第261話 護衛道中2

「この知識は、どこで?!レシピを教えてはもらえまいか?」

商談を始めようとする商人さん達に、じりじりと追い詰められていく…教えてもいいと思うんだけど、なんだかややこしくなったら困る。こういう時は…

「え、えっとね、ロクサレンのカロルス様に聞いてみて!あそこには他にも色々お料理あるから!」

「ふむ、なるほど…確かに『カニ』もあの地方でしたな…最近何かと名前が挙がる…良いことを聞きました」

ふう、回避成功。カロルス様、あとはお願いね!



「そろそろ、交代だ」

商人さんはゆっくりしているけど、オレたちは馬車番を交代しなくてはいけない。ウッドさんに促され、馬車の方で警戒しつつお腹を落ち着ける。

「ふあ…腹一杯食っちゃったから眠いな…」

「交代でお昼寝する?」

「いや…それやってさ、前に全員寝ちゃったじゃん?」

「依頼中はダメだね~、ユータはシロたちが起きてるからいいと思うけど」

警戒と言ってもここは休憩所。コソ泥にさえ気をつければ魔物は普通来ないし、正直退屈だ…。

タクトは眠気ざましに剣の手入れを始め、ラキは小さな素材の加工を始めたようだ。仕方なくオレも図鑑を広げてみた。


「――おい、おい!ユータ、高そうな本によだれ垂らすなよ!」

ハッとして口元を拭うと、馬車に寄りかかっていたセージさんが笑いを堪えていた。オレ、いつの間にかうとうとしてた?

『うとうとかしらねえ…』

モモの呆れた呟きを聞き流し、眠気を覚まそうと、トコトコとセージさんの隣へ行って腰掛けた。

「ねえセージさん、何か面白いおはなしして~」

「ユータお前……かわいらしい顔で恐ろしいこと振ってくるな…そんなハードル高い話のストックなんてねえって…」

「じゃあ普通のおはなしでいいよ」

「え~そんじゃ、まあ……ありがたい天使様の話でもしてやろうか?…これは俺の知り合いが実際に見た話なんだけどさ…」

「あ、ううん!やっぱりいい!オレみんなのブラッシングするよ!」

慌てて離れると、馬車の側で座り込んでみんなを喚んだ。

『すっかり広まってるわねぇ…天使教。』

「そうだね…冒険者のための宗教みたいになっちゃったね…ご利益ないのに…」

『でもあの像にはご利益あるんだし、実際助かった人達がいるんだからいいんじゃない?』

そうかな…まあ、もう既にオレには関係の無い所まで行っているしね。話しながら、モモのブラッシングと言う名のマッサージを終え、並んだ順にラピス、チュー助、ティアと小さい組を仕上げていく。


『スオーも、する?』

「うん、おいで!」

そろっと出てきた蘇芳が、嬉しそうにお膝に乗った。

「蘇芳はふわふわだね!気持ちいいね~」

『ゆーたがふわふわにしたから…』

気持ち良さそうに目を閉じていた蘇芳は、ちょっぴり照れくさそうに口元をほころばせた。

『どーん!ゆーた、ぼくもー!』

「うわっ!?」

シロ~!どーんじゃないよ!肩の上からのし掛かられたオレは、蘇芳を放してあえなく潰れる。

こっそり遊びに行っていたシロが気付いて戻ってきたようだ。早く早く!とオレの襟首を咥えて持ちあげると、とすんと座らせ、ごろりと目の前に横になった。

「わあ~この子、大きいのに懐っこいのね!私もなでなでしていいかな?」

『どうぞどうぞ!』

「どうぞ~!」

人に触れられるのも大好きなシロは、にこにこ顔だ。

「ありがとう!わあ……すごい…こんなにサラサラして気持ちいいのね…なんて言う種類なの?すごくきれい…こんな魔物がいたら、すごくいい値がつきそう…」

オリーブさんがシロの毛並みに指を滑らせて目を丸くした。どこまでも冒険者目線で笑ってしまうけど、そりゃあいい値がつくだろうなあ…。

『うふふ、フェンリルだよ~!きっとこうきゅう品だよ~!』

そうだろうね…そもそもフェンリルってお目にかかることがまずないみたいだし。

『スオーも、こうきゅう品』

「うん、スオーもそうだね」

「え……?あっ…あ…?!それっ……カーバンクルっ?!」

「うん…でも、召喚獣だからね?」

召喚獣から素材なんて採れないし召喚士から引き離せない…だから、人前でも大丈夫なはず。

ぶんぶんっ!と無言で首を振ったオリーブさん。

「そんなっ!召喚獣じゃなくたって手を出したりしないわよっ!でも、その…少しだけ…触ってもいい?」

『スオー、いや』

身もふたもなくプイと背を向けた蘇芳に、言葉はなくとも意味は通じたらしい…オリーブさんが、ずしゃあっと崩れ落ちた。

「す、蘇芳…そんなこと言わないで、ちょっとだけ、ね?」

『………でも、抱っこはいや』

むうっとむくれつつ、一応許可は得られたらしい。


「わ…わ…わあ………」

ブラッシングしたてのほわほわ蘇芳は極上の手触りでしょ!オリーブさんは幻獣店のシーリアさんと同じ、ちょっぴり残念な顔になって、そうっと蘇芳を撫でている。

「おーい!そろそろ出発だってよ!………えっ?それっ…むぐぅ?!」

「…騒がないでくれる?!この子が機嫌損ねちゃうじゃない!」

大声をあげそうなセージさんの顔面を、がしっ!とバスケットボールみたいに掴んだオリーブさん……さすがC級冒険者…ミシミシいってるような気がしなくもない。



「はあ~本物のカーバンクル…召喚獣で出てくることあるんだな…お前と一緒にいたら幸運がついてまわるかもしれねーな!」

「まあ、迷信みたいなものだけど、貴重な種であることには違いないんだから、間近で見られるなんてありがたい。本当に幸運を運んでくれそうだよ」

再び馬車に揺られながら、蘇芳はやっぱり珍しいらしく、『黄金の大地』メンバーにしげしげと観察されて、ちょっぴり不機嫌だ。セージさんの顔面には手形がついている気がするけど、触れない方がいいのだろう。

『幸運ねぇ…ゆうたと一緒にいたら、不運と幸運で相殺される気がするわね』

「でもユータと一緒にいたら不運で幸運が消えちゃうんじゃない~」

………ラキとモモってさ、きっと気が合うよね…。


午前中と配置を変え、今度はオレたちが先頭の方を担当だ。午前中も魔物が出なかったわけじゃないけど、まだ人通りもある見通しのいい街道なので、手早く追い払える程度だった。

でも、いつまでもそんな街道なら3パーティーも護衛に雇わないだろう。

「……これから森の中を通る」

「だ、そうだよ。魔物も多くなるから、外へ出ようか。君たちは中にいた方がいいと思うけど…」

「俺も!俺も出る!!外の方が安全!!安心!!」

ディルさんの心配そうな顔に、タクトが必死の声をあげる。そんなに必死にならなくても…。

結局、警戒の邪魔になるってことで、オレたちは外には出たものの、タクトとラキは荷台の後ろへぎゅっと詰めて座り、オレは幌の上に乗せられてしまった。

「高~い!楽しい!」

体重が軽いからこその特等席だ。申し訳程度に切り開かれた森の道は、まるで木のトンネルみたいになっている。立ち上がって手を伸ばしたら、時々下がっている枝にタッチできるのが面白い。

それに、デコボコの地面は馬車を大きく揺らして、ガタンッ!となるたび弾んだ幌で身体が浮き上がる。

「あははっ!あはは!」

「お前よくそんなとこで楽しそうにしてるな…」

きゃあきゃあしていたら、タクトが信じられないって顔でこちらを見上げた。

「タクトは揺れるのダメだもんね~」

「平気なお前らがおかしい!でも俺にはこれがあるもんね…」

どうも乗り物酔いしやすいタクトは、愛しそうに葉っぱに頬ずりした。何の変哲もなさそうな葉っぱ、実はムゥちゃんの葉っぱだ。持っているだけでも少しは酔い止め効果があるらしい。本格的に酔った時は少し囓るんだって。ちなみにムゥちゃんは、今頃ロクサレン家でメイドさんたちにVIP待遇を受けていると思う。


「あれ…ねえ、あれはなあに?」

幌から逆さまに御者台を覗くと、商人さんとウッドさんも同じものを見つけたらしい。


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