第67話 社会見学1


 あの日からエリーシャ様とセデス兄さんは、オレに色々と教えてくれた。常識を教えてもらうってどうするのかと思ったけど、この国の成り立ちから歴史、作法など・・おそらくこれは貴族の子ども向けの教育なのだろう。なるほど、これなら無理なく学んでいけるかも知れない。この世界の社会のことなど、今まで見えていなかったものが見えてきてとても楽しい。


「ユータちゃん・・・ちょっと休憩しましょ?あなたはどうしてこんなにお勉強が好きなのかしら・・」

「兄ちゃん、自信なくすなぁ・・覚えが良すぎるよ・・・僕、追いつかれない?」


そりゃそうだ、オレには元々の地盤があるんだから飲み込みも早い。さらに学ぶ意欲もある。その上に幼児の柔らかくて吸収のいい頭が乗っかってるんだから、面白いように知識を吸い込んでいける。オレ、この状態なら難関大学だって楽勝で行けちゃうかもしれない。こうなるとまた面白くて捗るという正の連鎖だ。

オレは今なら言える・・!勉強って・・面白いよ!?


「うーん、私思うのだけど、こうやってお勉強するだけじゃ必要なことが学べない気がするわ・・特にユータちゃんの場合。」

「非常識なトコって今のところは頭がいいことぐらいだもんね・・お勉強だけじゃ見えてこないよ。でもどうするの?」

「うふふっ!だからね、みんなで街にお出かけしない?ユータちゃんに必要なのは社会と触れ合う機会じゃないかしら?!」

「・・・そんなこと言って・・ユータと出かけたいだけでしょ?でも僕もユータには経験の方が必要かなって思うよ・・勉強は後からいくらでも追いつけそうだもん。」

「お出かけ?!みんなでお出かけできるの!?」

「そうねー。ちゃーんといい子にできるなら、近くの村から徐々に行動範囲広げていきましょうか!学校に行くようになったら一人で行動することも多くなるから・・一通りできないと困るものね。」

「ホント?!やったぁー!」


なんと!!みんなでお出かけできるなんて最高!ルーのいる森へはちょくちょく出かけるけど、人の住む場所へ行ける機会ってないから。・・・なんかそれってオレが野生児みたいだな。

小躍りして喜ぶオレに、微笑ましい顔をする二人。


「いつ?いついくの?!」

「そうねぇ・・私も早いほうがいいから、さっそく明日いきましょうか!」

「どこ行くの?馬車の手配間に合うかな?」

「バスコぐらいなら馬でいいでしょう?あ・・でもユータちゃん長時間の馬はキツイわねぇ。」

「ううん!うまに乗るのも、れんしゅうだから!痛くなったらじぶんでかいふくできるの!」

「・・・本当にできるんだなぁ・・僕まだ信じられないよ・・。」

「そうね・・素晴らしい才能だけど・・狙われないか心配だわ。人前でやらないのよ?」

「はい!!」


うっかりしてまた誘拐なんてとんでもない・・まぁ今はラピスたちがいるから、そうそう簡単に大変なことにはならないと思うけど。むしろラピスの暴走の方が危ないかも知れない。

・・うん、ラピスもオレといるなら人と関わることに慣れていかないといけないね。ティアは基本的に苔の時とあんまり変わらない・・自ら何かをすることは少ないから大丈夫だと思うんだけど、ラピスはちょっとした小競り合いでも大事件にしかねないからなぁ・・。

「・・きゅ?」

なんだか失礼なことを考えてる?

ラピスに胡乱げな瞳を向けられて、オレは慌てて目をそらしたのだった。




「よぉし!いい天気だな!さて行くか!」

「はーい!」

「・・別にあなたまで来なくてもいいのよ?」

「父上・・お仕事はどうしたの・・。」


オレはいつも通りカロルス様の前にまたがって馬に揺られている。オレと一緒に馬に乗りたかったとエリーシャ様とセデスにいさんがブツブツ言っている。二人とも子ども好きだからね・・。でもオレは大きなカロルス様に背中を預けて馬に乗るのがとっても好きだから!この強い腕に囲まれているとすごく安心するんだよ。

「はっはー!ユータは俺がいいってよ!」

カロルス様は上機嫌だ。二人の恨めしげな視線をものともせずに、鼻歌でも歌いそうな様子で馬を駆っている。

これから向かうのはバスコっていう村。ヤクス村から一番近い村で、規模はあんまり変わらない。でもこっちだとクラウドフィッシュはあまり来ないらしく、漁業がメインで農業はあまりやってないらしい。だから農作物や酪農はヤクス村に頼って、ヤクス村は海産物をバスコに頼っているんだって。このバスコを通り過ぎた所にあるのが、ニースたちの故郷らしいガッターの町だ。

ガッターの町まで行くには馬車で半日かかるので、今日の目的地はバスコだ。


お尻は痛いけど馬に乗っているのは気持ちいい。こんな田舎の街道だから、海まで見渡せて最高のロケーションだ。左手にはきらきら光る海、右手は広大な草原。こんな光景が見られるなんてなぁ・・。

うっとりと遠くに光る海面を眺めていたら、レーダーに反応・・!


「カロルス様、まものだよ!みぎてからだんだん近づいてきて、もうすぐみえるぐらい!」

「なにっ!エリー、セデス、魔物だ!こっちへ来い!」

「そんなにおおきくないし・・たくさんもいないよ。ラピスはこのぐらい大丈夫だっていってる。」

「んー管狐の大丈夫じゃあヒトにとって大丈夫かわからないわねぇ。」

「でもこの辺りってそんな危ない魔物いないよね・・?」


カロルス様はともかく、お二人も戦えるのだろうか?とても落ち着いている。

「ふたりは、こわくない?たたかうの?」

「ははっ!僕も一応貴族だからね、剣術は習ってるよ。・・それにロクサレン家の者が戦えないとねぇ・・ちょっとマズイからね。」

「うふふ、私も少しは戦えるのよ?心配しなくて大丈夫よ。」

「『少し』かよ!エリーはマ・・・A級冒険者を育てあげた腕前だぜ。」

「・・あなた?」


カロルス様がしまったって顔をする。

「エリーシャ様が?!すごい!!ほんと?!たたかえるんだ!!」

「・・ええ・・まぁ・・。」


オレが目をきらきらさせていると、エリーシャ様はちょっと面食らったようだ。

「・・ユータちゃんは、強い女性が好きなの?はしたないでしょう?」

「どうして?!らんぼうな人はイヤだけど、つよい人はおとこのひとも、おんなのひとも、すてきだしかっこいいよ!」

「!!」


エリーシャ様の目の色が変わった。

「ちょっと、あなた聞いた?・・いいわね?手出し無用よ?!」

「あーやり過ぎんなよ・・いい素材のとこは残せよ?」


なんだろう・・・嬉々とした様子に、迫る魔物がかわいそうな気がしてきた・・。

エリーシャ様は馬から降りてオレたちより前に出ると、やる気を漲らせている・・・見た目は華奢でたおやかな女性なのに・・近寄りがたい迫力を感じる不思議・・。


やがて土煙をあげて駈けてきた魔物が、肉眼で捉えられる範囲に来た・・!


「プレイリーキャットの番いか・・ま、問題ないな。」

プレイリーキャット・・ちょっとかわいい名前だけど、見た目はかわいくはないな・・・ドーベルマンサイズで細身の猫っぽい生き物だ。それが2匹・・!オレはもう気が気でない。怖い・・!知らぬ間にカロルス様の鋼の腕を強く握りしめていた。


駈けてきた勢いのまま飛びかかると思いきや、手前でジグザグにステップを踏んだ1匹が右から、その背後から隠れるように近づいたもう1匹が左から飛びかかった!

「エリーシャ様!!」

思わず目をぎゅっと閉じようとしたら、カロルス様が頭をわしわしとした。


「大丈夫だから見ておけよ、お前が見てなかったって知ったらガッカリするから。」


全く心配していない雰囲気に少し安堵して、オレは再び戦闘を見つめた。







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