第116話 隠密の報告

「父上!ちょっと落ち着いてください!鬱陶しいです!!」

窓から覗くと、椅子に座ったり立ったりぐるぐる歩いたり、まるでじっとしていないカロルスがいた。ひとつため息をつくと、姿を見せてやる。

「よう、帰ったぞ。」

「!!!お前っ!それで!ユータは?!」

胸ぐらをつかんで壁に叩きつけられ、思わずむせる。この馬鹿力が!

「離せ!…ったく、どんだけ心配症なんだよ。あれは拾い子なんだろ?」

「その言い方はよせ!お前だってあいつに会えば分かるぞ。」

そうかねえ…ちょっと見目の良い子どもじゃねえの?ま、俺には関係ないことだ。


どかっと椅子に座ると、もったいぶって部屋を見回す。よし、エリーシャとマリーはいないな。

「で、報告だけどよ。無事に宿に着いたぜ。問題は履いて捨てるほどあったがあいつは無事だ。」

「とりあえず無事か…それで?問題ってなんだ?」

「スモオォーク!!!」

ドカンと開いたドアが吹っ飛んできて、咄嗟に避ける俺とグレイ。受け止めるカロルス。

「エリー!ドアを壊すな!」

カロルスが怒っているが聞いちゃいない。

「スモーク!!!ユータちゃんは?!」

「う…だから今話してるところだって…。落ち着けよ。」

詰め寄られてじりじりと壁際に追い詰められる。泣きはらした目、ふわりと漂ういい香り。

だらだらと汗を垂らしながら、俺は必死で説明した。


「――とまあ、大きなトラブルはこれだな。それで、天使伝説ってなんだ?マジもんなのか??スゲー魔法だったぞ?もしかしてグレイが着いてきてんのかと思ったぜ。」


「ああー無事で良かったけど!良かったけど!!」

「なんでこうトラブルに見舞われるかねぇ…あいつが呼び込んでるのか?!」

「ユータちゃんは無事なのね!マリーに知らせてこなくちゃ!」

竜巻のように去って行くエリーシャ。目の前の圧がなくなって、俺はホッと息をつく。

「お前、まだ女がダメなのか……。」

「うるせえ!それで?あいつは何モンなんだ?馬車から吹っ飛ばされた時、身のこなしが普通の子どもじゃなかったぞ。」

「まあ、俺らが総出で鍛えてるからな!お前も元仲間のよしみだ!一緒にユータを鍛えるか?」

「そんなめんどくせえことするか!」

いくらAランクが鍛えたからって幼児があんな風になるか?それに、あんなに心配していたヤツらだが、天使伝説のこともスゲー魔法のことも大して驚きもしない。


「ああ、あと女の海人はお前らの知り合いか?」

「なんだって?」

「海人だ。親しそうだったが?アイツ海人の『絆の契り』持ってやがったぞ。」

「……聞いてないぞ…。ユータ…!」

カロルスが、がっくりと肩を落とした。グレイはやれやれと首を振っている。


「あとな、魔法が使えるとは聞いた。聞いたが、あれはなんだ!海の上に休憩所作って飯食ってやがったぞ!!」

「あー……。」

「…お前ら、何隠してる?これだけじゃないぞ……なあ、俺アイツ見張るのに隠密行動する意味あるのか?あの野郎…俺の位置を把握してやがる!危なくなったら俺の方見やがるし、トドメに宿に着いたらわざわざ窓開けて俺に手ぇ振りやがった!」

「あーー……。」

今度はばつが悪そうに目をそらすカロルス。さあ、答えて貰おうか?


「ユータ…君ってやつは…。そうだよね…ラピスに攻撃されたら危ないからってユータに言ったのがまずかったかな。でも言わなかったら攻撃されてたかもしれないし。何はともあれ、やっぱりスモークさんに頼んで正解だったね!色々とバレッバレだよ。」

「……何の話だ?」

「まあまあ、せっかくここに昔なじみが揃ったんです、今日はゆっくり語り合いましょうか。」

「俺明日もアイツ見張りに行かなきゃいけねえんだけど…。」

不満を口にしながら、まあいいかとも思う。アイツの秘密も聞き出す必要があるし…ま、久しぶりだしな。





「ラピス、ティア!おはよう~!」

うーんと伸びをして快適なベッドから抜け出した。カロルス様…過保護だよ、こんないいお部屋に子ども一人って。でも、寝ちゃったら無防備だと思うし、今後は冒険者になるんだったらオレが眠ってるときの安全対策を考えた方がいいかもしれないね!

さて、今日はお手紙を届けたら午後まで自由行動!早く帰ってきてもいいのよって言われたけど、ごめんね、せっかくなのであちこち見て回りたいよ。


「ギルド~ギルドはどこかな~?」

いいお天気の中、スキップるんるんでオレは町を散策する。人に聞けば早いんだろうけど、あちこち歩き回ってみたいからね。

きっとメインストリートにあるだろうとの予想通り、ほどなくしてギルドの看板を見つけた。



「おはようございます!これ、あずかってきました!おねがいします!」

「あら、ぼうや一人で?えらいわねぇ~。」

受付のお姉さんがにこにこして頭を撫でてくれた。これでオレの任務はほぼ終了だ!あとは無事に帰るだけ。フェアリーサークルを使えば一瞬なんだけどね。


せっかく来たのでギルドの依頼書なるものを読んでみた。依頼書は新しい物や期限の近いものなどは貼り出されて、それ以外のものは棚に仕分けして収納されていた。新しい依頼書で残っているのは人気のない依頼なんだろう…遠い場所まで何かを採りに行ってほしいとか、お掃除とかは人気がないみたい。護衛は結構人気のある仕事なんだね~その棚にはほとんど用紙が残っていない。日々の乗合馬車の護衛はいちいち依頼は出されずその日に乗る冒険者との交渉になるみたいだね。護衛なしで行く時もままあるみたい…御者さんって命がけだね…。そう思うと、自分で自分の身を守れる冒険者ってお得な気がしてくる。

そういえば薬草っていくらぐらいなんだろう?用紙が見つからないなと思ったら、特別枠みたいな所に金額表示がしてあった。これは依頼じゃなくていつでも買い取りしますよってものの価格みたいだ。

【薬草1束 銅貨1枚~】

おお…さすがに安っ!いっぱい生えてるしね……これで生計立てるのはちょっと難しそうだな。やっぱり子ども向けの依頼や、他の依頼をこなすついでになるのかな。オレがこの間集めたのは多分100束ぐらいはあるから、一日の稼ぎとしては十分かなと思うけど。



さて遊びに行こうとした所で、ギルド内のグループの一人と目が合った。その一画では、少年2人と女性一人がテーブルを囲んでいる。真剣な瞳でこちらを凝視するのは、冒険者の格好をした少年。

「……天使?」

小さく呟くのを聞いて、思い出した。もしかしてあのゴブリンの時の少年だろうか?ここの町出身だったのか…あらあら元気になって~なんて思いがこみ上げて、にっこり笑いかけた。

「!!」

「お前、なんだよいきなりナンパか?」

真っ赤な顔をした少年がからかわれてさらに赤くなる。

「ち、違うっ!あの時の天使に似てるって、そう思って…!」

「そんなこと言って、お前顔見てなかったんだろ?」

「うっ……。」

あの時見られていたなんて知らなかったけど、顔を見られてないならいいよね!このくらいの背丈の幼児なんていくらでもいるし、光ってたから髪色も分からなかったみたいだし。

「こんにちは!お兄さんたちも、冒険者なの?」

「お、おう。そうとも!俺らはEランクなんだぜ?」

一緒にいたそばかす顔の少年が得意げに言うけれど、オレにはそのランクがすごいのかどうかサッパリ分からない。

「Eランク?」

「あははっ!あんた何こんなおちびちゃん相手にかっこつけてんだよ!まだ分かんないって!いくら美人だからってこんなちびちゃんにいっぱしの男ぶっちゃって!おかしいったら!」

豪快に笑うのは日に焼けた大人の女性。何というか、全体的に豊満な女性だ。

「オレ、美人じゃないよ、男の子だよ?」

明らかに女性に向けたであろう言葉にちょっとむくれる。最近は間違われなくなってきたのに…。

「おやそうかい!勿体ないねぇ!」

「お姉さんも冒険者?」

「ぶはっ!お姉さんだって!聞いたかい?!育ちのいい子は違うねぇ!!おちびちゃん、あたしはここの食堂の責任者だよ!この子らの仲間が、昨日ウミワジに襲われたってんで話を聞いてたのさ。」

ウミワジって昨日の虫だ。オレも聞きたいと駄々をこねたら、豊満な女性がひょいと持ち上げて、なぜか少年の膝に乗せた。気の毒な少年がピシリと固まるのを見て、女性が腹を抱えて笑っている。少年よ、気にしないで大丈夫、この年頃の少年は子どもの扱いが苦手な子が多いからね。


「…おりる?」

ガチガチの少年を気遣って見上げると、ぶんぶんと首を振ったのでまあいいかと、オレは力を抜いた。



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