第19話 ハイカリクの街
フッと浮遊感に襲われて目が覚めた。目をしょぼしょぼさせていると・・金の無精ひげが目の前に見えた。
いつの間にやら、オレはカロルス様に抱き上げて運んでもらっているようだ。決してお姫様だっこではない・・片腕でやる、赤子抱っこだ。ご丁寧におくるみのごとく、マントで体がぐるぐる巻きにされている。ジタバタもできない・・。
「おう、起きたか?随分よく寝てたな、もう着いたぞ。」
のし、のしと大股で歩きながらカロルス様が言う。ゆさ、ゆさと体が揺すられる。
ええー!そんな・・道中も楽しみにしてたのに!すぐに寝てしまう幼児の体が恨めしい。そろそろと日が傾き始めていて、あれから結構な時間が経っているようだ。
「わはは、帰りも景色は同じだ、いくらでも眺めたらいいさ。」
無念の表情を見抜かれて笑われた。とりあえず、起きたから下ろして欲しい。
地面に下ろしてもらって、改めて辺りを見回す。
おおおー!ファンタジーだ!!ヨーロッパ風とも言い難い、なんとも雑多な街並みだ。家や店も色々なタイプがある!木造だったり石造りだったり、村の家より遥かにグレードが上だ。村の家は木造と言うより『木でできた家』だったりするからな。小屋と言った方がしっくり来るかもしれない。
人も凄く多い!村の人は数えられるくらいしかそもそもいないのだけど、ハイカリクでは歩いていたらぶつかりそうなくらい、人がいる。さすがに地球の都市とは比べ物にならないが、田舎のショッピングモールくらいの人はいる。
その中をカロルス様と手を繋いで大通りを歩く。・・抵抗はしたよ?でも、手を繋がないなら街は歩かせないって言われちゃって・・。でも実際、小さなオレは、手を繋いでもらわないとあっという間に人波に呑まれてしまうので、命綱だと思うことにした。
オレは何事も見逃すまいと、懸命にキョロキョロして目一杯情報を収集する。視界が遮られるフードが邪魔で、はね除けようとしたら、がしりと上から押さえられた。
「取るなよ!・・紋付きになりたくはねえだろ?」
紋付き・・?キョトンとしていると、カロルス様が額に手を当てて天を仰いだ。
「あーそう言うことか・・お前のとこでは『紋付き』っていなかったんだな。賢いお前が、なんで人攫いにノコノコついて行ったのかと思っていたが・・。」
「・・・お前は、知っておいた方がいい。」
少し逡巡したカロルス様が、重々しく言って、歩く方角を変えた。
大通りから逸れてしばらく歩くと、少し開けた場所に出て、そこには大型の馬車が停まっていた。荷台の周りには人が集まっている。
「・・・あれが、紋付きだ。」
カロルス様が指した馬車の荷台は、檻のように柵がぐるりと囲ってあり、一様に貫頭衣のような服を纏った人たちがいた。色んな色の木札を首からかけていて、疲れた表情をしている。これは・・・
「紋付きは、食っていけなくなったヤツや、家族が身売りしてなるんだ。紋使いから『紋』を受けたら、主人には逆らえなくなるから・・・・人手として重宝されている。ただ、大抵課される労働は過酷だし、食わせてもらうだけで、給料のない者も大勢いる。人扱いされる奴隷ってところだな。」
子どもに聞かせられる内容を慎重に選びながら話してくれる。ちなみに『奴隷』は、罪の重い犯罪者が紋付きに落とされた場合を言うそうだ。
『奴隷』は緩やかな死刑と同義だから、それよりはマシってことなんだろう。ただ、カロルス様の歯切れの悪さから、『紋付き』も奴隷と大差ない扱いをされていることもありそうだ。
「オレは、たぶん おかねがなくても ひとりでいきていけます。もんつき にはならないと おもいます。」
カロルス様に売られない限りは・・。
「・・・そうだな、そうかもしれん。でもな、正規の紋付きはそうなんだが・・・・悪い紋使いがいるんだ。売れそうな子どもなんかを攫って、無理矢理紋付きにしてしまうんだ。マリーが言ってたろう?人攫いに気をつけろと。」
ああ・・そっか、どこにでもそういう犯罪をする人はいるんだね。幸せに暮らしていたであろう子どもを攫っていくなんて・・ふつふつと怒りが沸いてくる。
「お前は見た目が良いし、珍しい。いくら出しても買おうとする、悪い貴族もたくさんいるんだ。」
お・・オレ?!
ビックリしてカロルス様を見つめる。
「お前・・・自分と周りをよく見てみるんだな。少なくとも俺はそんな色の髪と目は見たことないぞ。」
・・オレは愕然とした。
オレ、ホワイトタイガーみたいなもんだ。色は逆だけど。ホワイトタイガーの子が、密漁者の前をウロウロ・・それってものすごく危なくないでしょうか?!慌ててフードを深くかぶり直して、油断なく辺りを見回した。
「・・ふっ。今は俺がいる。大丈夫だ。」
カロルス様は、小動物のようになったオレを笑うと、わしわしと頭を撫でた。ちょっ・・フードが!フードがずれる!
・・うん、この人は強そうだ・・護衛の人も後ろにいるし、絶対離れないようにしよう!
そうこうしているうちにポツポツと明かりが灯り始める時間になったので、護衛の人が取ってくれていた宿へ入った。木造のしっかりした造りの宿だ。多分、結構お高めなんじゃないかな?
1階は概ね食堂が占めていて、2階が客室だ。今回護衛の人は二人いて、隣の部屋をとっているらしい。オレとカロルス様は当然同室だ。そういえばメイドさんは連れてこないのか尋ねたら、
「オレは連れて行きたいんだがな・・そういう日ぐらい身の回りのことをしなさいってエリーシャ・・オレの妻がうるさくてな。貴族って普通メイドにしてもらうもんだと思わないか?」
ブツブツ言いながら自分で荷物を出し始める辺境伯。こんな強そうなのに、きっちり尻に敷かれてるんだなと思うと思わず笑ってしまう。幼児は正直なのだ。
「お前~・・・いいか!オレは手伝わないからな!お前も自分のことは自分でするんだぞ!」
むくれたカロルス様は、まるで子どもだ。2歳児に何言ってんだか。
「カロルス様、オレがてつだうから だいじょうぶです。」
クスクス笑いながら、ベッドに登って上着を脱がせると、シワにならないように掛け・・届かない!・・そばの椅子に登って掛けた。ついでに浴槽に湯を張り、カロルス様がぶちまけたかばんの中身を整理する。
「カロルス様、そろそろ湯がはれますよ。どうぞ。」
一通り終わったかなと振り向いて告げると、カロルス様はベッドの隅に座っていじけていた。
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