第221話 猛攻

「あなたたちが邪魔者ね…せっかくいい巣を確保したのに…」

ぞわっと背中が泡立つような感覚。カロルス様たちが、オレを真ん中に囲むような形で二人に相対する。

「…見たことないな…こんな実力者がこの国にいたのか…」

「他国から流れてきたかもしれませんね」

「どうでもいい!そいつを寄越せ!」

苛立った男が鞭を唸らせた。

今度は最初から本気のようだ…空中で無数に分かれた鞭が、不規則な軌道でオレを狙う!

ギギギィン!

間近で激しい金属音と火花が散った。

「…私の前で、ユータ様に手を出せるとは思わないことです」

「ユータちゃんに乱暴を…許さないわよ…!」

スモークさんの、さらに前に飛び出した二人。す、すごい…体術で鋼と化した鞭を防ぐなんて。

エリーシャ様は戦闘服らしいものを着ているが…マリーさんはどうしてメイド服にガントレットなんだろうか…。

「……俺は防げねえからな」

あいつらと一緒にするなと、スモークさんは首をすくめた。

簡単に防がれた攻撃に、男が表情を引き締める。思わぬ強敵に、その表情は雄弁に語っていた…なんだこいつら…なんだこのメイド。


「行くぜっ!俺達はとっとと帰るんだからな!!」

カロルス様の咆吼と共に、オレにとっての第2ラウンドが始まった。

ギャギギギギ!!

女の鞭と、カロルス様の剣。凄まじい速度の応酬に、攻防の音が間断なく聞こえる。分裂した鞭の猛ラッシュに、カロルス様の神速の剣がことごとく対応する。

「うらぁ!」

「―ランス!」

弾幕のような鞭の猛攻の中、カロルス様が鞭を弾けば、すかさず執事さんが針の穴を通すように魔法を打つ!

「おまけだっ!」

執事さんの魔法を追うように放たれた飛ぶ斬撃。

「くっ…!」

今までほぼその場から動かなかった女が、大きく体勢を崩して飛び退きつつ、ヒュンヒュンと頭上からミサイルのように鞭を繰り出した。飛び退けば横に払われる不規則な軌道に、次々飛びすさってカロルス様も大きく後退する。

「厄介だな…あれは武器か?」

「もはやひとつの器官ですね…まるで触手です」

カロルス様と執事さん、そして女は、仕切り直しとばかりに油断なく対峙した。



「はああっ!」

「らあぁっ!」

ドガガガガガ!!

押して、押して、押して、押せ!!!まるで二人の性格を表すかのような猛攻に、男はじりじりと後退させられていく。

「ちいぃっ!」

焦る男が展開した鞭のラッシュをものともせずに、可憐な二人はほんの瞬きの躊躇いもなく突っ込んでくる。

「はぁっ!!」

エリーシャ様が火花を散らしながら鋼の鞭とジャブで渡り合い、弾いた瞬間、回し蹴りでさらに突破口をこじ開ける!

「っらぁ!!」

その足下から滑り込んだマリーさんが、伏せた姿勢から強烈な蹴りを放った。メイド服の裾が、遅れてふわりと舞う。

「がふっ!?」

吹っ飛んだ男が、壁に激突寸前で鞭を振るい、その力で体勢を立て直す。

「ぐ……っのやろうっ!!」

さらに肉迫する二人に憎悪の視線を向けると、密度を増した鞭の壁が、蕾のように男を包んだ。

「?!」

次の瞬間、一気に開かれた花弁は、衝撃波と共に強烈な斬撃となった…!

巧みにガントレットで弾きつつ、捌ききれないものを全身の強化で受け止め飛びすさる二人。そして、二人の圧を退けた男の、一瞬の気の緩み。

「俺もいるぞ」

男と重ならんばかりの背後に出現したスモークさんは、既にナイフを引き切っていた。

「…目立たねえけどな」

完全にのど笛を掻き切られ、男はどしゃっと沈んだ。


…みんな、強い…。両者のすさまじい応酬に、オレは何もできずに立ち尽くしていたことに気付いた。邪魔になってはいけない、でも、オレにもできることはある!

「オレも…できることをする!」

すくうように胸の前に両手を掲げると、オレからふわっと光が立ち上った。両手に収束した光からは、あふれ出すようにひらひらと光の蝶が飛び立っていく。

「これは…」

「これが、『天使の光』か…」

「キレイ…体が癒えていきます…」

「ユータちゃん、本当に天使みたいよ…」

疲労も回復していく蝶に、カロルス様たちは心地よさそうな顔をして、女に向き直った。


「…諦めて投降したらどうだ。もうお仲間はいないぞ、いくらお前が強くても多勢に無勢だろう」

「……生意気ね…。あなたたちの相手をする必要もないのだけど…生意気なのはいただけないわ。痛い目を見なくてはね」

第3ラウンド、だろうか…カロルス様たちがオレを背後に庇い、ザザッと女の周りに展開した。鼓動のうるさい胸を押さえて、オレも回復と防御中心にサポート態勢をとる。ラピスはもっぱらオレの援護として貼り付いており、動こうとしない。


「マリー!」

「ええ!」

ばっと飛び出した二人に襲いかかる、鋼鉄の槍と化した数多の鞭。二人は咄嗟に寄り添い、死角を減らして攻撃をいなしつつ、じりじりと間合いを詰めていく。

真正面から攻撃を受けに行くなんて…無茶だよ!その華奢な肢体には、じわりじわりと血の染みが増え、この女がさきほどの男より格上であることを示していた。

オレは慌てて光の蝶々を集中させて、片っ端から二人の傷を治す。背中を預け合って真正面から挑む姿は、まるで4本の腕をもつカーリー神のようだった。

「やるぞっ!」

カロルス様の唐突な声と共に、二人がサッと姿勢を下げた。と同時に巨大な斬撃が二人の背後から現われて、防護壁となった鞭に激突する!

「―フレアブレード!―フリーズアロー!フリーズアロー!」

間髪入れず、斬撃と寸分違わぬ位置に着弾する魔法。それでもなお、鞭は傷つくことなく立ちはだかっていた。

「ふふ、甘かっ…」

「っしゃああ!」

ギギギ……ィィン

ぼっ!と氷結のもやから飛び出してきたカロルス様に、女が目を見開いた。一体何回切ったのか、音ですら判別のつかない神速の剣が、最初の斬撃と全く同じ位置を執拗に攻撃する。

パキキ…パキキィ……ついに鞭から悲鳴があがり、脆く亀裂が入った。

「せえぇぇいっ!!」

それでもなお振りかぶられた鞭に、エリーシャ様の渾身の回し蹴りが炸裂する。

パキョッ…パキィ…ン…!!


およそ鞭とはほど遠い破壊音と共に、鋼の防護壁が一部崩れ去った。

「―フレアバレット!」

こじ開けられた空間に灼熱の弾丸が撃ち込まれる。

「こっ…の!!」

女がぶわりと金色の光を纏うと、弾丸が次々と弾かれていく。

「ちぃ!シールドか?!」

灼熱の弾丸はドドドッと金色のシールドに着弾するものの、もうもうと煙を上げることしかできなかった。

「詰めが甘いわよ」

怒濤のラッシュを耐えきった女が、ゆっくりと口の端を上げた。

「そのまま、お返しします!」

弾丸による煙をかき分け現われたのは、白く華奢な足。

「っ?!」

パ…キィ……ン!

全身を使った大ぶりの回し蹴り。純粋な物理攻撃が、魔力のシールドを破壊する…!

蹴り足の遠心力のまま、思い切り回転しつつ上体を起こしたマリーさんが、勢いのままに伸び上がって…

ドガァッ!!

激烈なアッパーカットを決めた。

常人なら木っ端微塵になるほどの威力が込められた一撃。まともに食らわせながら、カロルス様たちは微塵も油断せず、吹っ飛んだ女の行方を追った。


「おいおい…ドラゴン相手の攻撃だぞ…」

ガラガラと崩れ落ちる壁の中、果たして女はふらりと立ち上がった。

「…これ以上損傷するわけにはいきません。で今回の手打ちとしましょう!レミール!」

「っはは!!」

突如オレの間近に聞こえた男の笑い声。振り返るよりも速く、背後からオレを覆い尽くす膨大な鞭の槍が到来した。

オレを呼ぶ、みんなの悲鳴。ラピスが必死に迎撃しようとするのが見える。少しでも避けようと捻った体に合わせ、軌道を変える鞭。ついにモモのシールドを抜けたそれは、随分とゆっくり見えるのに…比例してオレの体もゆっくりと動いた。眼前に迫った槍を、どうすることもできずに睨み付ける。

ぐいっ…と強い力で首根っこを引っ張られた、と思ったら、スローモーションだった世界が一気に元の時間を取り戻した。

ズドドドド!!

引っ張られて浮いたオレの足を掠めて、次々と地面をえぐり込んだ鞭。オレの背中を冷たい汗が流れる。

「……」

片手にオレをぶら下げるのは、突如その場に現われた新たな男。鞭を振るった男には見向きもせずに、金色の瞳で女の方を見つめた。


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