第205話 なんということでしょう

「……ふいー…家の中の掃除だけなら…父ちゃんとやる大掃除と変わらねえもんな!こんなもんだろ…。オレが足を引っ張ってんだから…頑張らねーとな!」

タクトは案外真剣に考えていたようだ。ざっとホコリを除いて、水拭きを終えて一息ついた。家具は概ね撤去されているので、室内の清掃はさほど時間を要しなかった。…なぜか一部、水浸しになった部屋があったくらいで。

「そういえばラキのやつ、ユータの様子を見に行くって…何やってんだ?」

そう言えば途中からラキは出て行ったきりな気がする。サボってはいないだろう…オレじゃあるまいし。

綺麗になった室内に満足して、タクトは二人と合流しようと玄関へ向かった。


「な…なんじゃこりゃ!?」


「あっ…タクト…。」

「ハッ?!…僕は一体何を…。」

「……お前ら…何やってんの…?!」

…おかしいな…俺たちが来たとき、確かそこには荒れた庭があったと思うんだけど?


「「え…?え、えへへ……。」」

ユータとラキが目をそらして笑った。

いや、えへへじゃねえよ!なんだよそのプチ宮殿の庭みてえなの!!

タクトの目の前に広がっていたのは、美しく整備された敷石が優美な曲線を描いて庭を横ぎり、その小道の脇にはやたらと手の込んだ小ぶりの石像、幾何学的なデザインで組まれた花壇は、花こそないものの、それだけで美しい。片隅にはベンチとテーブルまでセッティングされている…。

「……一般平民の家だったじゃねえか…。これどこの貴族家だよ…」

「だって……」

お互いをちらりと伺う二人。あーどうせアレだろ、ユータがやらかして、ラキが注意しに行ったものの、加工師の腕がうずいたってヤツね。

「どーすんだこれ……。」



「あ、あのー…ジョージさん?」

「あらっお帰り!お掃除大変だったかしら?」

「そのことなんだけど~…」

「えっとね、割れてる石とかあったから、色々と新しくしちゃったんだけど…前の庭と変わったら怒られる…?」

「で、でもさ、前の庭よりグレードアップしてるぜ?!」

ジョージさんはうーんと難しい顔をした。

「あれは売るものだから…新しくなってるなら文句は言われないと思うけど、勝手に交換しても追加の報酬はもらえないと思うわよ?その分損になっちゃうわ。」

「そ、そんなのいいよ~加工師として見逃せなかっただけ~!」

「ははーん…なるほどね、ラキくんが張り切って色々サービスしちゃった感じ?」

「ぼ、僕だけじゃないよ!ユータもだよ~!」

「えっと…オレもやったけど敷石とか壁とか目立たない所だもん!」

必死に言い訳するオレたちに、ジョージさんは微笑ましそうな顔をした。

「まあ、前より良くなっていれば文句は言われないし、仮登録者向けに出された格安依頼だもの、ある程度は許容してもらうよう言ってあるはずだから!」

それを聞いてホッとするオレたち。プチ貴族のおうちとなったアレ、売れるかなぁ…前より豪華にはなったと思うけど…。

早々にお掃除は終わったけど、あんまり早すぎるのも怪しまれるだろうと、オレたちは他の依頼をこなしつつ、5日後に報告することにした。


「いいなーユータ、シロすげー優秀!うちのエビビもなんか得意なことないかなぁ…。エビビ、何もできないんだよな…」

そりゃそうでしょう…エビだもの…。エビビも異議あり!と言いたげにピチピチ!と持ち運び水槽から音がした。最近のエビビはこうやって自己主張するようになってきた…なかなかたくましいエビだ。

今日はシロに二人乗りして、失せ物探しの依頼をクリアしてきたんだ。シロがいればこういう依頼は一発だ。街中にさえあればすぐにクリアできる。3人に共通して必要だった項目は早々に終わったので、あとはラキ&タクト、オレ&タクトペアでそれぞれ依頼をこなしているところだ。

『ぼく、優秀!?タクトありがとう!ユータ、ぼく優秀だって!!嬉しいねー!!』

「うあっ?とっ!ちょっ…シロ!」

ぴょんぴょん跳ねるシロの背で、慣れないタクトはシェイクされている。ふっ…まだまだ甘いね…シロ騎乗スキルMAXなオレには到底及ばないよ…。なんせ垂直の壁を駆け上ったり、特大跳躍したり…絶叫マシンも白目を剥くレベルのアクロバットをやってのけるからね…オレを乗っけたままで。


「あ、おかえり~!…タクト、大丈夫~?」

哀れなタクトを乗っけたままギルドに入ると、中でラキが待ってくれていた。そう、今日はあの日から5日後、ドキドキの報告日だ。

依頼書を持って、教えられた家主さんのところまで行くと、結果を確認してもらう。


「…仮登録の子供ってこんな小さな子供なんですかい…こりゃあちょっと…困りましたなぁ。」

家主さんがオレたちを見て渋い顔をする。

「はい、でも仕事はきちんとやりましたので、どうぞご覧ください~!」

ラキ、カッコいい!さすがリーダー!家主さんも、やや不満顔のまま、それ以上は言わず、皆で売家に向かった。門をくぐって広がったそのきらびやかな光景…。

…なんということでしょう!あの荒れ果てた庭が、まるで貴族の庭園のように…

そんなナレーションがオレの頭に響く。

「ど、どうですか~?前よりよくなった…でしょう??」

……家主さんは、中々再起動してくれなかった。



「わあ…こんなに?」

「依頼料はもっと少なかったはずだよ~?」

「すげー!」

なんとか売り家のお掃除も、無事に依頼達成となったので、報酬を受け取った。でも、その額はもはや倍額に近い…。

「こっちが聞きたいわ!どうしてこんなに??家主さん、ホクホク顔だったわよ?どんな風になったのかしら…。よっぽど綺麗にお掃除できたのね。」

ジョージさんには不思議がられたけど、お掃除が得意な3人ってことにしておいて!もうビフォーアフター…じゃなくて家のお掃除依頼は受けないことにしたから!


「思いがけない高収入だね~!」

「依頼料安いとは言え、結構貯まってきたね!」

「どうする?もうすぐ本登録できそうだしさー、ここらでパーティ用のグッズ、買いに行かねえ?」

それもいいね~!ただ、なんだか本登録できる雰囲気だけど…試験があるはずで…それは大丈夫なんだろうか…。

「ユータはまず大丈夫でしょ~!でも、目立ちたくないなら、上手に加減しなきゃいけないと思うけど~」

「だってFランク用の試験だぜ?楽勝だろ!」

二人が言うには、そんな難しいものではないらしい。ある程度の読み書きができること、パーティなら誰かが読み書きできること、登録してある職業が虚偽ではないかどうか…そんな所らしい。何せ大人だったら何の問題も無く普通は登録できるみたいだからね。



「きゅっ!」

「わあ!ラピスー!おかえり!お疲れ様だったね!」

もうエリーシャ様たちもロクサレン領に入ったらしく、ラピスが一足先に戻ってきた。ちょくちょく報告に来てくれていたけど、随分久しぶりな気がする。

「王都はどうだった?道中も問題なかったかな?」

―王都は、人がいっぱいで、大きな建物もいっぱいあるの!楽しかったの!帰り道で盗賊が出たけど、エリーシャさんとしつじさんがいるの……ちょっと可哀想だったの。

そ、そう…盗賊さんたち、あの馬車を狙うなんて…チャレンジャーとしか言いようがないね…ご愁傷様です。


遠く離れた土地で頑張ってくれたラピスに、感謝をこめて丁寧なブラッシングをする。幻獣店で手に入れた、おもちゃみたいなブラシ。頭部分をブラッシングするたび、お耳がヒュイッとぺたんこになるのが面白い。もっふりしっぽは念入りにね…そうっとしっぽの先からほぐすようにブラシをかけていくと、ふわふわしっぽがさらにボリューミーになって、綿毛のように一際柔らかくなった。

「ラピス、ふわふわになったね~!気持ちいい!」

―ラピスも気持ちよかったの!

柔らかな手触りを楽しみながら、手のひらでころころとラピスを転がせて遊ぶと、ラピスはきゃっきゃと喜んだ。



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