第158話 間違いなく巻き込まれているのでは

執務室になだれ込んだ面々、その視線がデスクに集中する。

デスクに置かれたアリス専用クッション……そこにいたのは……もふんもふんと尻で跳ねる大きなねずみ。


『おう、カロなんとかさん!』


軽い調子で上げられた手に、俺は今度こそ床にへたり込む。

アリスは…いるな。


「…忠介さんとおっしゃいましたか?どういうことか説明して…いただけますね?」

つかつかと歩み寄ったグレイが、ガッとねずみを掴んだ。

『あっ…怖いひ……うっ…締まってる、締まってるぅ-!!』

ぺんぺんぺんとおもちゃのような手で、グレイの固い手を叩くねずみ。


「はぁ…、ったく、とりあえずこれだけ聞かせて貰おう。ユータは無事か?問題ないのか?……離してやれ。」

泡を吹きそうになっていたねずみが、解放されてささっとアリスの後ろへまわった。

『乱暴!横暴!アリスの姉さん、やっちまえ!!』

「きゅ!」

ぽふんとしっぽではたかれたのはねずみの方。途端にしおしおと耳やしっぽがしおれていく。

『だって…あの人が…。』

ふう、とため息をついたアリスが、もふもふとしっぽでねずみを撫でた。

「きゅきゅ!」

『うん…うん…そう、俺様頼りになる、人と話せる精霊!俺様にしかできない重要任務!!俺様すごい精霊!!』

シャキーン!片手を腰に、もう片方をピンと天に向けた…なんだそのポーズ。とりあえずユータは無事だな…この様子だと。

『ユータはちょっと用があるらしくって知り合いの所にいるから心配しないでって!そのうち帰るから大丈夫って!…確かに伝えた、さらばだ!………アリス、ラピス呼んで!』


「きゅっ!」

アリスが一声鳴くと、ほどなくぽんっと現われたラピス。便利なやつらだ…。

「きゅう。」

心配するなと言いたげにじっと俺を見つめて一声鳴くと、光と共に消え去った。


「ユータちゃん…心配だけど、ラピスちゃん達もついてるもの…大丈夫だって言うなら…私、待つわ!!できる母親は子どもを信じて待てるものよ!」

「エリーシャ様!さすがです!マリーは、マリーは…!!」

「マリー!いいこと、子どもが大丈夫と言うときに行ってはダメなのよ!ますます離れて行ってしまうの…。」

「そんな…!?」

エリーシャの手には『我が子を親離れさせない10の方法』が抱えられている。どこでそんな怪しい本を…。どうやらラピスの落ち着いた様子を見て安心したようで、捜索隊を出さずにすみそうだ。




『今は行かないが呼ばれたらすぐに駆けつけられるように』とエリーシャとマリーは考えられる限りの準備をしておくそうだ。一体何に呼ばれるって言うんだ…今なら敵国が責めてきてもきっと大丈夫だな。


「ふう…ユータ、何してるんだろう。もしかして祖国の知り合いとかいたのかな?…また厄介ごとに巻き込まれてなきゃいいけど…。」

「これはもう間違いなく巻き込まれているのでは…?カロルス様、奥様方には刺激が強いので黙っていましたが…こちらを。ユータ様との繋がりが、大変薄いです。これを辿って行くことは…できません。」

「なんだと!?」

グレイが掲げた左小指の指輪は、魔力を通してなお、ほんのささやかな光しか灯らなかった。

対になった石の場所を示す、お守り。ユータは対になったネックレスを身につけているはずだ。


「いつからだ!?」

「発動させたのは馬車が到着し、ユータ様がいないと判明した時からです。その時から変化はありません。この状態で忠介さんもラピス殿も大丈夫だと言われております。……その言葉を信じる他ありませんね…。」

「…そうか。なあアリス、本当に大丈夫なんだな…?」

「きゅ!」

やれやれ、そう言いたげな表情でふわっと浮かぶと、アリスは俺の肩に乗って、小さな前肢で俺の頬をぺしぺしとやった。小さな肉球と小さな爪が当たる、軽い感触。

「お前は落ち着いているんだな…。」

ユータの状況を知っているからこその落ち着きだと、そう思えば少し心のざわつきが減るような気がした。

慰めるようにポンポンと頬に当てられるしっぽが、妙に心強く感じた。



* * * * *



「宮様、どうぞお召し物を。」

「宮様、こちら最高級の甘味です、どうぞ。」

「宮様、なんなりとご用を言い付け下さい。」


あー!もう!宮様じゃないって言ってるのにーー!!

ひらひらしたお召し物なんていらないから!ご用もありません!

……でもその甘味はいるかも。


ふかふかの椅子に座らされたオレに、あれやこれやと嬉しそうにお世話をやく侍従さんらしき人たち。目の前のテーブルには美味しそうな軽食が並べられている。

頑なに着替えようとしないオレに困った様子で、今度は髪を梳き丁寧にあちこちを拭われピカピカにされていく。


居心地はいい。おやつも美味しい。

オレは美味しいフルーツのコンポートみたいなものを頬張りながら、ため息をついた。





* * * * *


「あっという間だなぁ…あんなに早く移動できたら便利だな…。」

隠密さんから名前を聞き出すことに成功した後、遠ざかっていくスモークさんの気配をレーダーで辿っていたら、間近に人の気配を感じて振り返った。


「…見つけました……宮様!!」

オレの後ろで歓喜に震えるのは、きちっと全身を覆う衣装を着て、なおかつベールで顔を隠した背の高い女性。こんな目立つ人、今まで休憩所にいたかな?

「そんなお召し物で…おいたわしや、随分ご苦労おかけしたのですね…我らの発見が遅れたばかりに!」

どうもベール越しにオレを見つめて話している気がするのだけど。そっと周りを見回してもオレしかいない。


「あ、あのー…ごめんなさい、人違いだと思います……。」

こんなに喜んでいる人に水を差すのは気が引けたけど、勘違いさせたままだと余計にガッカリするだろう。

「いいえ!いいえ!!私がエルベル様の痕跡を間違うはずがありません。さあ、どうぞこちらへ… あなたは幼い、覚えていらっしゃらないのも無理はありません。」

そう言うと、鳥が翼を広げるようにふわっとオレの体を抱き締めた。途端に黒いもやに覆われて、真っ暗になる視界、そしてこの感じ…フェアリーサークルと同じ!転移?!

「えっ……なに?!どこ行くの?!」

「ご心配には及びません、安全な所へお連れ致します。みんな首を長くしてお待ちしておりますよ。」

どこまでも喜びに満ちた悪意のないその声に、振りほどくこともできずに困惑する。


(…ラピス?)

―大丈夫なの、ユータが戻りたかったらラピスが戻してあげるの。

ラピスの頼もしい声に安心して、黒いもやに身を任せた。とにかく、誤解を解かないとどうにもならないだろう。


ややあって黒いもやがかき消すように消え、わずかな浮遊感も消えた。

「さあ、着きましたよ、御加減はいかがですか?」


どうやら街の一角、路地裏のようだけど、人は見当たらない。


「大丈夫だけど…ここはどこ?それとね、申し訳ないけどオレは宮様じゃないの。」

「うふふ、覚えてらっしゃらないのですから、そう思うのも仕方ありませんよ。でも、エルベル様はあなたを覚えておいでです。これから最高の生活があなたを待っていますからね。」


艶然と微笑んだのは、びっくりするぐらいキレイな人。いつの間にかベールを取り、ショールを脱いでいた。不健康なほどに青白い肌、白い髪に赤い瞳。白皮症アルビノ…生まれつきメラニンが産生されない病気。だからあの衣装だったのかな?

ここは薄暗く、まるで夜の街のようだ。今まで昼だったのに、まさかこの世界の反対側まで来ちゃったとか?!転移ってそんな長距離できるもの?!必死に地図魔法で周囲を把握しようとするが、どうもおかしい。


「天井が、ある…?」

ここは外だ。夜の街の一角…なのに、地図魔法だと街の上を覆うものがある。あたかも巨大なドームの中に作られた街のようだ。と、いうことは…暗いのは周囲が覆われているから?

(ラピス、地図魔法でうまく周囲を探れない…調べてきてくれる?)

―分かったの。ユータは大丈夫?

(うん、この人はオレを『宮様』だと思ってるから大切にしてくれるよ。魔物の気配もないしね。)

頷いて離れるラピスを見送って、美人さんを見上げる。

「あの、ここはどこ?オレ戻りたいんだけど。」

「ここは我らの隠れ里、美しき都ですよ。さあさあ、あなたにどこをお見せしましょうね?でもまずはエルベル様の所へ。宮様はあのような所へ戻らなくてよいのですよ、心配いりません。」


いや、オレは戻りたいんですけど…その宮様ってどちら様?思い込みの強い美人さんに説明しても埒があかなさそうなので、早くエルベルさんとやらに会って誤解を解く方が早いかな。でも気になるのが『隠れ里』って言葉。知られたからには帰すわけには…!なんて展開にはならないよね?!

そんなオレの胸中を知るはずもない美人さんは、うきうきしながらオレの手をとって暗い街を歩く。


ややあって、そっとオレのそばに戻ってきたラピス。

―ユータ、ここは地下なの。多分、ダンジョンの中なの。


「へっ…?ええええーーー!!!」


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