第163話 時に強引に
「……こちらでよろしいですか?」
ナーラさんは涙を拭いて微笑んだ。辺りはすっかり暗くなってきて、粗末な村の家に灯りがついている。村の門まで送って貰ったら、あとは自分で帰るんだ。館に黒いもやで転移して攻撃でもされたら大変だからね。
「うん、ありがとう。エルベル様によろしくね、オレまたそっちに行きたいって伝えてね?じゃあ…ナーラさん、またね!」
「……ええ、ええ。ありがとう…ございました…!」
ナーラさんは哀しい顔でぎゅうっと俺を抱きしめた後、黒いもやになって消えてしまった。
* * * * *
暗くなる外を見やってため息をつく。執務室には重い空気が漂っていた。
手を取って励まし合うエリーシャとマリー。
窓際で外を見つめるスモーク。
目を閉じてソファーに体を預けるセデス。
片時も目を離すまいと指輪を見つめるグレイ。
俺は何度目かのため息をついた。見つめる先で、アリスは普段と変わらず寛いでいる。
「なあアリス、無事なのは分かってる…分かってるんだが……もうこんな時間だ、せめてもう一度連絡をとってくれないか…?」
アリスは仕方の無い人だなぁと言いたげな目でこちらを見ると、ぴくりと耳を動かしてあらぬ方を向いた。そしてそそくさと部屋の中央を向いてちょこんとお座りする。もさもさと落ち着きなく揺れるしっぽは、何を意味しているのだろうか。
「…アリス?」
その時、カッと目を見開いたグレイが叫ぶ。
「!!カロルス様!反応が強くなりました!これなら…!」
「どこだ!俺に言え!!反応があるうちに向かってやる!」
グレイの言葉にスモークが勢い込む。
「それが…。」
「早く言え!また反応が途切れたら困るだろうが!」
「グレイ、どうした?!」
「いえ、どうやら本当に心配はいらないようで。」
「ただいま~!」
部屋の中央に柔らかな光と共に、呑気な声が聞こえた。
「きゅー!」
「アリス、ただいま!チュー助の面倒ありがとうね。」
「………。」
きゃっきゃと戯れる二人(?)に、無言で近づいたスモークが、ゴツン!と容赦ないげんこつをお見舞いした。そしてすぐさまどこかへ消えてしまう。いやーあいつも人の心配するようになったんだな、成長だな。
「いったぁー……なんで…??」
「なんでじゃない!ユータ、そこになおれ!」
珍しく怒ったセデスがくどくどとお説教を始めた。エリーシャとマリーはと言うと……。
幸せそうな顔で床に伸びている。あの姿は刺激が強かったらしい。
「それで、ユータお前、その格好はなんだ?一体どこに行っていた??」
セデスのお説教が一段落した頃を見計らって声を掛ける。
ユータの衣装は見たことのない豪奢なものだ。まるでどこぞの王子様のようなその姿は、エリーシャ達を一発KOしてしまう破壊力がある。
「え?格好……あ!しまった、これ着て帰って来ちゃった!」
「お前、その衣装随分高価なものだろう?まさか、勝手に着て帰ったのか?」
「違うよ!どうしてもって着せられたんだよ。格好いいでしょう?なんでも持って帰れって言ってたし、これ着る人もいないから、多分持って帰って大丈夫だと思うけど。」
「どういうことだ……?お前、本当にどこに行っていた?何があった??」
「えーと、お城、かな?」
「「「「…は?」」」」
「えーとね、カロルス様、オレ王様の友達ができたんだよ!」
「「「「は?!」」」」
大いに混乱しつつ、ああ、そう言えばこいつといるとこんなことばっかりだったと、頭の片隅で思い出す。
いやいやそうじゃなくてな…。
…王……?はぁ?!
…お前は確か学校から家に帰るだけのはずだったな?!一体どこに王様なんか転がってたんだ…?!
疑問しかないオレ達の心中などつゆ知らず、ユータは嬉しそうににっこり笑った。
* * * * *
「ふー……。」
いつものように午前の執務兼勉強を終えて部屋に戻ると、豪華な上着を放り投げてどさりとベッドに腰掛ける。肩の力を抜いてリラックスすると、無意識に右手が口元へ上がった。
『そんなに触っているとまたぽろっと落ちてしまいますよ!』なんて言われるが、今でもやっぱり信じられない気持ちに負けて、ついつい触れるのが癖になってしまった。それにぽろっと落ちるぐらい…また生えてくるんだから。
グンジョーは俺の牙がまたなくなってしまうのではと、気が気でないようだ。奴は、あれ以来少し…表情の変化が大きくなった。もう鉄面皮とは言えないかな。
この奇跡は、やっぱりあいつだろうか?以前みたいに、奇跡の技で俺の牙を戻してくれたんだろうか?
薄暗い室内で、大きなベッドにごろりと横になると、どうしても考えてしまう。
もうこのまま寝てしまおうか。時刻は真昼のはずだけど、隠れ里はいつでも薄暗い。
ぼんやりと天井を眺めながら、また牙に手をやって苦笑する。牙に触れるたびに浮かべてしまう面影…結局、忘れられないのだろうか。
あいつは最後まで俺を助けていったのか…やっぱり、やっぱり女神様だったんじゃ…?いやいや、男なんだから…神様?
「ははっ…ミソシル作る神様か。ガラじゃないな。」
あの不思議な濁ったスープはミソシルって言うらしい。最初はしょっぱいスープだと思ったけど、じんわりと美味かったよ。今ではレシピを教わった料理人が張り切って作ってくれるんだ。あの時の美味さには及ばないが、素朴な味は俺を落ち着かせる。あの柔らかい魚や鳥も美味かったな……そういえば菓子も作ると言っていた、さぞかし美味い物を作るんだろう。
『美味しいお菓子持ってくるからね、一緒にお外で食べようね。』
ぐっと喉が詰まった。ダメだな、つい、思い出してしまって…一人でいるとガキに戻っちまう。
俺が王の務めを終えたら、会いに行ってもいいだろうか…。ふと浮かんだ考えに自嘲する。あいつはヒトの子、生きている時間はほんのわずかだ。だから指輪を渡したのに…血族にならないなんて、本当に思い通りにいかないヤツだ。
一時の夢は楽しかったぞ。綺麗な場所に美味い菓子、ここから俺を連れ出してくれるんだろう?最高だな、その言葉。わずかに彩りの戻った世界は、あいつのおかげ。お前はあと何年生きている?せめてその間は立派な王をやってみせようじゃないか。
ぐっと顔を引き締めたとき、天井にふわりと光が灯った。
「うん…?」
半身を起こして目をすがめる俺の真上、光の中から突如現われたのは……黒い髪、黒い瞳。
「あっ…エルベル様-!」
「…はっ?!」
どさりと落ちてくる体をキャッチしてまじまじと見つめた。混乱する頭を必死に働かせて状況を確認しようとして、虚しく失敗する。
これは…何?一体何がどうなった??
「あ、え……??お前、なんで?どうやって……??」
「戻ってくるって言ったでしょ?一緒に色々遊ぼうねって言ったでしょ?」
「いや…だって…!?」
「エルベル様、オレの名前も聞かなかったもん。絶対呼びに来ないって思ったの。現に今まで来なかったし。」
「そ…れは…。」
思わず視線を逸らそうとした俺を許さず、温かい小さな手は、あの時みたいに両頬を支えて、ぴたりと視線を合わせた。優しいとばかり思っていた瞳。星を浮かべたその漆黒の瞳は、なんて強い光を宿すのだろう。
「…だから、オレがここに来るよ。ねえ、エルベル様はどこに行きたい?何がしたい?オレがここから連れ出してあげる!ねえ…一緒に、行くよね?」
「!!」
にっこりと微笑んで差し出される小さな手。
…その言葉はずるいじゃないか。俺がこんなに人前で泣くなんて。こんなにしゃくりあげて泣くことがあるなんて。
「……っく…なんだよ…なんだよそれ……プロポーズかよ……。お…俺はっ…姫かよ…。」
俺よりお前の方が強引じゃないか。俺よりカッコイイじゃないか。なんだよそれ。
一瞬きょとんとしたあいつが、まぶしいほどの笑顔になった。
「『―とらわれのエルベル様、オレがあなたの友となろう。生涯かけてあなたを守り、支えよう。そして、決して裏切りはしないとここに誓う。さあ、私の手を取って。』」
……話すこともできずに泣きじゃくる俺は、もうその手を取るしかなかった。
ふわりと柔らかな光が俺を包む。
一生懸命涙を拭うのに、後から後から溢れて…馬鹿みたいに泣く俺は、まるで本当にお話の中の姫だ…カッコ悪いな。知っているとも、それは昔に読んだ絵本の一節。『友』ではなく『騎士』だったと思うが。
俺が欲しかった言葉を全て載せて、思い切り突き刺してきたそいつは、光の中で少しいたずらっぽく微笑んだ。
「オレはユータって言うんだよ。これでもう忘れられないね?」
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