第203話 強がりの寂しがり
こんな嫌なことばっかり言う人たち、全部吹っ飛ばしちゃえばいいのに…。ううん、全部はダメなの。あのうるさく言ってる人たちだけ、吹っ飛ばせばいいの。
謁見の間で騒ぐ大勢の人々を睥睨して、ラピスはやっぱりそう思ってしまうけれど、ユータはそれを嫌う。絶対にやるなとルーにも念を押されていた。
『人は人の中で生きる方がいい。あいつの繋がりを断つようなことをするな。』
あの日、わざわざ変化してまでやってきたルーの心中は、ラピスには分からない。そこまで気に掛ける存在がいて、どうして側にいないのか。
―でも、ルーが教えてくれなかったら、ユータが悲しむことになっていたかもしれないの。
―妖精を使え―
ルーはそう教えてくれた。ちっとも詳細を教えてはくれなかったけど、わざわざそう言いに来たから、ラピスはチル爺たちに相談した。
『なるほど、ユータは他種族と交わろうとしておるのですな…それは興味深い。この国の歴史の転換期になるじゃろう、我ら妖精が見届けるに相応しい場。喜んでお供致しますぞ。おそらく他の妖精も喜んで見守りに行くと思われますじゃ。じゃが、ワシらは手を出すことは致しません、あくまで助言に留めるのが習わしですじゃ…。』
―いいの、ルーは妖精がいればそれでいいって言ったの。
眼下では、王様に見つけられたチル爺たちが、エリーシャの元へ集っていく。ほのかな妖精の輝きも、これだけ集まれば眩しい光となる。
賛成派や、どっちつかずだった貴族達は感極まった面持ちでその光景を眺め、反対派は忌々しげに睨み付けた。
どうしてそれでいいのかはわからなかったけど……どうやら人間には分かったみたいなの。ざわめく謁見の間を見下ろし、ラピスはルーに感謝した。
* * * * *
「あのね、今王様にお話してるところなの。ラピスはうまくいきそうだって言ってたから…その…エルベル様たちにも、協力してもらわなきゃいけないこともあると思う…。」
ラピスからは、謁見は成功だと伝えられている。武力行使に出ることなく平穏無事に終わったと、そう聞いて心の底から安堵した。詳細はラピスでは分からないので、まだ不安ではあるけれど…。
大きなベッドに腰掛けたオレとエルベル様。いくら少数民族の王様だからって、ここまでくだけていていいのかと時々思うけど、友達なのだからそれでいいのだそう。それに、ここの人達は結構王様にもフランクだ。こんなゴージャスなお城に住んでいるけれど、案外村の村長さん的な立ち位置なんだろうか?
「ふむ、当然だな。外交に当たるのは誰にしよう?……お前は論外だ。」
「なぜです?!」
突然やり玉に挙げられ、ムッとするグンジョーさん。
「お前みたいな鉄面皮に行かれたら、上手くいくものも破談するわ!もっとにこにこして穏やかなヤツにしてくれ!」
「……まあにこやかでないのは確かですが。では、にこやかで穏やかで、鉄面皮でない、外界に詳しい者を選出しておきましょう。」
「ぜひ、そうしてくれ!」
フン、とケンカ腰の二人だけど、それこそ二人の信頼の証。グンジョーさんは随分雰囲気が柔らかくなった…と思う。なんだかんだ仲の良い二人に、オレはくすくす笑った。
「それで?お前はもうすぐ冒険者になるのか。そんな小さいのに侮られるのではないのか?フェンリルを連れていると、なぜ言わない?」
「もう仮登録したんだよ!2年生までにランクアップして本登録するのが目標なんだ!侮られるのは仕方ないよ、だって本当に経験はないんだし。オレは目立ちたくないの…今はまだ。」
「今は?いつなら目立っていいんだ?」
「しっかり実力が付いて、オレ自身やロクサレン家の人も守れるぐらいになったら!」
エルベル様は、はんっと小馬鹿にしたように笑った。
「そりゃまた気の長い話だな。そいつらAランクだってお前言ってなかったか?お前が生きてるうちに達成しろよ。」
「す、するよ!それに……ちゃんとエルベル様も守ってあげるから。」
「ぐっ……な、生意気な。」
にっこりすると、エルベル様の白皙の美貌が朱に染まり、プイとそっぽを向く。この王様は、どうにも思いやられるのに弱いので、すぐに照れてしまう。大人ぶった彼をからかうのはとても楽し……じゃなくて、やっぱりこう、みんながエルベル様をちゃんと好きなんだよって示していかないとね!彼は強がりの寂しがりだから!
「あら、エルベル様、私たちだって生意気にもエルベル様を守ってさしあげたいと思っているのですよ?」
「エルベル様のためなら火の中、水の中…ですわ。」
「う、うるさい…俺は守られねばならんほど弱くはない!」
侍従さんたちに追撃されて、ますます耳まで赤くなったエルベル様は、完全にオレたちに背中を向けてしまった。侍従さんたちはニヨニヨとしながら、オレにグッジョブ!と親指を立てた。
背中を向いてしまったエルベル様だけど…うふふ…いいのかな?オレは秘密兵器を持ってきてあるんだけどな?
「…エルベル様、怒っちゃった?せっかく美味しいの持ってきたんだけど…仕方ないなあ。」
ピクッとエルベル様の肩が反応する。ここぞとばかりに収納から取り出したのは、ほかほかと湯気を立てる焼きおにぎり!そう…オレはついに手に入れたんだ!!お米を!!
そもそもお酒用に栽培されていたお米で、日本で普段食べていた美味しいお米とは比べられないけど、それでも麦よりも雑穀よりもずっと美味しく、懐かしかった。
ふわっと漂う香ばしい醤油の香りに、エルベル様がそわそわ、チラチラと肩ごしにこちらを見ている。あれー?まだ振り返らないかなぁ?大きなお盆に載せられた、小さめの焼きおにぎり。食欲をそそる香りに、室内全員の視線が集まった。大丈夫、みんなの分あるから!
「じゃあ、皆さんでどうぞ~。」
大きなお盆を、ことんとサイドテーブルに置いた瞬間、ガッと方々から伸びる手!
「まあっ!どうもご丁寧にっ!」
「そんな、よろしいのにっ!」
「わざわざすみませんねえっ!」
おおぅ…さすがヴァンパイア…みんな速い上に、ぶつかりあう手は、まるで鈍器で叩くような激しい音がする。
オレ、潰されちゃう…。じりじりとお尻で下がったら、こつんと背中がぶつかった。
「……」
恨めしげな視線でこちらを見つめる紅玉の瞳。どうやら意地を張っていて争奪戦に乗り遅れたようだ。
「あららぁ!美味しい!ぱりっとした外側が、なんて香ばしいのかしら!」
「本当ですね…外側の香ばしさといい、中のふっくらと柔らかな食感といい…シンプルなのにやみつきになりそうです!」
追い打ちをかけるかのような、ヴァンパイアさん達のグルメレポートに、エルベル様がずいっとオレに迫った。
「……俺のは?」
ぶすっとむくれたそのお顔は、まさに年相応の少年だ。
「ふふっ…じゃあ、エルベル様はこれをどうぞ?」
醤油と味噌、2種類のたれで焼いた焼きおにぎり一つずつ。曲がりなりにも王様に献上する焼きおにぎりだもんね、ちゃんと別皿に綺麗に盛り付けてありますよー!途端にほころんだ顔に、どこかシロやチュー助を思い出してしまった。
大切そうに両手でおにぎりを持って、あーんと大きなお口でかじりつくエルベル様にほっこりしながら、ふと気付いて覗き込む。
「…なんだ。」
ぐいっと肩を入れて自分の皿を隠す様子に、思わずくすくす笑った。大丈夫、取らないよ!
「牙、ちゃんとあるね。」
「……お前、なんだろ。」
ほっぺにごはん粒をくっつけたまま、少しふて腐れたような言葉に、ギクリとした。
「そっ…な、なななんでオレなの?ちちち違うよ!」
エルベル様は呆れた顔で目を細めると、米粒のついた手指をぺろっと舐めて、そうしておいてもいい、と呟いた。
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