第134話 次からは確認を
しゅっと先行したラピスから音声が届く。
『なんで行かないっ!行けっ!行けって!!この馬鹿!』
『なんだこいつ…どうしたんだよ。』
『もういいんじゃねえ?普通に蹴りとばせばすむじゃんか。』
どうやら危険はないようだけど、何やってるんだろう…??
オレたちがとことこ歩いている長い廊下、その手前の角なんだけど……奥に魔物がいる。ちょっとビックリしたけど、小さな魔物だし校内には従魔術師も従魔もいるって聞いていたから、これもそうなんだろう。その証拠にそばに3人の反応がある。
ラピス音声を聞く限り、従魔をどこかに向かわせようとしているみたいだね。小声でやりとりしているようだけど、どこか乱暴な言葉使いだ。
一応魔物だし、急に出てきたらびっくりするだろうと、さりげなくオレが先に立って曲がり角に行くと、ひょいと覗き込んで声をかけた。
「こんにちは!それ従魔?」
「ギャウン!!!」
「「「ひっ?!」」」
…驚かせてしまった。
口から心臓が出そうな勢いで驚いたのは、4年生ぐらいだろうか?3人の男子生徒と、毛のない犬っぽい魔物。
「あ、ビックリさせてごめんなさい!」
「あっ、ちょっ…ユータ!」
それにしてもその従魔は怯えすぎじゃないだろうか?しっぽを股に巻き込んで、おそらくマスターであろう生徒の後ろにまわっている。それでいいのか従魔!
「お、お前!なんで…わかっ…。」
目を白黒させた少年Aが話そうとするのを少年Bが横から小突いて、ずいっとオレの前に進み出る。
「てめえ、見ろよ、この従魔こんなに怯えちまってよォ、使い物にならなくなったらどうするつもりだ?」
なんだか随分肩肘張って格好つけているように見える。10歳と言えば背伸びしたいお年頃…ワルにも憧れちゃう、ちょっとばかりしょっぱい時期に差し掛かっているのかもしれない。少し生ぬるい視線になりつつ優しく対応してあげる。
「怖がってるみたいだから、やさしくしてあげるといいよ?」
怯えてるなら安心するまで側で落ち着かせてあげたらいいんだよ。しゃがみ込んで怯える体を撫でてあげる。ますます震え出す体にすこーし魔力を流して、そっとマッサージ。いいこいいこ、そんなに怖がらないでよ。
「お、お前っ!俺の従魔になにしてやがる!」
「あれ…あいつ普通に触ってるじゃん…俺噛まれたのに…。」
「怖がってるから落ち着かせてあげてるんだよ。ほら、もう大丈夫。」
「へっ……。」
黒い犬っぽい魔物はなんだか恐縮しているような印象を受けるけど、もう震えてはいない。
マスターの少年は間抜けな声をあげると、次いで真っ赤な顔をした。
「このクソ犬!!さっさと行け!ひと噛みぐらいしてこい!」
あろうことか魔物を蹴飛ばしてこちらにけしかけようとする!
ひどい!魔物はチラチラとマスターを見ておざなりに唸ってはみせるものの、戦意はゼロだ。
―……ユータにかみつくって言ったの?
あ…ラピスが怒った。
「ギャイーン!!」
ラピスの怒りを感じたのか、魔物は断末魔のような悲鳴をあげて瞬時に遠くまで逃げていった。
…そっか、ずっとラピスが怖かったんだね…気配に敏感な魔物なのかもしれない。
「……え?」
マスターの少年がオレと逃げた魔物を交互に見て混乱している。
「て、てめえ、何しやがった!」
いやオレ何もしてない!してないから!!ラピスだって
「ユータっ!!」
バチィ!
オレの目の前でぱたりと倒れる少年。
あ……ああ~!どうしよう!ラピス!メッ!バチってするの禁止!!
―えー。だってユータの服を掴もうとしたの。
オレは掴まれたぐらいで死にません!!今後それ禁止!
「…どうしたの?大丈夫?オレ回復薬もってるよ!」
ゆすっても起きない少年に白々しく声をかけると、水をぶっかけて回復魔法をかける。気絶しただけだから大丈夫だと思うけど…。
「……あれ?俺なんで…?」
きょとんとして起き上がった少年ににっこりする。大丈夫、君は悪い夢を見たんだよ…きっとそう。何もかもこの春の陽が見せた幻…忘れておしまいなさい。
「ふざけた真似しやがって!!」
笑って誤魔化そうとしていたら、呆然と事の成り行きを見ていた残りの少年二人が、いかにも悪者の台詞でゆっくりと殴りかかってきた。オレに配慮したのか、随分スローな拳を丁寧に受け流す。これってどういう流れ?少年たちのごっこ遊びの一環なのだろうか。
「ユータっ!だいじょう……大丈夫だな、うん…。まあちょっと頑張っててくれ。」
少年たちが手足を振り回して当たりそうなので、ちょっと避けながら首を傾げる。頑張ってって…そろそろ息を切らしてるから、続けるのかわいそうな気がするけど。
「もうちょっと頑張ってだって!ファイトー!」
仕方なく声援を送ると、少年たちは少し奮起したようで、再度手足を振り回す。うんうん、その調子!
「ユータ!!無事……だな。」
「遅くなってごめんね~!」
少年たちを励ましながら、なんだか分からない戦闘演技みたいなものをしばらく続けていたら、テンチョーさんを連れたラキが、息を切らして走ってきた。
「テンチョーさん!どうしたの?」
「どうしたってお前………これ、どうしたんだ?」
少年たちは駆けつけたテンチョーを見るとへたりこんでしまった。もういいのかな?
「おつかれさま!がんばったね!」
「うっ…うわーーん!!」
にこっと笑って回復薬の瓶を渡すと、突然泣き出してしまった。
「ど、どうしたの……?!」
慌てるオレに、じっとりした視線を向けたタクトが一言。
「鬼……。」
なんでっ!?これオレが泣かせちゃったの?!
狼狽えるオレと不思議そうな顔のラキ。そしてどことなく察した顔のテンチョーさん。大泣きする少年たちは、今までで一番年相応に見えた。
「………で?絡もうとした所に先に声かけて驚かせて、従魔を怯えさせて、一瞬で一人やっつけて、殴りかかってきたのを煽って、泣くまで続けさせたと?」
「………。」
なんだかそれ、オレがすごく悪いことしたみたいじゃないか。知らなかったんだもの……それならそうと言ってくれたら良かったのに。
「そう!コイツ、屁でもない感じだったから、ちょっとこの人達気の毒だったかも。」
「焦ってテンチョーさん呼びにいくことなかったね~。」
泣く少年たちをなだめようと四苦八苦したけど、オレがいたら泣き止まんから向こうへ行けと言われてしまった…ふて腐れて角を曲がった所で体育座りする。
―ユータは悪くないの!あいつらが悪者なの!
膝に顎を乗せて頬を膨らませていたら、ラピスが小さなお手々でほっぺをてんてんとして慰めてくれた。
「ありがとう。でもラピス、バチってするのはナシね。それに学校の中にいるのは学生と先生だからね、攻撃したらダメなんだよ。」
―でもあっちが攻撃してきたの。
「うーんそうだね、それは相手が悪いんだけど、子どもに攻撃されたってオレは問題ないからね。やり返したらオレの方が悪くなっちゃうよ?適わない相手の時だけ助けてね。」
―そうだけど…ラピスはユータの方がちっちゃい子どもだと思うの。ユータの方が悪くはならないの。
う…確かに。そこは…目をつぶっていただいて…。
「ユータ!」
体育座りするオレを覗き込んだのはタクトとラキ。
「ユータ元気出して~!僕、あんなにすごいなんて思ってなかった!ユータかっこいいよ!」
「そうだぜ!あいつら、1年生を狙って魔物けしかけたりしてるんだぜ!いい気味だよ!」
そうなのか!そんな悪さをしていたなんて!これに懲りてちょっかい出さなくなればいいんだけど。やっぱり1年生に絡もうとする上級生っているんだな。自分より弱いと思う者を狙うなんてかっこ悪さの極み!!よーし、今度からはちゃんと確認して、絡んで来てる人ならちょっとばかりイジワルしてもいいかもしれない。
「おい…あまりそういうこと言うな。こいつがなんか企んでるじゃないか…。」
「企んでないよ!今度からはちゃんと確認してからにしようって思っただけ!」
「…何を確認するんだ?」
「えっ?そりゃあ、絡んで来てるかどうか。」
3人がすごくジトっとした目でオレを見る。
「なんて確認するつもりだったんだ…。」
「普通に…殴りかかったりしてきたら、『これってオレに絡んでるの?ただの遊び?』って聞いたらいいんじゃない?」
はぁーー…。
3人が深いため息をついた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます