第156話 道中1

「ラキ、またねー!」

「じゃーな!」

「二人とも気をつけてね~!」

馬車の窓から手を振ってラキとばいばいする。ラキは方向が違うので別の馬車だ。心配なのでウリスについていってもらった。


「ユータくん、まだ小さいのに一人で心細かったろう?久々の家が楽しみだな。」

「ううん!タクトやラキたちがいるからとっても楽しかったよ!」

「そうか、ウチのとも仲良くしてもらって嬉しいよ。」

タクトのパパさんはにこにこしてオレの頭を撫でてくれた。

「ユータ!馬車退屈だな、なんか面白いものないのか?」

まだ乗ったばかりなのにそんなことを言うタクト。その首からは水筒のような小さな容器がぶら下がっている。

「面白いものなんてないよ~!エビビ出してあげたら?」

「お、そうだな!エビビと遊ぼうぜ!」

実験(?)の結果、ほんの微量の生命魔法水でも小さなエビには効果抜群だったようで、エビビはこの水があれば日中大体召喚していられるようになった。出かける時はこうして水筒みたいなものに入れているようだ。送還すればいいのにと思うけど、勿体ないんだって。

土魔法で馬車の中に大きめの器を出して水を満たすと、タクトが小瓶の中身を1滴垂らす。

「これ、すげー効果だよ。ホントにもらってよかったのか?」

「うん、でも多分このちっこいエビだからそれだけ効果が出てるだけだと思うよ?」


エビビは大きな容器に移されて気持ちよさそうに触角をぴこぴこさせた。うん、なんの変哲も無い普通のエビだ。

「……なんでエビ連れて出歩いてるんだ…??」

護衛の冒険者さんがもの凄く不思議そうな顔をしているけど、気にしないことにする。


エビビを構うタクトを横目に、オレはカモフラージュに図鑑を広げて、地図魔法とシールドのレベルアップを目指して練習する。

ぽかぽかと暖かい日差しに、モモがオレの肩に乗り、その上にチュー助がうつ伏せになって仲良くオレの左肩でうとうと、右肩ではラピスとティアが並んでうとうと。大した重さではないけど…左肩の方が重い…君たちもう少しバランスよく乗ってくれないかな?!


今回乗った乗合馬車は、結構な乗客数で満員に近かった。ハイカリクに向かう馬車は人が多いけど、田舎に向かう馬車がこんなに賑わってるなんて珍しい。

「いつも空いてるのに、今日はどうして混んでるんだろうね。」

「そうなのか?俺はこっち方面の乗り合い馬車あんまり乗ってないからなぁ。」

タクトはエビビの容器に手を突っ込んで、指で作った「O」の字をくぐらせようと躍起になっている。エビに芸を仕込んでどうするの…?

「ボウズ、知らねえのか?最近はずっとこうだぜ!ロクサレン地方は大人気だ。」

「えっ?どうして??」

話好きらしい御者さんが、肩越しに得意げに語る。

「お前、世間に疎いな?今やちょっとしたブームよ!なんでも領主様のところでうまいものを開発してるって噂でな、お前、信じられるか?中でも海蜘蛛がとんでもなく美味いってんで貴族が漁師町にまで押しかけてるって話だ。」

「へ、へぇ……。」

「お、信じてねえだろ?なんせ海蜘蛛だからな!でもな、ありゃマジに美味い!聞いて驚け、俺もこないだ食ったんだよ!それがまあ美味いのなんのって!そりゃ寿命も延びるって言われるぜ!」

「寿命…?」

「おうよ、あそこへ行けば寿命が延びるって言われてんだよ。美味い飯に天使の加護がついてりゃそれも頷ける話だな!」

「て、天使の加護……。」

お……おぅ…なんだかすごい話になっている…これカロルス様たちも知ってるんだろうか?カニの話はまあいいとして、天使までそんな広まってるのは予想外…。

「あの地方は天使が守ってるって噂だぜ?特にお前みたいな子どもに加護をくれるってんで、藁にもすがる思いで移住してくる家族もいるみたいだぞ!子の病が少しでもよくなればってな。あんたらもそのクチかと思ったんだが違うみてえだな。」

え…えぇ~!?なんですとー?!それは困った…そんな加護ないよ~!

どうしよう…そんな期待をもって移住するなんて申し訳ない…移動ひとつとっても大変な世界なのに。

でもあそこは確かに美味しいものがたくさんあるし、カロルス様たちが守る安全な土地だから、移住してきて損はないとは思うけど。んん?美味しいものを食べて自然の中で安全に暮らす…それって確かに体にもいいかもしれない。


―それにあそこはユータとティアの影響で生命の魔素の要素が強いの。だから多分病気にはいいと思うの。

(そうなの?!オレ一人でそんなに影響あるもの!?)

―人が住む所には元々生命の魔素は少なくて、自然の営みがあって魔物が少ないところに多いの。ユータは魔力が多くて生命魔法の素質が強いから、魔素を引き寄せるし、漏れでた魔力も多いの。充分影響あるの。

そうなんだ…確かに今までで一番生命の魔素が豊富だと思ったのは、ルーのいた付近、あの前人未踏の聖域みたいな場所だ。

―そうなの、生命の魔素は聖域に溢れてる魔素なの。あのね、ユータは聖域みたいなの。だからラピスはユータの所に来たの。

なんと、そうだったのか…オレって歩く聖域?オレ自身にあんまりメリットはないけど、周囲の人にいい影響があるなら便利だな。それにしても聖域って生命の魔素が豊富なんだったら、とっても気持ちいい場所なんだろうな。いつか行ってみたいものだね。


「ユータは噂知らなかったのか?オレ達が来た頃だって、今ほどじゃないけど噂がたち始めてたぞ?だからエリの母ちゃんの療養候補地に挙がったんだ。」

「えっ…そうなんだ…。」

「まあ私たちが聞いたのは美味い物が多くて空気もいいから療養には最適だって話だったけどね。実際住んでる人達には案外噂って届かないものなのかもねえ。」

タクトとパパさんも噂知ってたんだ…。天使の話はそこまで広がってはいない…かな?少しホッとする。

「天使の加護が広まりだしたのは最近だからなぁ!特に冒険者たちがすごいぜ、お守り持ってる新米をよく見かけるからな。」

もうその話はしなくていいのに!オレの願い虚しく御者さんのおしゃべりは止まらない。

「冒険者のお守りなんだ?俺もほしいな!」

「やめとけやめとけ、どれが本物のお守りなんか分かりゃしないからな、適当な偽物がたくさん出回ってるらしいぜ。」

「えー罰当たりだなぁ。」

「だろう、まだ若いやつらを食いモンにするなんて碌な輩じゃねえや。実際加護があったやつらがいるんだから、マジで罰も当たるかもしれねえってのによくやるぜ。」

「加護って何があったんだ?!」

わくわくと瞳を輝かせるタクトと反対に、オレの瞳はどんどん光が失せていく。得意満面で大げさに語られる天使のお話に、穴があったら入りたい気分だ。



「あっ!見て!ほら、あれ魔物じゃない?!」

「なんでそんな嬉しそうなんだよ…。」

嬉々として指さすオレに、呆れた顔のタクト。いいんだ、話を遮ってくれてありがとうー!見ず知らずの魔物よ!グッジョブだ!

「ああ、あれはエルバドッグだ。そうそう襲っては来ないから心配するな…って心配してる顔じゃないな…あんまり平和ボケしてると痛い目見るぞ?魔物は怖いモンだからな?」

冒険者さんに苦言を呈されてしまった。そりゃ動物園じゃないんだから喜んでたら怒られるよね。


「…こいつほど危険な目にあってるヤツもそうそういないと思うけどな。」

タクトの呟きは聞こえなかったことにした。


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