第8話「竹取の迷い子」
2005年、K県で起こった事件。
これは実際に、その事件で警察犬を伴って捜査を行った、当時警察官だった叔父の話だ。
以下、叔父の話。
その日、竹林にて、地域参加イベントのたけのこ堀が開催された。
天気も良く、参加者は60人近く。
親子連れが多く、大人から子供まで実にたくさんの人で賑わっていた。
そんな中、事件が起こった。
イベント開始から約3時間。一人の少女Yちゃんが、集合時間になっても帰って来なかった。
母親が他の参加者と付近を捜すも見つからず、それから30分程して警察が到着。
自体を重く見た警察は、地元消防団と協力し、100人体制の人員を導入し捜索に当たった。
辺りは鬱蒼とした竹林と森が広がっており、夜になれば危険度は増すばかり。
警察犬を連れた私と他の同僚達も、必死の思いで竹林の中を駆け回った。
Yちゃんの持ち物を頼りに、捜査犬と共に後を追う。
まだ春先だ、夜になれば寒さも増す。
ましてや暗くなればこの辺りは明かりも無くかなり危険だ。
何としても明るいうちに見つけなければ。
だが、そんな思いもむなしく、Yちゃんの手がかりは、いっこうにつかめないまま。
捜索隊の連中にも、焦りの色が伺えた。
そんな時だった。
「ワンッ!」
捜査犬が今までで一番の反応を示したのだ。
「よし、いけ!」
思わず声に力がこもる。
木々の間を捜査犬と共に走りぬける。
衣服に何かが絡まるが、気にしている場合じゃない。
急げ、もっと早く!
近い、私はそう心の中で確信していた。
気がつくと、周りからも何やら走り寄る音がした。
一瞬辺りを見渡す。
他の同僚達だ。
私と同じ捜査犬を連れている。
間違いない、Yちゃんはすぐそこに……!
が、次の瞬間、竹林の獣道を走っていた私の足は、そこで止まってしまった。
丁度獣道が交差点のように交わる、少し道が開けた場所。
他の同僚達もだ。私と同じ場所でその足を止めていた。
そこには、何も無い。
私達と、犬達以外に誰も。
困惑した私達は互いに顔を見合わせた。
その時だった、突然犬達がけたたましく吠え始めた。
驚いた私達は急いで犬をなだめた。しかし一向にいう事をきこうとしない。
一般の犬ならいざしらず、特殊な訓練をつんだはずの警察犬が、こんな行動を取るなんてあまりにもおかしい。
私達の制止の合図にも目もくれず、犬達は吠え続けると、やがて上空を見上げ、更に大きな声で吠え始めたのだ。いや、何かに怯えているのか?
逃げるようにして吠える犬達、それに釣られるようにして、私達も上空を見た。
「キーキキーッ!!」
突如降り注ぐ、かん高い動物の泣き声、猿だ。
数引きの猿が、竹の木に器用に掴まり、ぶら下がった格好で私達を見下ろしていたのだ。
「さ、猿?な、何で、」
同僚の一人がそう口にしたその時だ、
ザザーッ!
突然竹が折れんばかりに大きくしなった。
そして次の瞬間、私達の視界に、とても信じられないものが映りこんだ。
信じられない程の巨大な人影が、竹林の中を掛け抜けたのだ。
有り得ないでかさ……目を疑いたくなるような程。
「な、何だあれ!?」
大きな猿!?いや、あんな猿がいるわけがない!
あまりよくみえなかった、何かの見間違えなのか!?
すぐにそれを目で追う、が、突如、
その場に居た私達を吹き飛ばしそうな程の突風が吹き荒れた。
思わず両手で前を覆う。
竹林がザザーッと、波打つように揺れていく。
すぐに顔を上げ、あの巨影を探すが、その姿はもう、どこにもない。
後に残ったのは、私達を嘲笑うかのような、猿達の遠吠えのみ。
やがてそれすらも、風と共に掻き消えてゆく。
以上、叔父が十数年前に体験した話だ。
叔父はその後、事件の後すぐに警察を退職したらしい。
あれが何だったのか、それを知りたいと思う気持ちと反面、事件を解決できなかった自分への自責の念に、耐えられなかったと言っていました。
事件は今だ未解決のまま……いつかYちゃんが無事戻ってくる事を、今は亡き、叔父と共に願っています。
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