第141話 タクトの召喚
改めて亀井さんの姿を眺めると、スライムには違いないと思うんだけど…なんか違う。色もそうだけど、スライムってもっと透明で液体っぽいやつでしょ?この桃色スライムはほんのり温かく、ごくごく短い毛が生えていて生き物っぽい。水滴と言うよりは毛を刈った毛玉?でもスライムっぽくふよんふよんする。不思議だなぁ。
―ねえゆうた、私新しい名前が欲しいわ。この姿に似合う、可愛い名前。
「分かった!かわいい名前……亀井さんだから…亀子さん?亀代さん?」
―亀から離れてちょうだい!!もう私亀じゃないのよ!見てこの柔らかボディ!キュートな色!自在に動く体!
亀井さん、そんなにスライムに憧れてたんだ…。
そんなこと言われても…オレの脳裏に浮かぶ亀井さんは、お庭のちっちゃな手作り池でひなたぼっこしていた、小さな黒い亀さんだ。庭に出ると、ちっちゃい手足で着いてこようとするかわいい亀。暖かい日にお庭にシートを敷いて一緒にひなたぼっこしたんだよ。
懐かしくてまた泣きそうになるのを堪えて考える。亀じゃない名前…かわいいやつ…。
「モモはどう?かわいいと思うけど。」
―ホントにゆうたは単純なんだから…まあいいわ、亀井さんよりマシだから。
モモは満足げにふよんふよんと揺れた。
―ユータ、成功?喚べたの?よかったね~!
「うん!ラピス、ありがとう。今回はそのつもりじゃなかったんだけど、亀…モモの方から来てくれたから成功したみたい!」
―かわいい小さなきつねさん、ずっとゆうたを守ってくれてありがとう!私はモモ!よろしくね。
―どういたしまして、モモちゃん?よろしくおねがいするの!…あのね、ユータすごく光ってたから、ラピスがユータをちょっと隠してるの。もう大丈夫?
モモちゃんと呼ばれた桃色スライムは、餅のようにぺったり扁平になってふるふると悶えているようだ。
「そうなんだ!ラピス、ありがとう。もう大丈夫だよ!」
あんなに召喚陣が輝くのは普通ではなかったんだね。集中して気付かなかったし、ラピスの機転に感謝だ。
「あれっ?ユータもう召喚したの?…なんか出来るような気がしたけどよ……お前ってヤツは、ホントにデタラメだな!魔法使いで召喚もやっちゃったよ…。」
「すご~い!それ、スライム~?そんな色も姿も初めて見たよ~!さわっていい?かわいい~!」
ラピスの魔法を解くと、両隣の二人が駆け寄ってきた。やっぱり珍しいようでまじまじとモモを眺めている。
「二人はどう?できそう?」
「うーん、僕はどうかな~無理な気がするよ~全然魔力が言うこと聞かない感じ。」
「俺もスライム喚ぶぞ!カッコイイのがいいな!」
スライムにカッコイイのとかいるのかな?
タクトは一生懸命集中すると、メモに書いた呪文を読み上げる。
うん、魔力途切れてないよ、コツを掴んできたね。
「…召喚っ!」
一瞬、ポッと召喚陣が淡く光って、何かが……
ピチピチ…ピチピチ…
…召喚陣の上で跳ねていた。
ピチピチしてるのは…半透明で…3㎝くらいの……
「………。」
「………。」
「……えっと…エビ…かな?」
あれだ、よく沼とかにいる透明のちっこいエビ。
―まあ、美味しそうね。いただいていいのかしら?
ふよんふよんとモモがオレの肩から下りてくる。
「モモ!だめだめ!食べちゃだめだよ!タクト、ほら、エビさん入れてあげて!」
ピチピチするかわいそうなエビさんのために、土魔法で器を作って水を入れてあげる。
「お、おう……。」
釈然としない顔をしながら、とりあえずエビを水に入れてあげるタクト。
「ねえ、どうしてエビを喚んだの~?これって成功~?」
「俺が知るか!何の役にたつんだよ!エビなんか喚んで!!」
まあ、エビさんかわいいからいいんじゃない?とりあえず召喚はできたし…大人になって魔力が増えたら、もう少し…ブラックタイガーぐらいなら喚べるかもしれないよ?
生徒たちの間をまわってきた先生が、器に入ったエビを見てきょとんとする。
「……なぜエビ……?」
「先生!これ特別なエビ?ブレス吐いたりしねえかな?!」
「するわけないでしょう……!なぜエビを喚んだのか理解に苦しみます……。」
眉根を寄せて顔を上げた先生が、こちらに目を留めた。
「!!あなた、それ……!!フラッフィー!!」
先生がまるでアイドルを見つけたような顔で駆け寄ってきた。フラッフィー?
「や、やっぱり!フラッフィー!かわっ………んんっ、ごほん……あなたはともかく、こちらのぼうやは素晴らしい素質があるようですね。まさか、フラッフィースライムを喚ぶとは。」
「フラッフィースライム?ふわふわしてるから?」
「ええ、能力はスライムと大差ないものの、見た目に希少価値のある大変珍しいスライムです。召喚獣ですから取り上げるのは不可能ですが、狙われないよう気を付けることです。」
先生の目はしっかりモモに固定されて、手がうずうずしている。
(モモ、先生が触りたいみたい。)
―仕方ないわね…魅力的だもの、しょうがないわ。いいわよ!
「先生もさわる?ふわふわしてるよ!」
差し出すと、先生の冷たかった表情にさっと朱がさした。目を輝かせて、途端に人らしくなった気がする。そわそわしながら受け取った先生が、手のひらでふよんふよんするモモを見てデレッと表情を崩れさせた。なんだ、この人もそんな悪い人じゃないのかな。
「なんだよー。俺のエビだってかわいいぜ?先生、さわる?」
ずいっと器を差し出すタクト。文句言ってた割に愛着はあるようだ。
「い、いえ、エビは…触るものではありませんよ!ちょっと!結構です!」
ずいずい眼前に迫るエビに、思わずモモを返して後退していく先生。まあまあ、いえいえ、と二人は呑みの席のサラリーマンみたいな会話をしながらじりじり遠ざかっていった。さすがタクト、あの先生相手にも遠慮なしだな!
* * * * *
「エビビ…消えちゃった。」
タクトがしょんぼりしている。タクトは魔力が少ないので、普通のエビでも召喚していられる時間は短いようだ。それにしてもそのネーミングセンスはどうかと思う。
「きっとまた召喚したら出てきてくれるよ~!」
「そうだな…毎日喚ぼう!」
「そしたらそれで魔力切れるから、魔法の練習はできないんじゃない?」
「うぐぐ……。」
うーん、毎回ちょっとしか会えないのも気の毒だ。なんとか召喚時間を伸ばせないものか。
生命魔法を満たした容器なら、維持できる時間が伸びたりしないかな?それか、オレがエビビに魔力注いだら安定する?
―ゆうた、やり過ぎないのよ!怪しまれない程度にすることね。
モモはオレの考えなんてお見通しのようだ。でも、エビビに会いたいタクトの気持ちも分かるしね…。
―…まあ、今回はただのエビだものねぇ。実体化したところで問題にはならないかしら?
実体化…そうか、あれはどうだろう?
* * * * *
「ユータ、これ貴重なものじゃないのか?エビビに使っちゃって…いいのか?」
「いいよー!たくさん作……もらったから余っちゃってるんだよ。何に使えばいいかわからないし!」
翌日、なんとかエビビを再度喚び出すことに成功したタクトは、オレの用意した容器にそっとエビビを入れた。
この水の中には、生命魔法飽和水を混ぜた方の回復薬を、数滴入れてあるんだ。
タクトには、召喚獣の召喚時間が少しだけ延びるかもしれない薬と説明して、いくつか回復薬を渡しておいた。入れすぎるとよくないからあくまで数滴だけって注意してある。
これは少し効き目のいい回復薬ってだけだからね~バレたところで問題ない。
「ところでユータもまた喚んだの~?」
二人がオレの肩でふよんふよんしているモモを見つめる。
「あ…えーと、これはその……色々な事情がありまして………。」
オレは視線をさ迷わせて言い淀んだ。
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