第48話 贖罪と赦免
倒れたチル爺は、妖精トリオにお持ち帰りしていただいた。また今度ゆっくりお話聞かせてね!
色々聞きたいことあるんだから、いちいち倒れないでほしい。
静かになった部屋で、手持ち無沙汰になったオレは思い立って椅子をベッドのそばへ運ぶ。
うきうきしながら椅子に登って立ち上がると、ベッドの方に振り返った。
「いちばん!ユータ、いきまーす!!」
ピシリ!と右手を挙げて宣言してから・・
えーい!
思い切り飛び上がって、手足をいっぱいに広げて
ばふん!
ベッドの海にダイブした。あはは!これぞ子どもの醍醐味!
スプリングなんてないからみょんみょんしたりはしないけど、さすがの貴族様ベッド、オレの体重くらいならしっかり受け止めてくれる。
きちんと清潔にされたシーツやお布団がさらさらとして気持ちいい・・枯れ草のベッドとはやっぱり違う!なんて言うか、人の優しさを感じるね!
「きゅきゅーぅ!」
「ピィ!」
「きゅーっ!」
ぽふっ、ぽふっ、ぽふっ!
楽しそうに見えたらしく、コロコロしていたらチビッ子3匹も何やら宣言してから飛び込んできた。ポフポフと布団の上で飛び跳ねて嬉しそうだ。意外としっかりしてるラピスも、こう見るとやっぱり子どもだね。
コンコ・・ガチャ!
ノックの音に、さっと3匹がオレに集まった。ラピスとアリスが肩に、頭にティアが。
ノックしつつドアを開けたのはやっぱりマリーさん、スキップしそうにご機嫌だ。
「ユータ様!もうすぐ晩餐会の準備が・・・あぁっ・・!」
そう言いながらオレと目が合うと、両手で顔を覆って・・・またひっくり返った。
ど・・どういうこと?!
「マリー!」「ほら、まだ早かったのよ・・」「まずはリハビリから始めましょう。」
いつの間にかメイドさんが廊下から現れて、そそくさとマリーさんを連れていった。まるで傷病兵を運ぶ衛生兵のような手際だな・・何だったんだ・・?
「さ、ユータ様。お召しかえの準備を・・うっ?!」
「こ、これは・・」
数人残ったメイドさんがオレを見て顔を背けた・・な、なんだよー失礼な・・。
「ああ・・小動物と戯れるユータ様・・・確かにこれは無理ですわね・・。いいえ皆さま!お気を確かに!これから毎日こんな天国が続くのですよ?!我々は耐えられなければなりません!」
オレに背を向けて円陣を組んだメイドさん。低く腰を落として拳を握ると、おう!と気合いの入った低い声。
・・・・・メイドさん・・?
メイドさんって・・結構体育会系・・なんだね・・?
あの後気合いを入れたメイドさん達に、よそ行きの服を着せてもらって準備万端だ。ラピスは管狐スタイルになって、アリスは聖域に帰っていてもらう。
晩餐会まであと少し、ジフのところに行ったら邪魔になるだろうな。
兵士さんならまだ訓練中の時間だ。少し、顔を出すくらいならいいかな?
ずっと、気になってたんだ。
考えると怖くなってしまうし・・・行くのは、勇気がいるけど・・オレは行かなくてはいけない。
腹を貫かれて倒れた姿、オレに微かに手を伸ばした姿・・まざまざと脳裏によみがえる映像に体が震える。
「きゅ?」
「ピ?」
心配そうに顔を寄せてきた2匹ににこっとする。
「ありがと、大丈夫!」
怖いのは過去の出来事じゃなくて、彼の安否。不安に押し潰されそうになりながら、オレは重い足取りで兵舎に向かった。
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「ふっ・・はっ!」
「ぐっ・・!なんだよ、張り切ってん・・なぁ!」
多数相手の対人戦闘訓練は、俺の気合いが入る訓練の一つだ。あの時、俺が敵を馬車に入れずに籠城できれば、状況は変わっていたかもしれないのだ。情けないことに俺ら護衛よりもお強いカロルス様、あの方が気付く時間さえ稼げれば、あの程度の輩、ひと撫でして終わったはずだったのだ。
「ふー・・・。あのぼっちゃん、無事だったんだってな?俺は見たことないけどよ、いいとこの出らしいのに偉ぶった所のないかわいらしい子だって言ってたな。お前・・ずっと気に病んでたろ?良かったな。」
汗を拭いながらしばしの休憩中、同僚が気遣わしげに言って、ドン、と背中を殴った。
「っつぅ!加減しろっての。」
そう言いながら、俺の頬は緩んでしまう。そう、無事だったのだ・・・ユータ様が帰ってきた、その一報で屋敷は歓喜の渦に包まれた。あの時はまさか、と思いつつ、溢れる喜びに涙が止まらなかった。あの方が俺の代わりにいなくなるなんてあり得ない。いなくなってはいけない人だ。
でも、次はない。俺はこれほどに自分が力を欲するとは思わなかった。
強くなりたい・・他人を守れる存在になりたい。もう守れもせずに死ぬのは嫌だ・・・。
連れ去られていくユータ様、一言も助けを求めず、ただただ俺を案じていたあの瞳が忘れられない。
胸を焼く後悔に、足下を見つめてぎりり、と歯を食いしばった。
突如、周囲がざわめいた。何事かと振り返ると同時に、ぽすっとごく軽い衝撃と共に懐に飛び込んできた小さな小さな体。
おもちゃのような手が俺の腰にまわされて、儚い力で抱きしめられている。俺の汚い服に顔を埋めて泣きじゃくる・・・ユータ様・・?
「!!ユータ様・・!!」
つい抱き上げると、羽のように軽い体は現実感がなくて、思わずぎゅっと抱きしめた。小さい・・人形のような華奢な体。握りしめただけで折れるようなか弱い手足。なのに、俺にとっては力を秘めた神々しい天使のように思えた。
「タジルさん・・ぶじ・・無事で・・よかったぁ・・」
ぽろぽろと俺のために泣いてくれるユータ様。この方は、あんな目にあってなお曇らない。
「ユータ様・・・俺を案じて下さるのか・・・俺を恨んではいないのですか・・。」
優しいユータ様に、つい卑怯なことを聞いてしまう。ズキリと胸が痛んだ。
「・・どうしてタジルさんを恨むの?・・・・ごめんなさい、タジルさん。お・・オレの、せいで、ひどい目に・・。」
大きく見開かれる濡れた黒い瞳に、また涙が浮かぶ。美しいな、とどこか遠くで感じつつ、つっかえつっかえ謝罪する姿に、俺は震えた。
「そんな・・っ!どうしてユータ様が!謝るのは俺です、不甲斐なく連れ去られながら、おめおめと生き残ってしまった・・俺が・・・!どれほどお辛い思いをされたのか・・申し訳・・ありません!本当に、申し訳ありません・・・!!」
もう二度と言うことは叶わないと思った謝罪の言葉。喜びと後悔で俺の心はかき乱された。
いつの間にか頬を伝っていた涙が、小さな手で拭われた。
「・・あのね、オレ、ずっと謝ることしか考えてなかったの。でも、間違えたかもしれない。」
そう言って俺の首にすがりつくようにぎゅっと顔を埋めてから、再び顔を上げて俺の瞳を覗き込んだ。間近にある黒い瞳に、まるで金縛りのように俺は身動きが取れなくなる。
「タジルさん、オレのために命をかけてくれて・・ありがとう。生きててくれて本当に良かった。」
しっかりと俺を見つめて、にっこりと笑った、涙の跡が残る幼い顔。
どろどろと凝っていた、俺の中の黒いものが綺麗さっぱりと浄化されていく。まるで深海に光が射すように、幼い手は温かく柔らかに俺の心をすくい上げた。
俺はたまらず膝から崩れ落ちて、嗚咽をあげた。
そっと背を撫でる小さな小さな手が、途方もなく大きく感じた。
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