第183話 白山さん
『ゆーた、ゆーた、泣いてるの?泣かないで!ごめん……守れなくてごめんね…。ぼく、ぼく…間に合わなかった……。一生懸命走ったけど…間に合わなかったの…ごめんね…。』
素直に感情を伝える水色の瞳が、深い悲しみと後悔に揺れた。
オレは、きっと必死に向かう白山さんの目の前で土砂に飲まれた。命を捨てて助けようとした白山さんにとって、それはどれほど残酷な仕打ちだったろうか…。
「違うっ!ダメだよ、オレが…謝ろうって…。謝るのはオレなの!ごめん!本当にごめんね…君は死ななくてよかったはずだったのに…!まだ子どもだったのに…!!オレのせいで!」
『どうしてゆーたが謝るの?ゆーた悪いことしたの?』
心底不思議そうな顔で首を傾げる白山さん。
ふと、きょとんとすると少し離れてしげしげとオレを眺めた。
『ゆーた、小さい?ぼくより小さくなったの?気配は大きくなったのに、身体が縮んじゃったの?』
『ゆうたは子どもになったのよ!ふふっ!久しぶりね!』
『あっ!亀…ぶふっ!?』
モモが柔らかアッパーカットを食らわせる。
『私の名前はモモだから!間違えないでちょうだい!!』
それを聞いた白山さんが驚愕に目を見開くと、オレに詰め寄った。足をそわそわとさせながら鼻先でつんつんする。
『ぼくは?ぼくは?ぼくも新しいお名前もらえるの?!』
期待に満ちたきらきらした瞳。
そうだね、モモだけ名前をつけたらきっとみんなうらやましがるから、みんなに新しい名前考えなきゃ。
「うん、新しい名前考えよっか!白山さんはこっちに来てもそんなに姿が変わらないんだね。大きな白銀の犬だから……シロでどう?」
『うんっ!ありがとう!ぼく、シロ!ねえ、か…モモ!ぼくシロだよ!!』
『そう…良かったわね…あなたがそれでいいならいいわよ…。』
わーいと喜んで駆け回るシロにほっこりする。姿が大きくなってもまだ子どもだね。シロはあの時まだ一歳半だったんだ。犬の一歳半だから、もう子どもって言えないかもしれないけど…でもシロはいつも全力で、無邪気で、いかにも子どもっぽく思えたんだ。今やオレの方が子どもに見えるね。
「きゅ!」
「ピ!」
『おう!新入り!俺様は忠介!よろしく頼むぜ!』
シロとチュー助どっちが新入りなんだか…。
ラピスは管狐たちを一匹一匹紹介しているようだ。シロは嬉しそうにしっぽを振りながら律儀に挨拶している。
「シロ、これがルーだよ!神獣っていうえらい人なんだよ。」
『うんっ!ゆーたの中でちゃんと知ってたよ!ルーありがと!よろしくね!!』
ぶんぶんしっぽを振って大きなルーに飛びつく大きな獣。さすがにルーと比べると小さいけど、シロもそこらの犬サイズではない。セントバーナードも真っ青な大きさだ。
ルーはぴょんぴょん飛びついてくるシロに、至極迷惑そうな顔で立ち上がって尻尾でガードする。
ぴしり、ぴしりとしっぽではね除けられながら、シロは嬉しそうだ。シロってやつはああ見えて物事の本質を見抜く目をもっている。ルーが本気で嫌っていないと分かってるんだ。
「まるで犬だな…鬱陶しい、構うな!神狼フェンリルが聞いて呆れる。」
「神狼…オオカミなの?大きな犬じゃないの?」
「犬じゃねー。お前…神狼なんてそんじょそこらでお目にかかれるモノじゃねーぞ。」
『フェフェフェフェフェンリル…?!主やべえ!俺様の主は世界イチぃ!!シロさんパねえッス!よろしくッス!』
…どうやらシロも普通の犬としては来なかったみたいだ。でもシロはいかにも犬っぽい優しく親しげなオーラをまとっているから、誰もそのフェンリルとやらなんて思うまい…きっと大丈夫だ。魔力消費が多かったのもそのせいかな…?魔力保管庫は残り三分の一ほど。次の召喚では満タンにしてから臨もう。あと、魔力消費に耐えられるようオレ自身の訓練も必要だ。
『ゆーた、遊ぼう!ぼくに乗って!ほら早く早く!』
ぐいぐいと鼻先で押してくるシロ。乗るって…シロに?躊躇っていたらぺたんと伏せて急かしてくる。そわそわする前肢にくすりとして、オレは言われるままに跨がった。
『出発!』
「うわわわ!」
元気に立ち上がったシロに思わずしがみついたら、ぐんっと走り出す。ルーである程度慣れてるとはいえ…速い!
シロはさすがにルーみたいに騎乗者に優しい心配りはできないので、自らシールドを張って体勢を整える。びゅんびゅんと流れる景色に目が回りそうだ。
「わあ…シロ、速いね!すごいよ!」
『うん!ぼく、速くなりたかったの。これならね、間に合うと思うんだ!ぼく、速くて強くなるからね…今度はゆーたを助け出せるように!』
「……シロ…ううん、今度はね、オレがみんなを守れるようになるんだ。」
『じゃあ、一緒だね!ぼく、嬉しい!楽しいね-!』
シロの溢れる喜びが伝わって、オレの心を温めた。君はいつでも太陽みたいに真っ直ぐで、温かい。変わらないシロを感じて、思わずさらさらの毛並みに顔を埋めた。
* * * * *
忘れないうちにロクサレン家に紹介しておこうと、あの後すぐにフェアリーサークルで館を訪れた。
ちなみに、モモが魂をオレに渡してるのを知って、「ずるい!」と一言、シロも当然のようにオレに魂を預けてしまった。面白がってオレから出たり入ったりする大きな狼は、なかなか衝撃映像だ。オレより圧倒的に大きいのにそんなことできるんだね。
「……。なあ…それ、犬だよな?まさか…いやいや、犬だ、これは。」
「……。」
にこにこお座りしてしっぽを振るシロ。いやいや、と何度もシロを見ては首を振るカロルス様、額に手を当てる執事さん。
「まあ!なんってかわいいの!」
「ええ!美しく気高いその姿!優しい瞳!麗しい!」
「えーと…まあ、なんていうか…かわいい顔してるから…分からないんじゃないかな?多分…。」
女性陣は『会えて嬉しい!』と全力で伝えるきらきらした瞳に魅了されたようだ。
「かわいいでしょう?シロっていうの、大きいけどとても優しくて懐っこい子だから大丈夫なんだよ。」
「ウォウ!…グル…ルル…。」
シロがお話できないことにもどかしそうな様子を見せる。ひとしきり何か表現しようと、首を捻ったかと思うと、ばっと前を見つめた。
『あのね…ぼく、シロ!聞こえる?繋がったでしょ?聞こえるでしょ?おはなし!お話できるよ!』
ちぎれんばかりに振られたしっぽ、にこーっと輝く笑顔を向けるシロ。
そして目を見開いたカロルス様たち……もしかして、シロの声が聞こえるの?
「なっ……念話?!くそ…間違いなくフェンリルじゃねえか!」
「これほどハッキリと意思をもっているとは…。もはや魔物とは言えませんね…。」
「…くっ……かわいい。」
セデス兄さんはなぜか四つん這いになって敗者のポーズをとっている。そして案の定女性陣はシロのハッピーオーラにノックアウトされていた。
カロルス様、すごいな…やっぱりバレちゃったみたいだ。
「うん…犬だと思ったんだけど……ルーはフェンリルだっていうの。」
「そうだな!なんか神々しいもんな!!俺の本能が強者だってビンビン言ってるからな!!」
「どうして普通の召喚獣を喚ばないのです…。フェンリルを喚べるなど…。」
「でもシロはフェンリルって言ってもまだ子どもだし…。かわいいからみんな犬だと思うんじゃない?」
「子どもでも赤ちゃんでもフェンリルを喚ぶとかあり得ないからね?!…確かにかわいいけど。」
「連れて歩いたらバレちゃう…?」
「……あー、まあAランクにはバレるだろうな。気配が違う。でもま、Aランクにバレても構いやしねえよ、ちょっかい出してきたりしねえだろうからな。Bあたりだとどうだろうなあ…分かるヤツには分かるだろう。C以下ならそうそうバレんだろうし、まさかフェンリル連れてるとは思わんから誤魔化せるだろうな。」
そっか…良かった。せっかく一緒にいられるのに外に出てこられないなんて可哀想だもんね。
『うんっ!ぼくは犬だよ!ただの犬!ゆーたと一緒にいられる?やったやった-!』
大きな図体でぴょんぴょんするシロに、カロルス様たちも思わず苦笑する。
「……見事に犬っぽいな。大丈夫だろ……念話しなけりゃな!」
『分かった!知らない人にはおはなししないよ!わぁい!』
はしゃいだシロが、オレに飛び込むと、ぴょーんと再び飛び出した。
「なッ?!お、お前…………!!??」
久々に見る、お口あんぐりのお顔。
「………それは絶ッッッ対人前でやるなよ!!??」
…ですよねー。
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