第114話 はじめてのおつかい2

ナギさんとたくさんお話ししながら、楽しく昼食を終えると、オレもそろそろ馬車の時間だ。

「ユータ、ソレヲ カシテクレルカ?」

貝殻を出すと、ナギさんがそっと手を触れて魔力を流した。すると、来たときと同じように魔方陣が現われる。

「デハナ、ユータ、マタヨブトイイ。マッテイル。ウマイメシヲ アリガトウ!」

言うが早いか身を翻したナギさんが魔方陣に飛び込んだ!一瞬揺らめいた景色がかき消すように消え去ると、そこに残ったのは水たまりだけだった。

「また遊ぼうね!」

オレは海に向かってにっこりすると、もらった袋を大切に収納にしまって、その場を後にした。




「あ、あの子!ユータが来たわ。ガッターまで一緒ね!」

馬車まで戻ると、カレアの一家が既に馬車に乗って手を振っていた。

ほどなくして残りの数名が乗り込むと、再び馬車が進み出す。さっきまでと違うのは、護衛の冒険者グループが下りて商人のおじさんが乗っていることぐらいだ。なんと今回の護衛はあの10歳前後の冒険者4人組らしい……大丈夫?それで緊張していたのか。


「大丈夫かね?護衛が随分頼りないが……。」

「大丈夫でさぁ!ガッターまでの辛抱です。すぐ着きますからねぇ。このへんは大して魔物は出やせんです。」

御者さんとこそこそ話す商人のおじさん。まあ、不安に思うよね…命を預けるかもしれないんだから。幸いガッターまでの道のりはあと3分の1くらいだ。2時間もあれば着くようで、だからこそ御者さんもこの護衛で了承したんだろう。

目の前に座って青い顔をしている少年を見上げる。こんな子どもが、命をかけて働かないといけないのか……。

「ねえ、オレ、ユータっていうの!お兄さんたちはどうして冒険者になったの?」

「は、話しかけるな!気が散るだろう!」

「ちょっと…余裕なさすぎ。」

明らかに虚勢を張って大声を出した少年と、たしなめる少女。

「ごめんね、お仕事中なの。お姉さんとお話しましょう。…私たちは孤児院の卒業生なのよ。冒険者になれる年には卒業しなきゃいけないから、伝手がない子はみんなまずは冒険者になるのよ。」

4人の中でも年上らしい少女が優しく話してくれる。

「そうなの!えらいね!」

「うふふ、ありがとう。かわいい子ね。」

微笑んでオレを撫でてくれた手は、少し震えていた。そうか、年上だから…しっかりして見えるように頑張っているんだな、みんなを不安にさせないように。まだ中学生になるかならないかくらいの年で、他人の命の責任を負うなんて…。せめてリラックスしてもらおうと、震える手をとった。

「オレ、一人で町まで行くの!お手々つないでもいい?」

「あ……もちろん、いいわよ。………不思議ね、あなたといるとすごく楽になるわ。」

震えのおさまった少女は、華のような笑みを浮かべた。



変化は、町まであと1時間という所で現われた。


幸いこれまで魔物が出てくることはなく、オレのレーダーも大した物をとらえることなく過ぎていった。

オレはなぜか左手を冒険者のお姉さん、右手をカレアと繋ぐという両手に花状態になっている。カレアがお姉さんに対抗心を燃やしてしまったらしい。お姉さんは微笑ましそうにして、子ども向けのお話として、あろうことかロクサレンの天使伝説についてオレとカレアに語ってくれた……。

「天使様って本当にいるのね!私も見たい!」

「ふふ、いるといいわね~。」

オレは恥ずかしいやら気まずいやらでいたたまれない。


「おい、あそこに何か群れているぞ!大丈夫なのか?」

商人さんが前方の空を指して気忙しげに御者さんに尋ねている。そこには確かにカラスかカモメほどの大きさの鳥が群れて飛んでいたが、魔物ではないしオレたちの道からは外れて海の側だ。

「何か打ち上がったんでしょうや。あんだけ鳥がたかってるなら死んだやつなんで大丈夫でさ。」

「ふん、そうだといいが。」

商人さんも手を繋いであげた方がいいかもしれない。不安が募ってイライラしているようだ。


ん…?

しばらくして鳥の群れを横目に通り過ぎようとする頃、レーダーに引っかかる反応…!海沿いの岸壁のかなり下の方に、しがみつくような形で、数匹の魔物がいる!そして、明らかに馬車の音を聞きつけて動き出している……!!どうしよう?どうやって知らせたらいい?

「ねえねえ!あそこに何かいるよ!オレ怖い!御者さん、はやく行って!!」

精一杯の演技で御者さんに頼むけど、御者さんはへえへえと言うばかりで相手にしてくれない。

「ユータくん、どうしたの?何が怖いの?」

「あそこ!あの下になにかいたの!」

一生懸命お姉さんに魔物の位置を知らせるが、岸壁の下など馬車からは見えるはずもない。

―ユータ、虫なの。虫が来るの。前にも来ちゃうけどどうする?

どうやら魔物は虫っぽい生き物らしい。このままでは進行方向から1匹、後ろに5匹だ…!

(ラピス…どうしよう!前に出てきそうなヤツだけ見えないうちに落としてくれる?バレないように!)

―いいよ!でももう後ろのは出てきちゃうよ?

言い置いてシュッと飛んでいったラピス。


ドドン!

岸壁で派手な音がして馬車内が騒然とする。ラピス…バレないようにって言ったのに。でもおかげで異常事態だと気付いた冒険者が戦闘態勢をとり、御者がスピードを上げる。

「なんだっ?何があった?!」

「キャー!!」

どうしよう、馬車内は何が起ったか分からず若い冒険者の胸ぐらをつかんで怒鳴り散らす商人さんや、大声をあげる冒険者、悲鳴を上げるカレアに泣き出す赤ん坊……もう滅茶苦茶だ。


「う、うわあ!!逃げろ!もっと早く!!」

「ウ、ウミワジッ?!なんでっ?!」

目を血走らせて岸壁を見つめていた若い冒険者が、ついに魔物の姿を捉えた。岸壁を上りきって追いすがってくるそれは、自転車サイズのダンゴムシにゲジゲジの足をくっつけたような、巨大な虫だった。若い冒険者の恐怖の表情を見るに、彼らが勝てる相手ではないらしい。

馬が命令されるまでもなく必死に走って引き離す!大丈夫…これなら逃げ切れる!遠くなっていく虫の姿に、少し馬車内が落ち着いたとき……


ガタン!

馬車が大きく跳ねた。軽いオレが馬車から吹っ飛ばされて宙を舞う。くるりと空中で体勢を整えて振り返り他の人の無事を確認する……よし、カレアは泣いて父親にしがみついていたから無事だ。次の瞬間、目を見開いた。ああっ!赤ん坊が!!着地と同時に赤ん坊の元へ走る!ふわりと風にのせて衝撃をやわらげながら、スライディングキャッチ!!

オレは腕の中の赤ん坊が元気に泣いているのを見て、ホッと息をついた。

「ユータくん!!早く戻って!!」

飛び出してきたお姉さんに放り込まれるように馬車に乗せられた。涙で声の出ない母親が、何度も何度も頭を下げてくれる。

「くそっ!くそっ!!何をしてる!!」

商人さんがかばんから何か取り出して見事な投擲をみせた。迫ってくる虫たちの前に落ちたそれは、ドン、と軽い爆発音をさせて炎の絨毯を広げる。わあ、魔法の爆弾?強力な火炎瓶みたいだ。炎の向こうで虫たちのキィキィ言う声が聞こえる。


「ちくしょう!」

「あっ?!待て!!離れるな!」

商人さんがもう一度魔法の爆弾を投げると、突然馬車を飛び降りて逃げ出した。馬車を囮に、一人なら逃げられると考えたようだ。でもそうされるとオレが商人さん守れなくなるから!追いすがる護衛の冒険者さんを振り切って逃げる商人さん。

(ラピス!あの人転ばせて!離れられたら困る!)

「きゅ!」

追いかける冒険者の前で、商人さんが何かにつまづいて……きりもみ回転して吹っ飛んだ。ラピス!!やりすぎ!

一瞬呆気にとられた冒険者が、気を失った商人さんを引きずって帰ってくる。

馬車はまだ動かない…広がった炎が消え、虫達がそろそろと前へ進み出した。悲鳴と怒号をあげる人達をかき分けて前へ行くと、御者さんが泣きそうな顔で馬を起こそうとしている…。

「くそっ!頼む!頼むからがんばってくれ!」

どうやらさっきの衝撃で馬の1頭が怪我をしたようだ。

「御者さん、どいて!オレ回復薬もってる!」

馬なんだから人よりたくさん使うだろうと、小瓶の水を3本ぐらいぶちまけて回復魔法をかける。

嘶きと共に起き上がった馬に、キスせんばかりに喜んだ御者さんが馬車に飛び乗った。


「出すぞ!!」

軋みながら馬車は動き出したが、そうそうすぐにスピードは出ない……。

「きゃああ!」

炎を警戒しつつ徐々に迫ってくる巨大な虫に、母親が悲鳴を上げて赤ん坊を抱きしめた。これじゃ間に合わない…オレが出て行くしかない?


その時、お姉さんが静かな瞳でじっと赤ん坊とカレアを見て、そしてオレを見て、手に何かを握らせた。

首を傾げたオレに、にこっと笑ったお姉さんが言った。

「これ、天使様のお守り。実はね、私の友達は本物の天使様に助けて貰ったのよ。タータって言うんだけど、その子にこれを返して欲しいの。私の名前はルビー、お願いね?」

お姉さんは怯える仲間の冒険者へ振り返ると、強い声で言った。

「いい、この子達を守るのよ!!しっかりしなさい!」

「おい、ルビー?!」

お姉さんは身を翻すと、徐々にスピードの上がる馬車から飛び降りた……。

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