第263話 ハズレ?
「なあなあ、タカラオシエの宝物、なんだと思う?」
野営の準備が一段落して、オレたちは火のそばで座り込み、のんびりと過ごしていた。暗くなり始めた周囲にほのかに漂うのは、クツクツと煮込むシチューの良い香り。
「なんだろうね~?珍しい石とか、素材だったらロマンあるよね~」
「そうか~?もっと大きく行こうぜ!古の宝物庫とかさ!盗賊王のお宝とかさ!」
「大きすぎるよ~ここ、森だけど一応人通りはあるからね~」
不満そうにむくれたタクトは、だらりと伸ばした足先をピコピコさせた。
「でもさ、もし森大蜂とか、食材になるものだったら美味しいものを作れるよ!それに、きっと何が見つかっても報酬は増やしてもらえるしね!」
「…まあな。ま、どっちにしても留守番だしな!俺も行けるんなら蜂の巣だって石ころだって構わねえのにさ!」
「石ころ……」
ラキが密かにヘコんでいる……だ、大丈夫!分かるよ!石だってロマンだよね!?
「あー何が見つかったんだろな?早く帰って来ねえかな!」
そわそわ落ち着かない様子のタクトが、足を伸ばした姿勢から一挙動で立ち上がってウロウロしだした。目の前を行ったり来たりされると中々に鬱陶しい。
「もう、タクトごそごそしないで!トレーニングでもしたら?」
「お、それいいな」
言うなり腕立て伏せを始める。よし、負荷をかけてあげよう。
「どーん!!」
「お?ぬいぐるみが乗ったかな?」
く…くそう…。潰してやろうと満面の笑みで乗っかったのに、タクトはニヤッとするとオレを背中に載せたまま、楽々と腕立てを続けている…この世界の人間って怖い…。
「ラキ~」
悔しいです!と視線でラキに訴えると、こそこそと何やら耳打ちされた。ほうほう……。
「タクトに問題!一般的な回復薬に使用する薬草は、何束で1瓶分か?」
「えっ…?えーっとえーと……5~7束?」
「正解!次の問題!『知識は衰えぬ武器となる』は誰の言葉か?」
「えっ…えーー…変な名前の……まるっとしたヤツ…」
「ブブー!マルマーダスでした!」
これはいいね、トレーニングしながら勉強ができるなんて。タクトの背中で寛ぎながら問題を出していると、5問目で早々に潰れてしまった。うむ、ペンは剣より強し?
「こ、これは…この時間でここまでとは。さすがはCランクの方々だ」
そろそろ心配になってきた頃、探索組が疲れた顔で帰ってきた。驚く商人さんに、既に一通りの驚きをすませた居残り組商人さんたちが、どこか得意げだ。
「ここまでできたのは、あいつらのおかげだ」
言わなくて良かったのだけど、ウッドさんは律儀に告げてくれる。
「なんと……ギルドの話もあながち嘘ではなかったようですね…」
「それで?!どうだったんだ?」
しいーっと唇に指を当てるオリーブさんを振り切って、勢い込んで尋ねたのはセージさん。けれど、商人さんは苦い顔で首を振った。
「いいえ。何も…確かに何かあるはずなのですが…タカラオシエについて行っても何もないのです。ハズレ…かもしれませんね」
「ええー!」
『ハズレ』と言われるのはタカラオシエには価値があっても人間に価値がないもののこと。まだ幼いタカラオシエには良くあることらしい。
「だが、あれは成体だった」
「そうなんです…ですから!明日もう一度明るいうちに探索しましょう!ここで諦めてなるものですか!」
商人さんが燃えている…なんだか……ギャンブラーな気配を感じる。そのうち身を滅ぼさないといいけど…。
「すげー快適な野営地じゃん。さっすがCランクだよな!」
「それにこの香り……何の香り?」
「いいなあ…これ商人たちの食い物?」
探索兼護衛だった2パーティが、羨ましそうに鼻をひくひくさせている。あれ…オレ、みんなで食べると思って用意したんだけど…。ちらりと商人さんをうかがい見ると、商人さんはしゃがみ込んでオレにささやいた。
「もちろん、あなた方が作ったのですから、あなた方は食べる権利があります。でも、あの者たちはどうですか?食べさせてやったからと言って、感謝するとは限りませんが」
「あ…ううん、オレ、何も考えずに全員分作っちゃったの…みんなで食べると思って…ごめんなさい。」
材料を余分に使ってしまったかと恐縮したけれど、根菜類は一山いくらでたいした値段ではないそうだ。
「では、あの者たちにも食べさせていいのですね?」
「う、うん…オレがそれを決めていいの?」
もちろんです、と言った商人さんは立ち上がってにっこりした。
「分かりました。これならお金を払っても食べたいと思うでしょう」
「う…うまっ!!美味い!!これ、うさぎ肉か?!こんなに柔らかくなんのか!」
「美味しい…ほっくりしたおいもにしっかり味が染みて…実家に帰ったみたいな気分…」
シチューはじっくり煮込んだからね、硬くなりやすいうさぎ肉もとろける柔らかさだよ。シチューって凝ったお料理じゃないけど、じんわり心があったかくなる気がするよね。
商人さんたちは持参の敷物の上で上品に………とは言い難いくらいがっついているけど、こっちの冒険者サイドよりは幾分マシだろう。まるでドラゴンが迫ってるかのようにかっ込んで、むせながら食べている。みんな美味しそうに食べてくれてホッとするよ…なんせお金徴収されてるから…。そう、商売根性たくましい商人さんは、かなり良心的な値段だけど、ちゃっかり材料費以上は徴収できるお値段で、2パーティにも振る舞ってくれた。
「タクト、これなんだ?すげえ柔らかい肉…野菜も入ってる?」
「へへっ!美味いだろ?名前は知らねえけど美味い食いモンだよ。こうして挟んで…食ってみな!」
タクト、ミートローフだって教えたのに。セージさんはミートローフを食べたことがないみたい。パンに合うように作ったので、サラダと一緒にパンに挟めば、ボリューム満点、滴る肉汁もしっかりパンが受け止めてくれる、極上サンドの出来上がりだ。シャキシャキした野菜と、柔らかくぶわっと肉汁あふれるミートローフがたまらない。
「!!う、うーまーいっ!!なんで?!パンに挟んで野菜追加しただけで?なんでこんな美味くなんの?!」
「んんーっ!本当!なんだか勿体ない気がしたけど、こうやって食べなきゃ損よ!お汁までおいし~!」
周囲の視線も何のその、美味い美味いとはしゃぐ二人に、しばし見つめたその他大勢が、示し合わせたように無言でパンに挟みはじめた。その輝く瞳を見るに、挟んで正解だったようだ。
「…………」
オレは、一人悲しそうに空のお皿を眺めるウッドさんに、そっとミートローフとパンを追加してあげた。
「この料理をあのチビ共が作ったってか……信じられねえ。それで依頼について行けるってワケか…まあこれなら確かに…」
「何なら僕たちのパーティに同行してほしいな!ちゃんと守るからさ。こんな美味い物、街で食ったら結構な値段取られるだろうし」
『ファイアーストーム』も、『女神の剣』も、オレたちのことを見直してくれたみたいだ。
「…そうかもしれないけど~、そこじゃないって気がするよ~」
じっとりしたラキの視線は気にしない!
「さて、今日探索して見つからなければ仕方ありません、諦めましょう…」
翌朝、しごく残念な様子で語る商人さんに、セージさんがはいっと手を挙げた。
「なあ!こういうのは人海戦術だろ?人数多い方が探せるし、全員で探しに行こうぜ!あんたら、シールドの魔道具持ってるだろ?」
へえ…そういうのがあるんだね。それを聞いてタクトの目も輝き始める。
「俺、すっげー頑張る!めちゃくちゃ探す!!身も守れるから!あとさ、こいつ連れてくと運がまわってくるかもしれねえぞ!」
「ほう…確かに、最初に見つけたのも………それにあなた方の方が意欲がありそうです」
ぐいっと前に押し出されて戸惑っていると、商人さんがふむ…と思案し始めた。
「いいでしょう、乗りましょう。商人の直感が吉と囁くからには、それに従いましょう」
やったー!と大喜びするタクトとセージさん。
「……どうだろね~運は運でも不運も強いからねぇ~」
こそっと囁くラキに、あわててしいっ!と唇に人差し指を当てた。
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