第223話 ベストな選択

後のことをギルドの人達に任せ、ミックを子どもたちのテントへ連れ帰る。なかなか泣き止まないミックのために、少し遠回りをして到着した。

「ミック、オレはカロルス様たちの所にいるから、向こうに戻ったらまた会おうね!」

そわそわして子どもたちに目を走らせるミック。じゃあね、と手を振ると、慌てて手を取った。

『ユータ…ありがとう。本当にありがとう。俺、今は何の力もないけど…きっとお前を助けられるようになるから…ユータが困ってたら、俺、絶対助けるから…!』

見違えるほど強い瞳の輝きに、オレは心から微笑んだ。

「うん……ありがとう」

ミックは、自分の台詞に少し照れた様子で、手を離して顔を赤らめた。


「ねえユー……えっ……?」

テントからオレに駆け寄ろうとした子が、ピタリと足を止め、少し訝しげな様子でこちらを窺った。土器のところで声をかけてくれた、しっかり者の女の子。じっとミックを見つめ、みるみる瞳を潤ませた。

ミックは、わなわなと身体を震わせて視線を絡ませる。

「うそ…おにい…ちゃん…?…お、お兄ちゃんー!!」

あっという間にあふれ出した涙を置き去りに、女の子はミックに飛び込んだ。

「なんで…こんな、痩せて……ごめん…私が、捕まったから…また、私のせいで…」

見る影もなくやせ衰えた兄の姿に、妹の瞳に強い後悔が滲んだ。ぶんぶんと首を振るミックは、自分の顔を見ようとしない妹に、もどかしげに口を開いた。

「ち、違うっ!!ミーナ、違う!」

ミックの口からこぼれ出た言葉に、二人が揃って目を見張る。

「……お兄…ちゃん?」

「声が……声が!ミーナ、聞こえる…か?」

「き、聞こえる……聞こえるよぉ……!…お、お兄ちゃん、声……低く、なったね…」

透明な涙を溢れさせ、ミーナは微笑んで泣いた。もう、何が起こったかなんてどうでも良かった。ただ、兄の声が戻ったことだけが真実だった。

「ミーナ…謝るのは、俺。ごめん…助けられなくて…」

どんな言葉でもいい、その声を聞いていたい。やせ細った身体を抱きしめ、ミーナはただ、ミックの唇が動くのを見つめていた。幼い頃に聞いたきりの兄の声、今や聞き覚えのないその声は、まるで大人の男のように芯をもって響き、頭を撫でるその手は、とても大きく感じた。




転移で戻れば早かったけど、大勢の人に見られている手前使うことも出来ず、オレたちはゆっくりと帰る。カロルス様たちは速度優先でそれぞれ近くの町から馬に乗ってきたので、馬車がない。迎えを寄越すから待ってくれと懇願されたけど、貴族様ご一行はさっさと逃げ…旅立ってしまった…「面倒な手続きをやらされるのはごめんだ!ギルドに任せる!」と言い置いて。


オレは嬉しそうに走るシロに乗ってカロルス様たちに併走する。道すがら、こってり、こーってり絞られて少し凹んでいる。反省はしてる…後悔もあるけど…でも…それでもオレが行くのがベストだったんじゃないかとも思う。

『ぼくは、ゆーたがしたいようにするのがいいと思うよ』

『それが大勢にとってベストだからって、誰にとってもベストとは限らないわ』

『主、大活躍したって!なんで怒られんの?!』

―ユータは、もっと自分を守らないといけないの。

うー…慰められてるのかまだ叱られてるのか…傷心のオレには色んな言葉が突き刺さる。

くたっとシロに身を任せ、なびく艶やかな毛並みを眺める。心配、かけてごめんね…。でもね、やっぱりオレはまたやると思うし、やるべきだとも思う。

心配してくれる心を嬉しく感じつつ、思うようにできないもどかしさも感じる。親の心子知らず、子の心親知らず…そんな言葉が浮かんで苦笑した。



「ユータちゃん、また帰ってくるのよ?」

「セデスが拗ねるぞ、早く帰ってこいよ」

「ああ……ユータ様ぁ…」

最寄りの町で宿をとりつつ、オレたちはハイカリクに戻ってきた。カロルス様たちはギルドに一言声をかけたら、止められるのも構わず、追っ手を振り切り、マリーさんを引っ張って素早く帰っていった…執事さんを置いて…。

「…ふぅ」

「お、おつかれさまです…」

「いえ、まあ…これも執事の仕事ですから」

面倒なことが全部まわってくる執事さん。それだけ優秀ってことなんだろうけど…お気の毒です。

「そうだ!ねえ、執事さんお腹空いた?あのね、美味しいお店があったんだよ!」

オレは執事さんの手を取って、日の沈みかけた街を歩き出す。美味しいスープを思い出して、おくちの中にじゅわっと唾液があふれた。美味しいスープで、執事さんもきっと元気になるよ。

「…ふふ、そうですねえ。そのぐらいは許されるでしょうか」

手を繋ぎ、口元をほころばせた執事さんを見上げて、オレもにっこり笑った。






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ここで区切り、と感じたので短く終わります。

その代わり息抜き閑話投稿します。





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