」

……二人?顔を見合わせて笑いを堪える二人に、首を傾げたオレはハッと気がついた。

「あの!オレ!います!!ここに!」

ぴょんぴょん跳んで大きく手を振ったオレに、宿屋のお姉さんがビクッとなった。

「わっ…あらあら?!ごめんね、ちっちゃいぼうやもいたのね。うふふ、弟さん?かわいいわ」

わざわざカウンターをまわって出てきたお姉さんがオレを抱っこする…。抱っこ……オレ……オレも…冒険者です…。

悪意のないお姉さんの嬉しそうな様子に、怒ることも出来ずむくれていると、ラキが震える声で助け船を出してくれた。



「……ホントにちゃんと登録してあるわ…こんな小さいのに!もしかして小人族の血が混じってるのかしら…」

オレたちの冒険者カードを矯めつすがめつ首を捻るお姉さんだったけど、なんとか納得はしてくれたようだ。

「それでさ、そろそろ部屋に行きたいんだけど?」

「あ、そうね!これがお部屋の鍵。2階の右から2番目、黄色い扉ね。鍵に同じ色の札がついているから見れば分かるわ。なくさないでね?寝るときは中のかんぬきもかけるのよ?」

少し心配そうなお姉さんを振り切っていそいそと2階へ行くと、黄色い扉はすぐに分かった。

わくわくしながら3人で扉に手を掛けると、せーのでがばりと開ける。

「「「おお~!」」」

ハイカリクの安宿よりずっと広くてキレイだ!シンプルなつくりは変わらないけど、こざっぱりと気持ちよく整えられていて、冒険者には勿体ないぐらいだ。

「オレこっちー!」

さっそく窓際のベッドに飛び込んだタクトが、高らかに宣言する。

「じゃあ僕こっち~」

「じゃあ……って…オレのベッドないよ?!」

部屋にはどう見てもベッドが2つ。そ知らぬ顔のラキとニヤニヤ顔のタクトを交互に眺める。

「ちゃんとさっき言ってたぞ?この宿は3つベッドがある部屋はないってさ!弟は兄ちゃんの横で寝たらいいじゃん!…それで?お前ってどっちの弟?」

寝転がって頬杖をついたタクト。そのニヤニヤは、ますます深くなる。

「………ラピス部隊!」

「「「「「きゅっ!」」」」」

オレの精一杯の低い声に、ぽぽぽっとラピス部隊が出現した。

「えっ………ちょ……」

「…突撃ーー!!」

「「「「「きゅーっ!!」」」」」

びしり!とタクトを指したオレのかけ声に、小さな瞳が一斉にきっ!とタクトを見据えて突進する!

「お、おわーーっ!待てっ!俺が悪かった!」

ぼぼぼぼぼふっ!!!!

オレの怒りを思い知るがいい!

見事な隊列を組んだラピス部隊の、波状しっぽアタックにタクトが逃げ惑う。

「待てー!」

「ちょっと!踏まないでよ~!」

「きゅきゅー!」

「おわわわー!」


* * * * *


「「「…ごめんなさい」」」

「今日はお客さん少ないからいいけど、怖い人もいるんだから、大人しくね?」

…怒られちゃった…。

「僕何もしてないのに…もう~、僕たちただの子どもじゃないんだよ?立派な冒険者なんだからね~!」

「「はい……」」

反省…そりゃそうだ…宿の一室でどったんばったんしてたら怒られるに決まってる。次からはシールドを張ってやろう。

「ユータはどうせ布団持ってきてるでしょ~?ベッドは持ってきてないよね~?」

「あ!そっか、持ってきてるよ!」

ラキの瞳がちょっと細くなる…余計なものは置いて行けって言ったよね?雄弁にそう語っている…で、でも役に立ったでしょう?人前では出さなかったし…。

「ね、ねえ!そろそろ夕食じゃない?」

そっとラキから視線を外し、取り出したベッドから勢いよく立ち上がった。

「お、行こうぜ!おばちゃんオススメだからな~楽しみだ!」

タクトも立ち上がって伸びをする。ラキはやれやれとため息をついて視線を和らげると、オレのほっぺを引っ張ってから扉の方へ歩き出した。

「じゃあ行こっか~食堂では騒いじゃダメだからね~!」

「当たり前じゃん!ガキじゃねえんだからさ」

笑っちゃうね!なんて頭の後ろで手を組むタクト。そのハートの強さが羨ましいよ…。


「はいよ、黄色の部屋の子だね」

食堂で鍵を見せたら、それで受付はオーケーらしい。あとはテーブルについて待っていればその日のお食事が運ばれてくる手はずになっている。

「何だろうな~美味いのかな?」

「やっぱり魚だよね~あんまり食べないからちょっと不安~」

そわそわと待つ間に、ちらほらと他の客が増え始めた。大人の冒険者は大抵外で呑んでくるので夜の食堂は空いているって聞いていたけど、そこそこ席が埋まるところを見るに、やはり食事目当てでこの宿を選んでいる人もいるのだろう。

「なあなあ、明日は海行こうぜ!」

「うん!遊べる所あるかな?」

「このあたりは海に入れる場所もあるらしいよ~!」

なんだかこうして料理が出てくるのを待っているのって久々な気がする…。


「はい!今日は白ワイン煮だよ!」

宿屋のお姉さん大活躍だな…カウンターにいたお姉さんが、今度は配膳係としてテキパキと働いている。運ばれてきたのは、白身魚の白ワイン煮。ふわっと漂うのはハーブとニンニクっぽい、食欲をそそる繊細な香り。あとは貝のスープとドン!とかごに盛られた平べったいパン。

「お、結構美味いぞ!肉には負けるけどまあまあ美味い!」

「ホントだ~!あの潮の匂いの料理だったら嫌だなと思った~。これなら美味しいよ~!」

オレが料理を観察している間に、さっさと食べ始めた二人。どれどれオレも…ぱくっと口に入れると、広がるのは幾重にも編まれた複雑な香り。味自体はあっさりしているけど、香りが怒濤のように押し寄せて淡泊さなんてカケラも感じない。しっかりと煮込まれた魚はほろりと柔らかく、カトラリーはスプーンしかついていなかったけど、それで十分事足りた。

見たことのないぱりっとした薄いパンは、それだけでも美味しかったけど、お魚のお皿にひたひたになっているスープを吸わせると、しっとりとして香りが際だち、さらに美味しかった。こういった複雑なハーブの香りはオレには作れないから、なおさら美味しく感じる気がした。

「ああ美味しい…この宿にして良かった~!」

オレの言葉に、2枚目のパンをかじりながら、タクトはニッと笑って親指をたてた。


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