第68話 社会見学2

エリーシャ様は、左右から飛びかかる魔物に全く動じることなくスッと腰を落とすと、瞬時に伸び上がるように跳んで、一匹を避けつつもう一匹を膝で空中へ蹴り上げる・・!

そのまま魔物を軸に上空へ位置を変えたかと思うと、くるっと回転して真下へ鮮やかな空中回し蹴り!服の裾と長い髪がキレイに広がった。


ドゴォッ!!

まるで舞のような軽やかな動きに似合わず、隕石でも落ちたような音と、舞い上がる土煙。


「終わったな。素材は・・取れるか?これ。」

なぜかカロルス様が痛そうな顔をしている。もう一匹いたはず・・と思ったら蹴られた魔物が命中していたようだ。

凄い・・・一瞬だ・・しかも素手・・!!なんてカッコいい・・・!!!

馬から下ろしてもらったオレは、戻って来たエリーシャ様に飛び付いた。

「エリーシャ様!!カッコいい!すごい!!どうなってるの?!」

「まぁ!まあまあ!そう?ふふ、私を好きになってくれたかしら?!」

「うん!だいすき!!カッコよかった!さいこう!」

興奮して目をキラキラさせたオレはエリーシャ様の細い腰に抱きついて見上げる。こんな華奢なのに・・一体どうなってるの?!


「・・・エリー、顔が崩れてるぞ。」

「デレデレしすぎだよ!」


二人がちょっと不満そうだ。負けず嫌いな人たちだからな・・きっと対抗心が出てきたんだろう。

でも、その後は休憩をはさみつつも、魔物に遭遇することなくバスコ村へ到着することができた。いや、むしろギラギラした二人の気配に怯えて周囲の魔物は逃げて行ってたよ・・。セデス兄さんの実力は知らないけど、A級冒険者の、魔物カモン!状態はそりゃあ怖いだろう。

戦闘できなかったことに明らかにガッカリした様子の二人。

えーと帰りもあるから・・ね?


「わ~知らない村だ!」

馬から下ろしてもらいながら、あちこち行ってみたくてソワソワしている。

ヤクス村と違って全体的に民家が海に近いところに密集しているし、磯の香りが強い!なんで陸の方までこんなに香りがするのかと思ったら、家の周囲に網が干してあったり海産物が並んでいたり。ゴミなのだろうか、貝殻がうず高く積んである所もある。

ヤクス村は農村って感じだったけど、こちらは完全に漁村だね!全然雰囲気が違って面白い。


「俺とエリーはあの件について村長と領主に話してくるから、お前らは適当に遊んでこい。」

「気をつけるのよ!ユータちゃんから目を離さないでね!」


「・・あの件?」

「アレだよ、ユータのお魚事件の。フライ、だっけ?ここは漁村だからかなり有益な情報になると思うんだよね!」


お魚事件・・。そっか、辺境と言えどもよその領主様に会いに行くからいつもよりしっかりしたお出かけ用の服だったんだ。エリーシャ様・・それで戦闘してたけど・・。


「後でユータも挨拶に行こうね!フライのことは母上が上手く誤魔化しながら話してると思うから、ユータは普通の3歳児のフリをしているんだよ?」

フリって・・オレ普通に3歳児ですけど。セデス兄さんはわしわしっと不満げなオレを撫でて歩き出した。


「さて・・遊んでこいと言われても・・何もないしなぁ。ユータどうしたい?」

「あちこち見たい!オレいろいろ気になってたの・・あのね、ここにはおやさいもほとんどないけど、ぜんぶヤクス村から買うの?ヤクス村であんまりおさかな料理みないけど・・・。ぶつぶつこうかんなの?」

「・・・・なんでそんなトコに興味がいくんだろうね・・・。うーん、ヤクス村ではあんまり魚料理が好まれないんだよね・・ほら、この辺りは香辛料買うところがないし調理法が限られてるから。だからあまり物々交換はされてないかな・・普通に売買しているよ。」

「でも・・それだとバスコ村がまずしくならない?」

「・・・そうだね、でも都会の方だと魚介類は値段が跳ね上がるから、ヤクスじゃなくてハイカリクの方で取引してるんだよ。」

「あ、だから干してるのがおおいんだね!」

「・・・そうだね・・・・。なんか、本当に社会見学だね・・なんで3歳児が村の経済に興味をもつんだろう・・・。」

セデス兄さん、つまらない話題でゴメンね・・でもとっても勉強になるよ。海産物は都会で人気あるんだ・・この辺境の方に人を呼ぼうと思ったら、美味しい海産物を食べに来てもらうっていうのが手っ取り早いんだろうけど・・まずは都会で味を知らなければ来ないよね。フライを都会で食べてもらうとしたら・・揚げる前の状態でカチカチに冷凍して運ぶしかないかな。そういう魔道具ってあるのかな・・・冷凍庫みたいな。


「おや・・セデスぼっちゃん?久しぶりだな。」

ちょっと考え込んでいたら、漁師っぽいおじさんが声をかけてきた。黒々と日に焼けてシワの目立つ、いかにも海の男だ。重そうな大きな網を右肩に、左肩には天秤棒を担いで歩いてくる。

「あ!ガナおじさん!久しぶり!」

「おう、もうぼっちゃんじゃねえなあ、すっかり大人になっちまって!」

「ガナおじさんはあんまり変わらないね!」

「がはは、そらそうだ!・・・うん?なんだ、ちっこいのがいるじゃねえか・・・まさか、ぼっちゃんもう子どもができたのか!」

「ち、違うよ!ウチの養子みたいなものだよ!」

「はじめまして、ユータです。」

ぺこりと挨拶する。ちなみに挨拶は誰相手でもこれでいいから!と念を押されている。

「ほほう!こいつは賢そうなぼっちゃんだ!はじめまして、俺はここで漁師やってるガナっつうモンだ。漁師の顔役みたいなもんだからな、なんかトラブルあったら俺に言うんだぞ?」

「はい!よろしくおねがいします。」

ガナおじさんはまた大きい口で笑って、オレの頭をぽんぽんと叩いた。ガナおじさんからは磯の香りと汗の匂いがした。


「ガナおじさん、それおさかな?」

「これか?いや、魚は全部港で下ろしたからな、これは海虫だ。」

「うみむし?」

「おう、ちっこいぼっちゃんは知らねえか、見るか?気持ちのいいもんじゃあないけどな?」


そう言いながら天秤棒の先に下がっていたカゴを開けた。

「わっ!大漁だ!美味しそう~!!」


「・・・・」

「・・・・・・」


えっ?!なに?おかしなこと言った?!二人がドン引いているのを感じる。

「・・・ぼっちゃん、これは海蜘蛛っちゅう海虫だ・・美味そうなんて初めて聞いたぜ・・。」

「ゆ・・ユータにはこれが美味しそうに見えるの?もしかして・・・食べたことあったりする?」


なっ・・なんですと?!もしかして・・もしかしてこれは食料と見なされていない!?海虫・・海蜘蛛って・・確かに似てるかもしれないけど!!

これ・・カニだよっ?!すごく美味しそうなタラバっぽい大きなカニ!!


「これ・・・これ、どうするの?」

「・・・いや・・こいつらいると網にかかって邪魔になるからよ・・火にくべて肥料にしちまおうかと・・。」

「だ・・ダメー!!」

カゴにすがって必死に庇うオレ。ここは死守だ!

「いや・・いるんなら持っていって構わねえけどよ・・・。」

チラっとセデス兄さんを見るガナおじさん。こいつ、こんなこと言ってるけどいいのか?そんな思いが雄弁に伝わってくる。


「え・・えーと。ユータ、これ欲しいの?一体どうするの??まさかとは思うけど・・・」

「もちろん、たべるの!!」


ひいっとのけぞる二人。

くっ・・見てろよ~カニの名誉を挽回してやる!


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