第159話 エルベル様
静かな街中にわんわんとオレの声が響く。
「ど、どうされました?!」
血相を変えた美人さんがオレの前にしゃがみ込み、ぺたぺたと全身を確認する。
「ご、ごめんなさい、大丈夫、大丈夫!えーっと……さっきまでお昼だったのに夜になってるからビックリしただけ。」
どんだけ気付くまでにタイムラグあるんだよ!?と思ったけど他に言い訳が思いつかなかったもので。ここは鈍感な幼児のふりして乗り切るしかないのだ!
て…てへ、と精一杯の幼児スマイルを披露すると、美人さんはホッと表情を緩めて再びふわりとオレを抱きしめた。
「そうですね、急なことですものビックリされるはずです。美しき街並みを見ていただこうと思ったのですが、人の子には穏やかな暗闇を嫌う者もいると聞きます、配慮が足りませんでした…。」
ふわっと漂う黒いもや。
「すぐに城内へお連れします。そちらでゆっくり寛がれるのが良いでしょう。」
もやの中で、女性の声はなんだかエコーがかかったようにダブって聞こえた。
城内と思しき一室に転移すると、あれよあれよと人が集まり、まるで王様のような扱いだ。心地いいソファーに身を預け、美味しいおやつを頂きながらオレは困っている。
エルベル様っていうのはあからさまにお偉いさんだろう。勝手に出て行って会いに行こうものなら処刑もあり得ると思われる。ここで呼ばれるのを待つしかない。
まさか初ダンジョンがこんなイレギュラーだとは…。ダンジョンって住めるんだなぁ…魔物が出てきたりはしないんだろうか?城内は重厚な雰囲気が漂い、とてもダンジョン内だとは思えない…まあダンジョンに行ったことはないんだけど。
「宮様、どうしてもお召し替えされませんか…?こちら、最高級の布地でつくられた、とても心地よいものですよ…?」
悲しげな侍従さんだけど……着ないってば。
「オレはドレスなんて着ないよ!でも謁見?に失礼があるならちゃんと男物の礼服なら着るよ?」
「左様ですか…どうしても男性のお召し物がよろしいのですね?」
「当たり前だよ!」
そんな切ない目をしてもドレスは着ません!
「仕方ありません……。」
ちらりと他の侍従さんに目配せすると、別の衣装を持ってこさせた。
「今は城に小さなサイズを着る者がおりませんからね、宮様がお好きなデザインがあればお持ちしますよ?」
いくつか抱えてきた衣装はどれもオレの身長に合う子どもサイズ。お城に子どもはいないのか…お古なんだったら気兼ねなく拝借できるね。
「みんな大きくなっちゃったの?オレが着ていいの?」
「…ええ、先を見越して作っていたものが、必要なくなってしまって。」
「わあ~カッコイイ!!」
着せ替え人形は嫌だったのでとりあえずあんまりゴテゴテしていないものに決めてしまう。黒を基調として銀の装飾が入った重厚な美しい衣装。マントみたいなものもついている。目をきらきらさせて喜ぶオレに、ホッとした様子の侍従さんたち。手伝おうとするのを頑なにお断りして出て行っていただいた。
うーん、お断りしたものの…これややこしいな…。四苦八苦しながらなんとか衣装を着て、この隙に連絡をとる。
「ラピス、チュー助、もう馬車の集合時間になっちゃう。みんな心配すると思うから伝言届けてくれる?
」
そのまま伝えたら余計に心配されるだろうから、適当に誤魔化して伝言する。ごめんねタクト、一緒に行こうって言ってたのに。
「あと、誤解を解いたらすぐ帰るつもりだけど、これから謁見やら何やらで連絡できないかもしれないから、万が一タクトが先にヤクス村に着いちゃうようだったら、カロルス様にも伝言してくれる?頼んだよ、チュー助にしかできない重要任務だよ?」
面倒そうな顔をしたチュー助を持ち上げておいて、ラピスに後を頼んだ。
「オレ、カッコイイ!王子様みたいだ!」
鏡の前でくるくるすると、マントがひらひらしてとても楽しい。もうちょっと背が高かったらなぁ…残念ながら七五三みたいに見えるのがなんとも惜しい。
「ピピッ!」
高価な布地は座り心地もいいらしく、肩のティアも満足そうに鳴いた。
鏡の前でポージングして楽しんでいたら、扉の前で待っていたらしい皆さんがしびれを切らしてノックしてきた。
「あっ、どうぞ。」
「失礼します。…まあ!素敵ですわ…!」
そう言いつつ適当に着た衣装はやっぱり着こなせていないらしく、あっちを引っ張りこっちを整え、美しく着付けて貰った。
「……ああ…お美しい…!!」
「エルベル様はなんと素晴らしい方をお選びになったのでしょう…!」
赤い瞳を潤ませて褒めてくれる侍従さんたち。雪白の肌は頬の紅潮をよく反映させた。そう、今のところ侍従さんはみんな白髪に赤い瞳の人ばかり。
「この艶やかな黒髪…美しい瞳。きっとエルベル様と並ばれたら対のように輝くのでしょうね!」
うっとりとオレの髪を梳かす侍従さんに、思い切って尋ねてみた。
「ねえ、どうしてみんな白い髪で赤い目なの?」
「うふふ、ヒトは様々な色がありますものね。私たちの種族は皆赤い瞳と白い髪をもっているのですよ。そしてヒトよりも随分強く美しいのです。もちろん、宮様は私共よりずっとお美しいですよ!」
そうなんだ…!白皮症とはまた違うんだな。こういう種族なら健康被害があるわけでもないんだろう。森人の先生みたいに高い魔力をもって生まれる種族なのかな?
「ねえ、エルベル様ってどんな人?」
「宮様はご存知でしょう?とてもとても美しくて強くて……寂しい方ですよ。ですから、私どもは宮様が来て下さったのが嬉しくて仕方ないんです。」
コン、コン。
「失礼します、エルベル様がお待ちです。準備はよろしいでしょうか?」
上品なノックに続いて落ち着いた低い声がかけられる。促しに応じて入ってきたのは、やはり白髪に赤い瞳の男性だ。白髪のせいで年齢不詳だが、おそらく30代あたりだろうか。すらりと背が高く、厳しさを感じるその視線は、仕事のデキる上司って感じだ。メガネをかけたら完璧だろうな。
「……そのご衣装は…?」
「どうしてもドレスは着ないとおっしゃられて…。」
「……そうですか。今回は謁見ではなく、エルベル様の自室にとの仰せですから…まあいいでしょう、致し方ありません。」
良かった、謁見じゃないんだ。オレは少しホッとして先に立って歩く男性の後についていく。
きょろきょろしながら豪華な廊下を歩いていると、ふいに立ち止まった男性の尻に激突した。
「ナーラから聞きました、宮様はエルベル様を覚えてらっしゃらないと。」
「は、はい!と、言うよりもオレは宮様ではないのです。それをご説明しようと思っています。」
ふう、とため息をついた男性が振り返り、しゃがみ込んだ。
「エルベル様はあの時何も説明できていないとおっしゃっていましたが…もしやこのことも?…あなたが我々の探していた宮様で間違いはないのです。あなたが覚えていなくとも、証拠が、ここに。」
そう言って男性は恭しくオレの小さな右手をとった。示された場所は、小指。
ここに何の証拠が…?首を傾げるオレに、男性は少し悲しげに瞳を曇らせた。
「思い出せませんか?あなたはここに指輪をはめたでしょう?血族の指輪を。あなたにはエルベル様の気配が残っております。」
血族の、指輪……?ごくごくうっすらと小指の付け根に残る、痣のようなもの。
「ここにはめた指輪って……あの、紅い指輪?」
翌朝確かにあったはずの指輪は、痣のような跡を残していつの間にか消えていた。どこでなくしたのかと必死に探したけどみつからなくて…。痣のような跡も、もうごくうっすらとしか残っていない。
「そうです、あなたに血族の守護を与える契りの指輪です。あなたはヒトの身でありながら闇夜の自由を得ているはずです。」
「……うん、オレ夜でも目が見えるよ。でも…あれはエルベル様じゃなくて……。」
バァン!!!
突き当たりの豪華なドアが豪快に開けられて、思わず飛び上がった。
「グンジョーーー!!俺まだ何も言ってないって言っただろ!!勝手に言うな!」
「しかし……。」
「覚えてるわけねーって!言ってねえし言えなかったし!!」
「……あなたは…本当に何の説明もなく契りを交わしたと?それは『交わした』とは言わないのでは?こんな幼子に一方的に押しつけたのですか?」
「うっ……だって、だって…あの時を逃したらダメだと思って…!間違ってなかったろうが!俺だって必死だったんだよ!」
もしかして…これがエルベル様?みんなと同じ、白い髪に紅い瞳、美しい、って言葉がよく似合う少年。そうだな…まだ10歳にならないくらいだろうか?
じいっと見つめる俺に気付いて、透き通るような頬がみるみる紅潮する。
「と、とにかく入れよ…。ちゃんと…説明するから…。」
ぷいっときびすを返したエルベル様は、部屋に引っ込んでいった。
「……お見苦しいところを。申し訳ありません、本当に色々と…説明をしていただかなくてはいけないようです。」
深いため息をついた男性が、オレを部屋へ促した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます