第108話 ささやかな告白
「そうか……俺には見えんが、チル爺殿、いつもすまんな、うちの規格外が世話になっている。」
カロルス様が、チル爺のいる方へ向き直ると頭を下げた。
「うむ、良い心がけじゃ。よいよい、ワシらも学ぶことが多いでの。」
「ありがと、わしらも勉強になってるよって!」
「ちょ、ユータ!お主もうちょっと正確に・・!威厳のある伝え方してくれんかの!?妖精の威厳がじゃの……!」
「ねえユータ、なんて言ってるの?なんかお湯がバチャバチャなってるよ?」
「もうちょっと格好良く伝えてって!」
「……ああ。」
分かったような顔で、二人は同情的な視線を向けた。
結局、夕方に差し掛かって寒くなるからと、プールは終了になってしまった。
もっと普通に遊べと怒られたけど、今回はちゃんと人目に付かないところでやったので、ちょっと進歩したなとも言われたよ!
とっても楽しかったけど、散々体を動かしてクタクタだ。全身を拭いて改めて服を着替えると、足下がふわふわし出す。
「ふわわ~」「ユータ、またあそぼうね!」「あふー……ねむたいね!」
「うむ、風呂は良いの!こやつら寝そうじゃからまた、の。」
チル爺だって眠そうな顔をしてるじゃない……そう思いながらオレのまぶたも段々下がってくる。
「あらあら……夕ご飯に起きられるかしら?」
「ごはんはちゃんと食べないとね。軽くソファーで寝たらどう?」
もはや半分夢の中に足を踏み入れてしまって、みんなの声が遠くで聞こえる。このままだとここで寝ちゃう……。ふらふらと大きな体にしがみつくと、思いの外優しく体が浮かび上がった。
「しょうが無いヤツめ。」
大きく固い腕の中で、オレは安心して夢の世界へ旅立った。
* * *
「おはよー!」「おはよう!」「あさだよー!」
今日は布団に突っ込んできた妖精たちに起こされた。
「うーん?おはよう……今日は早いね!」
目をショボショボさせながら起き上がると、大きく伸びをした。
「ふぁ~!朝はお稽古があるよ?朝ごはんもこれからだし……それまで遊ぶ?」
「うん!」「おけいこ、みてる!」「いっしょにする!」
剣術と体術のお稽古だからなぁ……一緒にするのは難しいと思うよ?
「みんなは魔法上手になった?オレも早く習いたいなぁ。」
「たぶん!」「どかーんとするのはとくい!」「ユータはまだならわないの?」
「うん……あ、そうだ……もうすぐオレは学校に行くんだよ。こっちにも帰ってくるけど、街にいることが多くなっちゃうんだ。」
「えー!」「えー!!」「やだー!」
一斉に頬を膨らませる妖精たち。
「ごめんね、でもオレはどうしても召喚魔法を習わないといけないの。」
「どうして?」「なにをしょうかんするの?」「ようせいまほうでいいよ!」
「ふふ、オレのね……大事な友達を喚ばなきゃいけないの。きっと、ずっと待ってるから。」
「……ふむ?それはどういうことじゃ?」
「あ……チル爺!おはよう!えーと……何て言ったらいいんだろう?オレの、前にいた所の友達をこっちに喚ばなきゃいけないんだ。」
「お主の元いた国から呼び寄せるのか?」
「うーんと、その、ここと違う場所、かもしれない。」
「?どういうことじゃ?」
……なんとなく、チル爺には言ってもいい気がした。ふとオレのこと、ちゃんと知ってる人もいてくれたらいいなって、そう思ったんだ。
「本当はね……オレの国、この世界にはないと思うんだ。えっと、違う世界?」
「お主……それは、別の世界のことを言っておるかの?なぜお主が別の世界の存在を知っておるのじゃ……。」
「チル爺は知ってるの?あの、あのね……オレ、前に生きていた時のこと、ちゃんと覚えてるの。」
「なんと!お主、記憶持ちか!なんとまあ……人にもおるのじゃな……道理で。色々と納得じゃわい。」
深く頷いたチル爺。なんだか簡単に納得された様子に、拍子抜けする。もっと不審げな顔をされるか、理解されないかと緊張していたのに。
「何を驚いておるのじゃ?」
「……もっと、気持ち悪がられるかなって。」
「ふむ?それはワシにはわからんが……普通、記憶持ちは重宝こそされ、つま弾きになどされぬじゃろうて。」
「妖精には、その記憶持ち、の人がいるの?」
「おるぞ!今は一人だけな。神獣様なぞは代々記憶持ちじゃったはずじゃ。」
「そう、なんだ……。」
「な、なぜ泣くのじゃ?!」
「チル爺!どうしてユータなかせたの!」「メッ!!」「ユータ、ユータ、どうしたの?」
「わ、ワシ?!ワシか?!」
妖精たちが小さな手で一生懸命頬を伝う涙を拭おうとしてくれる。ティアとラピスがそっとオレに寄り添ってくれた。
ごめんね、なんだか……安心?ホッとしたのかな?誰にも絶対言わずにいようと思ってたんだ。この世界でのオレはオレで、確かに前の世界の記憶はあるけれど、前の大人であった時のオレと、今のオレは、やっぱり違うから。
チル爺の変わらない態度に、大したことはないと、そういうこともあると言われた気がした。
「チル爺、ありがとう。」
「うん?う、うむ!そうじゃろうそうじゃろう!」
おろおろしていたチル爺が、全然分かっていない顔で頷いた。ふふ、いいんだ。この不安はきっとオレにしかわからないことだもの。伝えるのは感謝だけで充分だ。
「なかなおり?」「チル爺、ごめんなさいした?」「だいじょうぶ?」
「ふふ、大丈夫だよ!みんなありがとうね!」
こんなに幸せで、あんまり考えていなかったはずなんけど、やっぱりオレはこの世界にとって異質なものだって思いがあったんだ。この世界に同じように記憶持ちがいることは、オレの孤独を驚くほどに埋めてくれた。ふふ、妖精も神獣も全然オレと関係ないはずなのに、オレだけじゃないって思えるだけで、気持ちが軽くなるね。
「あーなんだかスッキリした!」
「ワシは全然スッキリせんわ……。」
ぴょん、とベッドから飛び降りると、くるっととんぼ返りをひとつ。なんだか気分もウキウキしてくるね!
「チル爺大丈夫?なんだかお疲れ?回復しようか?」
「……。」
「そうそう執事さんに教えてもらってね、回復するときはお水をかけたらバレないんだよ!回復薬だって思ってくれるんだ!それにね、生命魔法流したお水はちょっぴり回復薬の効果があるんだって!」
と、お水の瓶を出して思い出した。
「そうだ!チル爺、オレ薬草いっぱい持ってるんだけど、チル爺調合ってできる?」
「調合?ワシはあまりせんが……初歩のやり方なら知っておる。」
「ホント!教えてもらえない?薬草はお礼になる?いっぱいあるけど。」
「まあ、調合の基礎なんぞ誰でも知っておるから構わんが……。ワシは薬草はよいよ、お主の空間倉庫に入れておけば萎れんじゃろ?調合の練習もするなら、取っておいて損はせんよ。」
そっか、空間倉庫の収納はやっぱり萎れたりしないんだね、なんて便利な!
「調合ってむずかしい?」
「ふーむ、まあ難しいものは難しいの。低位の回復薬ぐらいなら子どもでもできるのう。」
「そうなんだ!簡単なのだけでも知りたい!」
「ふむ、要は薬草の薬効と魔力を逃さぬように液体に封じるだけじゃ。余計なものが入らんよう注意しての。綺麗な水、綺麗な容器と道具、萎れていない薬草があればよい。」
「道具は何がいるの?」
オレはせっせとお勉強用メモ紙に書き記しながら尋ねる。
「まあ、基本は瓶、鍋、まぜ棒、乳鉢、すりこぎ、濾過紙……ぐらいかのぉ?」
ふむふむ、基本は乳鉢ですったものを溶いて、こして使うって感じなのかな。それなら簡単そうだ。
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