Dig you later, Baby
Scene.19
Dig you later, Baby
白雪が舞う。教会の鐘が鳴った。
茶色い瞳から刺す様な視線を牧師に送る。冷ややかな情熱が、白と黒のストライプ地のコートを羽織った女の目に滲んでいた。それは殺意みたく、寒々しく、鋭く、尖って、痛いくらい。
「何故、人は殺し合うのでしょうか」
「彼らは好きなんですよ、人殺しが」
「だとしたら、随分と悪趣味ですね」
「そうですね。私も理解できません」
だからこそ、人間が持つ常識的な理解を超越しているからこそ、死体は美しいのだろうか。そして、それを生み出す過程も、愉しいのだろうか。しかし、人間とは多趣味だ。彼女の様に死体のみに美を求める者が存在すれば、彼の様に死体を造る過程に美を求める者も存在する。牧師の言葉が嘘だと、彼女は知っていた。
完璧な死体と、完璧な死。
その二者は正反対だ。密接に関連しているが、決して交わることはない。
彼女の空想は、手の中で溶ける雪に似ている。その結晶が溶けることなく、永遠に結晶を留めたままならば、それはどれだけ美しいだろうか。溶けて仕舞うからこそ美しいのか、その形そのものが美しいのか。彼女は迷うことなく、後者を選択するだろう。愛しい人の死体が、永遠に腐敗することなく、永遠に自分の望む姿のままで、永久に隣で眠り続けていたら……。きっと、その関係に言葉なんて無粋なものは必要ない。冷たい肌だけが、在ればいい。
夢の様なその時間を生きられたら、どれほど、倖せだろうか。
「私のは良い趣味だと思いません?」
そう呟いて、女は地下室のドアを開けた。嬉しそうに。
一斉に、何十個という視線が彼女を見る。
薄暗い地下室には、幾人もの少年や少女の死体が整然と並べられていた。どれもルネサンスに見られる様な煌びやかな衣装で綺麗に飾り立てられている。まるで、マダム・タッソーの蝋人形館の様に。血の気のない、彼女の作品が無表情で。色めき立った女はその中で頬を上気させながら、秘め事を始めるのだった。
下腹部に延びた細い指が、淫らな水音を奏でる。
毎夜。地下の豪奢な死体置き場から漏れる喘ぎ声に隣人が気付くことはない。そこでは、極彩色の瞳が静かに彼女を映しているだけ。まるで、合わせ鏡の様に、幾重にも……。
生気の無い傍観者たちの前で、饗宴は続く。
それでも教会の鐘は、高らかに鳴り響くのだった。
氷の都トロイカ。
年間を通して温度が変わらないこの街では、地下室に食糧を保存する。時には、地下室に食糧以外のものを保存する者も存在するようだが……。
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