サイケデリック・ムーブメント
White days
Scene.24
White days
その横顔に赤い返り血を。その右手に黒いラドムを。
夕闇に抱かれたこの世界は、あまりにも心細かった。あまりにも孤独なオレンジ色の空間で、夕陽と血に染まったベッドの上に横たわる全裸の女の死体を、彼はただ眺めていた。似ていたから、買った。そして、似ていたから、殺した。愉しむだけなら、他の女でよかった。ブロンドのショートヘア、瞳の色はブラウン、痩せ型……。何となく、彼女の面影があったから。
自分でも、都合の良い言い訳だと思った。当て付け。仕返し。そういうものかもしれない。逆恨みなんて、自分でも情けないな、と思った。結局、今の自分自身の存在でさえ、父親への単なる復讐でしかないのかもしれない。
彼を産んだ娼婦は、彼の十二歳の誕生日に殺されたという。彼の父親の気まぐれで。彼の目の前で。頭を撃ち抜かれて。この世界はいつもそういう理不尽なことで溢れている。しかし、そんな柵から解放されたいなんて、彼は一度も思ったことがなかった。変えよう、などとも思っていなかった。彼は幼い頃からずっと父親みたいな人間にはなりたくない。それだけを切に願っていた。
だから、殺したのだろうか。
オレンジ色の光が染み出す白い窓枠の向こう。茜色に染まる街を彼は直向きに眺めていた。
夕陽を眺めるなんて、いつ以来だろう。自分が感傷に浸っていることに、彼自身でさえ少し躊躇った。
「すまなかった」
そう呟いた。最期に、彼の父親も同じ言葉を発した。
本当は、認めたくはなかったのだ。世間一般の、父親と母親が揃っている、映画やテレビの中にしかない家庭に憧れていたなんて……。そんなもの、必要ないと諦めていた。自分は、この街の半分を牛耳るマフィアのボスの息子で、世の中の人間とは違う。そう思っていた。彼を抱き締める腕が現れるまでは。
父親のお気に入りだった彼女は、暇を見つけては彼を可愛がった。ブロンドのショートヘア、瞳の色はブラウン、痩せ型で、華奢な肩に浮かぶ鎖骨が艶めかしくて……。
昔、子どもだった頃、ビデオで見たポーランド人監督の撮った古い映画の主演女優に彼女は似ていた。思い返せば、あれは酷い映画だった。二人の吸血鬼ハンターが、誘拐された宿屋の娘を助けに吸血鬼の城へと踏み込む。しかし、間に合わずに世界が吸血鬼に支配されてしまうというストーリー。今思えば、ナチス・ドイツがヨーロッパで猛威を奮った暗黒時代の絶望を思わせる映画だった。幼い彼にとっては、自身の父親が吸血鬼に見えたことだろう。孤独の中に隔離される日々。その檻の中で直向きに啄んでいた空想。その真っ只中で、彼は幾度も父親に向けてトリガーを引いていた。
だから、殺したのだろうか。
夕陽は、朱く、彼のアイスブルーの瞳の中で震えている。
「……すまなかった」
幾度、この言葉を口にするのだろうか。
氷の都トロイカ。
この街の寒さに凍りついて、歪んでしまった空想は二度と元の形に戻ることはない。だから、そのままの形で、それは歪んだ未来を描き続けるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます