第10話 幼児のお料理

次の日も、その次の日も、また次の日も・・・・チル爺たちは1週間たっても来なかった。

おかげで自主練は大いに捗った・・それしか、今努力できることがないオレは、真剣に頑張っている。明かりの魔法なんて、イルミネーション風に色だって変えられるようになったぞ。・・・努力の方向性が合っているのか悩ましいところだ。


文字の方も、絵本は卒業したいとねだって、ちょっと難しい本を持ってきてもらっている。内容が難しかろうが、文字さえ読めれば楽勝なのだよ・・頭脳は大人!




ここのところ大人しくしていたから、マリーさんからお許しが出て、館内は自由に行動できるようになった。

ちなみにマリーさんはいつの間にか、オレの専属みたいな扱いになってるようだ。最初の頃はいろんなメイドさんが来てくれたんだけど、最近オレに関わるのはマリーさんオンリーだ。他のメイドさんに聞いてみたら、マリーさんがどうしても!ともぎ取った権利らしい。あの人はこども好きだからなぁ・・こんな居候なのにありがたい限りだ。


居候と言えば、オレもこのまま居候生活するのも心苦しいので、何かできることはないかと申し出ると、


「ぼうずがいっちょ前に何言ってやがる・・・どんなガキだってそのぐらいの時は誰かの世話になるもんだ。」


と呆れ気味に諭された。


本当にいい人だ・・顔に似合わず。それでも、何かないかなぁと悩んでいて、ふと料理はどうだろうと考えた。難しいものはそもそも無理だけど、幼児の身体でもできるようなもので、あまり馴染みがなさそうなものを選んだら、ちょっと喜ばれるんじゃないかな?

地球の料理だから、不審がられる可能性もあるけど、オレみたいな濃い黒髪黒目はこのあたりどころか、この国にまずいないそうで、カロルス様たちはオレのことを、名も知れていないような小さな島国の、王族や貴族関係だと思っているみたい。なので、どんな料理を紹介しても、異国の料理は珍しいな、ですませてくれると思う。


ちなみにこれは純粋なる善意でもなくて・・・やっぱりオレが美味しいもの食べたいっていうね。日々の食事は結構美味しいんだけど、バリエーションがないんだよ。スープ・パン・サラダ・卵・肉・魚って感じ。魚は焼いてるものしかなくて、肉は焼いてあるか、イモと一緒に煮込んであるかの2パターンがメインだ・・というか今のところその2パターンしか出てこない。味付けはザ・塩!だね。ただ、スープは結構手間暇かけて作られているので、しっかりとダシが出ていて塩だけでも全く問題はない。

他に砂糖や胡椒なんかもあるけど、あまり使われていない。胡椒は高いからだろうなぁ。砂糖は、ごってりついた菓子があるのでそれほど高いわけでもなさそうだ。農場があるので、ミルクや卵なんかは普通に出てくる。


オレも伊達に自給自足の一人暮らししてたワケじゃないからね、普通に料理は作れるんだ。と言ってもカレーをスパイスからこだわるとか、そんなレベルじゃなくて、普通のご家庭の台所を預かれる程度のものだ。ここでは調味料が少ないから、できるものは限られるなぁ・・。とりあえずは今あるもので簡単に作れるものを!


そう言うわけでさっそく厨房へ行くと、ひげ面の料理長と交渉する。異国の料理と聞いて、一応興味はもってくれたようだし、料理長も食べたことはないようだった。ただ、幼児が言うことなのであまり本気にもしていなさそうだ。厨房を使うのは難色を示している。


「カロルスさまに、おせわになってるから おれいのごはんを つくりたいの!」

幼児が頑張って作る手料理、ホラなかなか健気な雰囲気が出ていいんじゃないか?


「・・わーかったって!そんな目で見んな!でもなァ、材料を粗末にされっと困る。俺が手伝ってやる。」


よし!第一関門突破だ。今日の夕食に出せるようちゃちゃっと作ってしまおう!

材料は小麦粉、塩、水、クリーム(風のもの)、ベーコン、卵。胡椒はカロルス様のお好みで使ってもらおう。・・さて、何ができるか分かったかな?





「・・・ん?ジフ、これはなんだ?」

夕食の席で、ドキドキしながらカロルス様を見つめる。料理長には、食べるまではオレが作ったって言わないでと頼んである。

「へえ、これは異国の料理で、ぱすたって言うモンです。こうやって・・・くるくる巻いて絡めながら食うんだそうです。」

「ほう・・不思議な食い物だな・・ミルク煮か?どれ・・。」


不器用そうな手でフォークを使い、パスタを巻き取って大きな口へ運ぶ。ピタリ、と動きが止まった。

と思うと猛烈な勢いで食べ始めたので、料理長:ジフが慌てて声をかける。

「だ、旦那様、こいつには黒胡椒がよく合うようで。お好みでかけてくだせぇ。」


カロルス様は無言でひったくるように胡椒を受け取ると、少しかけて一口、目を輝かせて全体に胡椒をかけると、再び猛烈な勢いで食べ始めた。


夢中で貪る様子に呆気にとられたけど、これは間違いなく成功だ!料理長からもお墨付きをもらっていたけど、個々の好みもあるから心配だったんだ。


「・・なんだこれは・・美味い!とろりと滑らかなくせに、ガツンと濃厚な風味・・まったりとした甘みが、この胡椒でピリリと引き締められて・・こんな美味いものは王都でも食えんぞ・・。ジフ、お手柄だな・・どこの国の料理なんだ・・?」

一気に完食したカロルス様は、ほう・・と満足げな吐息をつくと、ナプキンで口元を拭いながら問いかけた。

「へえ、それなんですがね・・・坊が旦那様に日頃のお礼をしたいと言い出しやして。そちらは坊が作ったモンです。いやはや・・俺も正直、料理長としての自信をへし折られちまいました。」


「なんだと?!これを・・・ぼうずが?!」

ぐるん!っと勢いよく顔を向けられ、思わずビクッとしながら説明する。


「はい。よくたべていた かんたんなりょうりです。こむぎこと、みるく・たまご・べーこんでつくります。ぱすたのなかの、かるぼなーらっていうものです。」


そう、これはカルボナーラもどき。このへんの小麦粉がパスタ向きなのかうどん向きなのか分からなかったけど、パンを作ってるしパスタだろう、という予測は合っていたみたいだ。


「これはお前・・店を開けるレベルだぞ!」

カロルス様は大袈裟に誉めてくれ、これ以来オレは厨房を使う権利を手に入れたのだった。


ちなみにパスタの作り方もカルボナーラの作り方も、料理長に伝授してあるので、今後は美味しいパスタ料理が献立に加わることだろう。いくつかパスタのバリエーションの提案もしておいたので、今後の料理長の試行錯誤が楽しみだ。




予想以上に喜んでもらえたし、久しぶりに料理ができて結構楽しかった。

満足して寝床につき、うとうとまどろんでいた時のこと、ふっと不思議な香りが鼻をかすめた。部屋で育てている妖精涙滴フェリティアの香りじゃなく、窓の方から夜の森みたいな香りを。目が覚めたオレはそっと様子を伺った。


・・・なにか、いる。


妖精さんが来るかも知れないと、あの日から窓はいつも開けているのだけど、開いた窓からズリズリと這いずるように、小さな黒い影が入ってきている。

一瞬オバケの類いかとギョッとしたけれど、黒い影は大人の手のひらに乗るほどの大きさで・・随分と弱々しく感じた。

危険はなさそうだが、それでも用心しながらそうっと近づいた。



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