第131話 207号室

きりっとお顔を引き締めたラキが部屋の扉をノックする。

「どうぞ。」

落ち着いた声だ。これが部屋長さんかな?そっと開いた扉の中は、ビックリするぐらい狭かった。部屋の入り口両側にロッカーみたいなものが計4つ、部屋の中には2段になったベッドが二つ、一番奥に窓があって机がひとつ。以上!って感じだ。ベッドは壁にくっつけて設置されているけど、中央のスペースは人が通れるだけしかない。生活空間であるベッドの上には、オレ達を見つめている部屋の住人が二人。


「ようこそ、207号室へ!私が部屋長のテンタリーズだよ。6年生だ。」

「テンチョーって呼んでね!そして俺はアレックス、4年生!」

「アレックス!余計なこと言うな!」

アレックスさんはなんだか「放浪の木」のピピンさんみたいな雰囲気だ…小さくはないけど。

部屋長さんはすごく落ち着いていて、もう子どもとは言えない雰囲気。6年生だと12歳、この世界だと立派に働いている人もいる年代だ。この世界の子どもは見た目も大人っぽいなあ。


「はじめまして!オレはユータ。4歳です!」

「えっと、僕はラキ。6歳です。」

ヒュウ!とアレックスさんが口笛を吹いた。

「噂のおチビちゃんじゃないの!ウチの部屋なんだ!みんなに自慢しよっ!」

「アレックス!…悪いな、落ち着きのない4年生で。ユータ、ラキ、何かあったらまず私を頼るといい。それじゃあ寮について説明するから……とりあえず私のベッドに座ってくれるか?」

テンチョーさんのベッドにみんなで腰掛けて、ロッカーやベッド、お風呂や食事について説明を受ける。オレ達1年生は軽いからベッドは上の段、お風呂は共同風呂が1階にあるらしい。食事も1階の食堂でどーんと大人数分の料理が並べられるから、各自で取り分けて食べるらしい。だから遅くに行くとほとんど残っていないっていう悲劇もあるそうな…食いっぱぐれたら自分で買いに行けと言うスタイルらしい。授業中じゃなければ外出に制限はないので、心配されないように部屋長さんに声さえかけておけばいいみたい。基本的に、全て自己責任に基づいているので、ちょっと驚くほど自由度が高い。危ないと思うなら学校から出るな、出た場合は知らん!という方針のようだ。だから働きながら学校に通っている生徒もいるし、冒険者として簡単な依頼を受けつつ授業を受ける生徒も多い。


「さて、説明は以上だ。ベッドはどっちがいい?荷物はベッドの上かロッカーに片付けておくんだ。おっと、部屋が分からなくなる子が多いから名札に部屋番号も書いておくこと!全部すませたら夕食まで自由にしてていいぞ。」

「わーい!」

探検しよう探検!!わくわくしたオレはテンチョーさんのベッドから立ち上がると、ぴょんと飛んで上段ベッドの柵を掴んだ。そのままくるっと逆上がりの要領で上段ベッドに着地する。どっちでも一緒だしオレこっちでいいかな?ラキに尋ねようと下を覗き込むと、3人がぽかんと口を開けて見つめていた。

「…?どうしたの?」

「お…お前、スゲーな!4歳でそこまでできるのか…!そりゃ噂になるわ!」

「……うわさって?」

「お前知らないの?審査で体格以外はどれも平均以上をたたき出した4歳児がいるってやつだよ!」

「………それオレじゃないと思う。」


「「「お前(君)だよ!!!」」」


オレはがっくりとベッドにうつ伏せる。なんで…オレ全部ちゃんと平均をとったはずだったのに…。

一体何が間違っていたんだろうと悶々とするオレに、ラキが不思議そうな顔をした。

「すごいことなのに、イヤなの?どうして?」

「うーんと、あんまり目立ちたくなかったの。嫌われちゃうかなと思って。」

実際は生徒に対してではなくて世間に対してなのでそんな単純でもないけど、6歳児に言っても分からないだろう。大人の都合で利用されたくはない、なんて4歳児が言うとおかしいし。

「大丈夫だよ、僕がついててあげるから!」

お兄さん風を吹かせたラキが、フンス!と気合いを入れるのが微笑ましくて、笑顔がこぼれた。


「そっかそっかー、ユータはかわいいから嫌われたりしないと思うぞ!大丈夫!」

「ただ、確かにやっかみを受ける可能性はあるかもしれないぞ。女生徒の人気も高そうだから余計に…。私も気をつけておくけど、あまり一人きりで行動しないようにな?」

「あ、そっかー!モテない男から恨みを買うってヤツ?俺ってモテるからそんなの気付かなかったわ!」

「お前がモテるのは何かの間違いじゃないか…?」

「またまたー!顔よし!性格よし!成績よし!モテなきゃおかしいでしょ!?」

アレックスさんは確かにカッコイイというか、かわいい顔をしているのでモテるのだろう。自信満々なところがますますピピンさんと似ているなと思う。オレからすると落ち着いた大人の雰囲気漂うテンチョーさんの方がモテそうな気がするけど。


先輩二人のやりとりを聞きながら、今のうちにこっそり収納に入っていた衣服類もロッカーに移しておく。枕は持ってきたものと交換して、小さなオレの城が完成だ。ラキはまだ片付けに時間がかかるらしい。

「テンチョーさん、オレ遊びに行ってくる!」

ぴょんと飛び降りて部屋から出ようとした所で首根っこを捕まえられた。

「私はテンタリーズ!…いやそれはいいが、ユータ私の話を聞いていたか?」

テンチョーさんの話?

「アレックスさんがモテるのは何かの間違い?」

「ちょ、なんでそこだけ覚えてんの!?明らかにそこじゃないじゃん?!」


「えーと…テンチョーさんの方がモテる?」

「言ってない!私はそんなこと言ってないぞ!?」

「テンチョー……実はそんなこと考えてたのかよ!?」

「ち、違うっ!ユータ、何を言うんだ!私が言ったのは一人で行動するな!だ!!」

わたわたと顔を赤くして焦るテンチョーさんは、どうやら硬派なようだ。一方のアレックスさんはまだ10歳だと思うんだけど…なんでこんな軟派男の雰囲気を漂わせているんだろう?


「……ユータ、聞いてるか?」

「えっ?」

聞いてませんでした!きょとんとしたオレにテンチョーさんが深いため息をひとつ。

「お前…先が思いやられるな…。だから、一人でうろつくなって言ったんだ!!」

「えー。」

「えーじゃないだろう、上級生に目を付けられたらつまらんぞ。」

大丈夫だと思うんだけど…でも初日にいきなりトラブルになっても困る。何せオレはちょっとばかり他の子より小さいし、目立つのは間違いない。出る杭は打たれるって言うけど、むしろ引っ込んでる杭だな。

「でも…オレだって探検したい!」

「探検か!懐かしいねぇ!俺とテンチョーと仲良くしてたら大体のヤツは大丈夫じゃねぇ?」

「まあ…牽制はある程度できるか。仕方ない、ラキも一旦片付けは置いて一緒に行こう。」

わーい!案内してもらえるならそれはそれで色んな所に行けて楽しいだろう。探検はまた今度にするか。



「どうして二人といるとけん制になるの?」

テンチョーさんと手を繋いで歩きながら見上げる。

「テンチョーは優秀だから!俺もね!そんじょそこらのヤツに負けない力があるってワケ!」

「私は学生同盟のサブリーダーだからな。アレックスは……彼自身が目立つし女生徒から人気があるらしいからな。」

学生同盟…生徒会みたいなのがあるのかな?つまりは人気者の二人ってことなのかもしれない。先生たちはそんなことも考慮して部屋組みしてくれたのかな。

寮の中はごく単純なつくりになっていて、各階には共同トイレと洗面所、談話室みたいなスペースがあった。


「よ、テンチョー!どうしたんだよその子。隠し子?」

「うるさい!1年生だ!」

「いやー俺俺、俺の隠し子なんだぜ!」

「アレックスが言うとシャレにならねえよ…。」

談話室では数人の男の子がだらだらしていた。なんだかみんな和気あいあいとして楽しそうだ。テンチョーさんは面倒見がいいからなのか、みんなから慕われているみたいだね。


「こんにちは!」

オレもにこっとして手を振った。こういうのは第一印象が大切!こっそりつついて促すと、ラキも慌てて挨拶した。

「おお~出来のいい1年……1年?そっちのおん……男の子はちっこくないか?誰かの弟じゃないの?」

「それが聞いて驚け!こいつがアノ4歳児だぜ!!俺達の同室だったんだよ!」

なぜかアレックスさんが嬉しそうに言った。テンチョーさんはやれやれと言いたげだが、この案内はオレとテンチョーさん達に繋がりがあるぞと見せて回る意味もあるそうなので、何も言わずに足を止めている。


「へえ~!もっとイカついヤツかと思った!こんなかわいい子だっだんだ!?てことはあの噂は尾ひれついた感じか~!」

「それがそうでもなさそうでさ……。」

ちらっとこちらを見るアレックスさん。


「えーとユータ、バク宙とかできる?」

「できる!」

お安いご用で!とんっと飛び上がって前へ1回転3回ひねり!あ、もしかしてバク宙って後ろに回る方だった?と回転しながら気付いたオレは、着地と同時にもう一度後ろ向きに一回転3回ひねり!

―(10.0!回転にキレがあって着地にブレがないの!)

姿を隠しているはずのラピスからこそっと採点が入る。よし!久々の満点だ!気分良くにこにこしながらテンチョーさんと再び手を繋ぐ。

「………。」

手を握り返さないテンチョーさんを不思議に思って見上げると、ぱかっと口を開けてオレを見つめていた。ラキも、アレックスさんも。ついでに談話室にいた他の人達も。


「……どうしたの…?」


「………ど、どうしたじゃねえよ!?おま…お前ヤバイやつじゃん!!何それ!?」

「だってアレックスがバク宙してって……。」

「フツーのでいいんだよフツーので!!4歳でバク宙できたら十分スゲーから!」

「…普通にしたよ?前に回るか後ろに回るか分からなかったからどっちもしただけで……。」

「どこが!お前『普通』に謝れ!うわーんテンチョー!!こいつヤバイ!自覚皆無!どうしよう!?とりあえず撤収!撤収~!」

ぐいぐいとアレックスさんに押し出されるように談話室を後にして、歩きながらお説教を受けた。言われた通りにやったのに……解せぬ。



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